ミチルが気づいたのは、十分ほど経ってからだった。春の陽気の心地好さに、マルコとジョージが芝生に寝そべっていびきをかき始めたときだ。
ミチルがびっくりして振り返る。
「邪魔してごめんね、ミチル。じつは、紅葉にライオン公園に集まるように言われたんだ。たぶん来週の調理実習のことだと思うんだけど……」
ミチルは、芝生の上のふたりを見ると優しく笑った。
「ごめんね。声をかけてくれればよかったのに…」
不思議系だとばかり思っていたけど、笑うミチルはとても素敵に見える。
「ちょっと待ってね。すぐ片づけるから」
道具を片づけると立ち上がり、地面に落ちていた木の枝を優雅に拾いあげた。すごく絵になっている。今日からステキ系女子に格上げかな?
そんなことを考えていると、ミチルが予想外の行動をとった。芝生で寝ているマルコとジョージに近づいてしゃがみ込むと、小枝を二人の鼻の穴に差し込んでいく。
生け花でも挿すみたいに。しかもニコニコしながら……。ミチルの頭の中で、なにが起きてるかさっぱりわからない。ごめん、やっぱりミチルは不思議系女子で間違いない。
「あっ! ミチルちゃん! ごめん。ボク、寝ちゃったみたい」
フガフガ言いながらマルコが飛び起きる。
「マルコはいつものことじゃない」ミチルは優しく微笑みかけた。
「寝てない! 俺は一ミリだって寝てないぞ!」
鼻から枝をぶら下げたまま、そんな言い訳に胸を張れるジョージが少しうらやましい。
「ライオン公園に行くのね。荷物を取ってくるわ」
「ああ、うん。正門で待ってるよ」
すたすたと校舎へ向かうミチルの後ろ姿を見送りながら、ジョージは鼻からぶら下がった枝を抜いてポイッと放り投げた。「なんだよあいつ! 俺は目をつむってただけなのに! こんなものつっこみやがって、とんだクレイジー娘だ!」
ミチルを待って公園に向かう。ライオン公園は、高台の獅子丘町にある大きな公園で、歩いて十分の距離。ジャングルジムからは、黄道区が一望できるほど見晴らしがいい。
「たまには公園でスケッチするのもいいかな?」ミチルは絵のことを考えている。
緩やかな上り坂をのぼっていくと、途中、やはりお年寄りたちがぼんやりとしている光景が目についた。朝と同じ光景だ。それを見てジョージがニヤニヤとする。
「確かに、これだけ暖かいとぼんやりもしたくなるよな?」
「ほっといてよ!」縁側で居眠りするおじいちゃんみたいだとでも言いたいんだろう。悔しいけど。なにも言い返せなかった。
「ジョージ君……千、斗く、ん……」マルコはハァハァといいながらついて来る。
そんなに急な坂じゃないけど、体の大きなマルコにはしんどいのかもしれない。
「大丈夫?」と尋ねると、マルコは息を切らしながら言った。
「……おなかが空いたよ。なにか、食べる物……持ってない?」
すると、ミチルがカバンからチョコバーを取り出し、黙って手渡す。
マルコはさっそく封を開けると、満面の笑顔でかじり始めた。
「いつもありがとう! ミチルちゃん」
いつも……? ミチルは慣れた様子で手さげカバンを整えるとまた歩き始めた。
「クレイジーだな、あのカバン。一体、なにが仕込んであるんだ?」
「あなたたちもいる? 毎日マルコにせびられるから持って来るくせがついちゃって」
「おぉ! サンキュー! いきなり鼻に枝を挿されたときは、とんだクレイジー娘だと思ったけど、俺、おまえの子分になってやってもいいぜ!」
「ジョージ、チョコバーもらって子分って、それ発想が桃太郎だよ……」
公園では幼い子供たちが楽しそうに走り回っていた。時計台前で紅葉を待つ。
ライオン公園はとても大きい。野球場やサッカー場、気ままに散歩できる遊歩道もあって、もちろん遊具も充実。丘の上から一気にすべりおりる長距離ローラーコースターや、黄道区が見渡せるジャングルジム。シーソーやブランコなど、子どもが喜びそうな遊具が目白押しだ。ちょっとしたハイキングコースもあって、小高い丘の上には展望台もあり、黄道区の先の海まで見渡せる。でもこの公園でやるには一つだけ不向きなことがある。かくれんぼだけは絶対やっちゃダメだ。広すぎて鬼の一人イジメになっちゃうから。
紅葉はなかなか現れなかった。ジョージは公衆トイレの鏡でヘアスタイルを整え、ミチルはカメラを出して空や花を撮ったり、ウロウロし始める。初めはおとなしく待っていたマルコも、すぐに「おなかが空いた」と言ってミチルを追いかけていった。
自由奔放なメンバーに呆れつつ、僕はひとりで紅葉を待った。
どのくらいそこで待ってただろうか? ふと、目の前を黒い猫が通り過ぎる。
その瞬間、不思議な気分に襲われた。デジャブだ。経験なんてしてないはずなのに、過去にもう知っているような気分になるやつ。もちろん猫なんてあちこちにいる。今目の前を通ったこの黒猫だって、見たことがあってもおかしくない。でも猫がどうこうじゃなくて、今のこの状況に覚えがあるような……そんな変な感覚だった。
「千斗? 大丈夫か?」
声がして、はっと我に返ると、全員が勢揃いしていた。
「あれ、いつの間に? みんな……紅葉も」
「おまえまた、縁側のおじいちゃんになってたろ?」ジョージがまたニヤニヤとする。
「あんたって器用なんだね。立ったまま寝れるなんて、まるで鳥みたい」紅葉もだ。
状況がわからず挙動のおかしい僕を見て、みんながクスクス笑う。
「寝てなんかないよ! ここで君たちを待ってたんだ!」僕がムキになると、今度は紅葉がお腹を抱えて笑い始める。「そうなんだ! ゴメンゴメン!」
「千斗君、気にすることないよ。ボクだってお腹いっぱいになったら眠いもの」
マルコが慰めてくれるのを聞いて、僕は、「寝てない!」って否定した自分が急に恥ずかしくなった。実際に、紅葉がいつ来たかも、いつみんなが戻ってきたかも覚えてないんだ。花園で「一ミリだって寝てない!」と言い訳していたジョージのことを笑えない。
「みんな、ごめん、やっぱり僕、寝てたのかも……」
素直に謝ると、紅葉が目頭を拭いながら優しく答えた。
「ううん千斗、あたしこそごめんね。引継ぎが長引いて遅くなっちゃったからさ」
その横で、ジョージが「わかるッ!」と腕を組んで大きくうなずく。
「俺も、鏡の前でクレイジーに決まった髪型を見てると、時間が経つのを忘れるぜ!」
「あんたの髪型と一緒にしないで。とにかく無事に集まったんだし、調理実習のメニューを考えましょ。さて、じゃああんたたち、一体どんな料理が作れるの?」
「俺は……そうだな、マーベラスサラダかクレイジーサラダだな」
「それってどんなサラダ?」ミチルが尋ねる。
「そのサラダはとにかくクレイジーなサラダなんだ! とても口じゃ説明できないぜ」
「それじゃわからないでしょ⁉ 材料はなにを入れるのよ⁉」
紅葉がかみつくと、ジョージはしどろもどろだ。
「えーと、えーと……。野菜とガム?」
「あんた、真面目に考える気あるの⁉ 今度ふざけたこと言ったら、自慢の髪に花を生けてやるから! それで千斗、あんたは?」
「僕も大した物は作れないよ。お浸しとか和え物とかかな?」
手伝ったことがあるのはそれくらいだ。すると、またクスクス笑いが起こった。
「千斗君って本当にお爺ちゃんくさいのね」
ミチルの言葉にみんなが笑う。いつのまにか、僕はすっかりお爺ちゃんキャラだ。
「じゃあ、そういう紅葉は、なにが作れるの」
「あたしは……そうねえ、チャーハンとかピラフとか、お茶漬けかな?」
むっとして聞いた僕に、紅葉は自信たっぷりに答えるけど、それもどうかと思う。だってメニューはすべてご飯物。先生は、おかずを考えろって言ってるのに。
「ボクはね! ビーフシチューとマカロニグラタンが食べたいんだ!」
マルコは食べたいものを繰り返すだけ。困っていると、ミチルが神の一声を放った。
「わたし、ハンバーグくらいなら作り方わかるわよ。グラタンは難しいけど、マカロニサラダを添えるのはどうかしら?」
まさに救世主現る。
「助かったわ! でなきゃ、あたしたちのグループは和え物とチャーハンだった!」
「クレイジー! メニューは決まったから、あとは材料費のリサーチだな!」
「そうね、スーパーですべて揃う材料だわ」
ミチルはメモを取り出すと、必要な材料を書き込んでいった。
「じゃあ、商店街に行こうよ! ボク、シーサイド商店街なら毎日だって行きたいもの」
シーサイド商店街は魚海町にある。小さな港と魚市場があって、魚はもちろん、生鮮野菜や日用品も並ぶお買い物スポットだ。
「みんなでシーサイドバーガーを食べようよ!」なるほどマルコの目的はそれか。
シーサイドバーガーは鮮魚をバターソテーして、新鮮なレタスにトマト、チーズをサンドした食べ応え抜群の『バキエルバーガー』の一推し商品だ。
「マルコ、残念だけど、それはまた今度よ。あたしの家は獅子丘町だしミチルは乙女町よ。魚海町まで行って戻ってくるなんてあたしはいやよ! ねえミチルもそうでしょ?」
ミチルはなぜか黙ったまま、公園の木をじっと見つめていた。
「ミチルちゃん?」マルコが話しかけると、ミチルがおかしなことを言いだした。
「――デジャブって、聞いたことある?」
みんなが不思議そうにするなか、同じことを考えていた僕は、内心ドキリとした。
「それって、見たこともないのに見た気がしたりする、あのクレイジーな現象か?」
「それならボクも経験あるよ! 昨日カレーを食べたと思ったら、次の日もカレーを食べてたってやつだよね?」
「ミチル? そのデジャブが、どうかしたの?」
紅葉が先をせがむと、ミチルが腕をすっと伸ばした。その先に白猫が座っている。それを見てまた不思議な気分が襲った。僕だけじゃない。全員揃って同じだと確信できた。
「おいなんだ⁉ 今のクレイジーな現象は⁉」
ジョージがたじろぐのを見て、紅葉の顔色が変わった。
「え⁉ まさかあんたも⁉」
「うわー、なに⁉ ボク怖いの嫌いなんだよ!」
「おい! 見ろよ、あの猫! なんか木の根元を掘ってるぞ⁉」ジョージが叫んだ。
「トイレかな?」ミチルが言うけど、その様子はない。
白猫は、ひとしきり地面を掘ると、その場から少し離れて、またこちらを見た。
「なんか、あたしたちに、訴えてるみたいだね。あの場所何かあるのかな?」
……訴えてる? 気になって近づくと、土の中から金属のような物がのぞいていた。掘り起こすと、銀色の球が出てきた。
「みんな! 来て!」
「なんだ? そりゃ?」
「ソフトボールにしては、硬そうね? なんだろう?」
紅葉が指でつつくと、マルコが不思議そうに言った。
「ひょっとしてタイムカプセル?」
両手でねじってみると、球はきれいにふたつに割れ、その場がどよめいた。
「おおぉ!」
出てきたのは筒状に丸まった写真だった。開いて中を見た僕は、驚いて手を離す。
「なんだなんだ⁉ そのクレイジーなブツを早く見せろ!」
写真を拾いあげたミチルの手元を、みんなが覗き込む。
「なによこれ⁉」紅葉が声をあげた。
「ねえ、こんなの撮ったっけ? ボク、記憶がないよ」
それは僕たちの集合写真だった。全員がにこやかに笑っている。
「この五人で、写真を撮ったことなんてないわ、たぶん……」
誰にも記憶がないけど、目の前にある証拠を前に、ミチルの言葉も曖昧なものだった。
「そっくりさん……かな?」
思わず僕が言うと、すかさずジョージが否定した。
「バカ野郎! こんなクレイジーなヘアスタイルした小学生が、他にいてたまるか!」
ミチルがびっくりして振り返る。
「邪魔してごめんね、ミチル。じつは、紅葉にライオン公園に集まるように言われたんだ。たぶん来週の調理実習のことだと思うんだけど……」
ミチルは、芝生の上のふたりを見ると優しく笑った。
「ごめんね。声をかけてくれればよかったのに…」
不思議系だとばかり思っていたけど、笑うミチルはとても素敵に見える。
「ちょっと待ってね。すぐ片づけるから」
道具を片づけると立ち上がり、地面に落ちていた木の枝を優雅に拾いあげた。すごく絵になっている。今日からステキ系女子に格上げかな?
そんなことを考えていると、ミチルが予想外の行動をとった。芝生で寝ているマルコとジョージに近づいてしゃがみ込むと、小枝を二人の鼻の穴に差し込んでいく。
生け花でも挿すみたいに。しかもニコニコしながら……。ミチルの頭の中で、なにが起きてるかさっぱりわからない。ごめん、やっぱりミチルは不思議系女子で間違いない。
「あっ! ミチルちゃん! ごめん。ボク、寝ちゃったみたい」
フガフガ言いながらマルコが飛び起きる。
「マルコはいつものことじゃない」ミチルは優しく微笑みかけた。
「寝てない! 俺は一ミリだって寝てないぞ!」
鼻から枝をぶら下げたまま、そんな言い訳に胸を張れるジョージが少しうらやましい。
「ライオン公園に行くのね。荷物を取ってくるわ」
「ああ、うん。正門で待ってるよ」
すたすたと校舎へ向かうミチルの後ろ姿を見送りながら、ジョージは鼻からぶら下がった枝を抜いてポイッと放り投げた。「なんだよあいつ! 俺は目をつむってただけなのに! こんなものつっこみやがって、とんだクレイジー娘だ!」
ミチルを待って公園に向かう。ライオン公園は、高台の獅子丘町にある大きな公園で、歩いて十分の距離。ジャングルジムからは、黄道区が一望できるほど見晴らしがいい。
「たまには公園でスケッチするのもいいかな?」ミチルは絵のことを考えている。
緩やかな上り坂をのぼっていくと、途中、やはりお年寄りたちがぼんやりとしている光景が目についた。朝と同じ光景だ。それを見てジョージがニヤニヤとする。
「確かに、これだけ暖かいとぼんやりもしたくなるよな?」
「ほっといてよ!」縁側で居眠りするおじいちゃんみたいだとでも言いたいんだろう。悔しいけど。なにも言い返せなかった。
「ジョージ君……千、斗く、ん……」マルコはハァハァといいながらついて来る。
そんなに急な坂じゃないけど、体の大きなマルコにはしんどいのかもしれない。
「大丈夫?」と尋ねると、マルコは息を切らしながら言った。
「……おなかが空いたよ。なにか、食べる物……持ってない?」
すると、ミチルがカバンからチョコバーを取り出し、黙って手渡す。
マルコはさっそく封を開けると、満面の笑顔でかじり始めた。
「いつもありがとう! ミチルちゃん」
いつも……? ミチルは慣れた様子で手さげカバンを整えるとまた歩き始めた。
「クレイジーだな、あのカバン。一体、なにが仕込んであるんだ?」
「あなたたちもいる? 毎日マルコにせびられるから持って来るくせがついちゃって」
「おぉ! サンキュー! いきなり鼻に枝を挿されたときは、とんだクレイジー娘だと思ったけど、俺、おまえの子分になってやってもいいぜ!」
「ジョージ、チョコバーもらって子分って、それ発想が桃太郎だよ……」
公園では幼い子供たちが楽しそうに走り回っていた。時計台前で紅葉を待つ。
ライオン公園はとても大きい。野球場やサッカー場、気ままに散歩できる遊歩道もあって、もちろん遊具も充実。丘の上から一気にすべりおりる長距離ローラーコースターや、黄道区が見渡せるジャングルジム。シーソーやブランコなど、子どもが喜びそうな遊具が目白押しだ。ちょっとしたハイキングコースもあって、小高い丘の上には展望台もあり、黄道区の先の海まで見渡せる。でもこの公園でやるには一つだけ不向きなことがある。かくれんぼだけは絶対やっちゃダメだ。広すぎて鬼の一人イジメになっちゃうから。
紅葉はなかなか現れなかった。ジョージは公衆トイレの鏡でヘアスタイルを整え、ミチルはカメラを出して空や花を撮ったり、ウロウロし始める。初めはおとなしく待っていたマルコも、すぐに「おなかが空いた」と言ってミチルを追いかけていった。
自由奔放なメンバーに呆れつつ、僕はひとりで紅葉を待った。
どのくらいそこで待ってただろうか? ふと、目の前を黒い猫が通り過ぎる。
その瞬間、不思議な気分に襲われた。デジャブだ。経験なんてしてないはずなのに、過去にもう知っているような気分になるやつ。もちろん猫なんてあちこちにいる。今目の前を通ったこの黒猫だって、見たことがあってもおかしくない。でも猫がどうこうじゃなくて、今のこの状況に覚えがあるような……そんな変な感覚だった。
「千斗? 大丈夫か?」
声がして、はっと我に返ると、全員が勢揃いしていた。
「あれ、いつの間に? みんな……紅葉も」
「おまえまた、縁側のおじいちゃんになってたろ?」ジョージがまたニヤニヤとする。
「あんたって器用なんだね。立ったまま寝れるなんて、まるで鳥みたい」紅葉もだ。
状況がわからず挙動のおかしい僕を見て、みんながクスクス笑う。
「寝てなんかないよ! ここで君たちを待ってたんだ!」僕がムキになると、今度は紅葉がお腹を抱えて笑い始める。「そうなんだ! ゴメンゴメン!」
「千斗君、気にすることないよ。ボクだってお腹いっぱいになったら眠いもの」
マルコが慰めてくれるのを聞いて、僕は、「寝てない!」って否定した自分が急に恥ずかしくなった。実際に、紅葉がいつ来たかも、いつみんなが戻ってきたかも覚えてないんだ。花園で「一ミリだって寝てない!」と言い訳していたジョージのことを笑えない。
「みんな、ごめん、やっぱり僕、寝てたのかも……」
素直に謝ると、紅葉が目頭を拭いながら優しく答えた。
「ううん千斗、あたしこそごめんね。引継ぎが長引いて遅くなっちゃったからさ」
その横で、ジョージが「わかるッ!」と腕を組んで大きくうなずく。
「俺も、鏡の前でクレイジーに決まった髪型を見てると、時間が経つのを忘れるぜ!」
「あんたの髪型と一緒にしないで。とにかく無事に集まったんだし、調理実習のメニューを考えましょ。さて、じゃああんたたち、一体どんな料理が作れるの?」
「俺は……そうだな、マーベラスサラダかクレイジーサラダだな」
「それってどんなサラダ?」ミチルが尋ねる。
「そのサラダはとにかくクレイジーなサラダなんだ! とても口じゃ説明できないぜ」
「それじゃわからないでしょ⁉ 材料はなにを入れるのよ⁉」
紅葉がかみつくと、ジョージはしどろもどろだ。
「えーと、えーと……。野菜とガム?」
「あんた、真面目に考える気あるの⁉ 今度ふざけたこと言ったら、自慢の髪に花を生けてやるから! それで千斗、あんたは?」
「僕も大した物は作れないよ。お浸しとか和え物とかかな?」
手伝ったことがあるのはそれくらいだ。すると、またクスクス笑いが起こった。
「千斗君って本当にお爺ちゃんくさいのね」
ミチルの言葉にみんなが笑う。いつのまにか、僕はすっかりお爺ちゃんキャラだ。
「じゃあ、そういう紅葉は、なにが作れるの」
「あたしは……そうねえ、チャーハンとかピラフとか、お茶漬けかな?」
むっとして聞いた僕に、紅葉は自信たっぷりに答えるけど、それもどうかと思う。だってメニューはすべてご飯物。先生は、おかずを考えろって言ってるのに。
「ボクはね! ビーフシチューとマカロニグラタンが食べたいんだ!」
マルコは食べたいものを繰り返すだけ。困っていると、ミチルが神の一声を放った。
「わたし、ハンバーグくらいなら作り方わかるわよ。グラタンは難しいけど、マカロニサラダを添えるのはどうかしら?」
まさに救世主現る。
「助かったわ! でなきゃ、あたしたちのグループは和え物とチャーハンだった!」
「クレイジー! メニューは決まったから、あとは材料費のリサーチだな!」
「そうね、スーパーですべて揃う材料だわ」
ミチルはメモを取り出すと、必要な材料を書き込んでいった。
「じゃあ、商店街に行こうよ! ボク、シーサイド商店街なら毎日だって行きたいもの」
シーサイド商店街は魚海町にある。小さな港と魚市場があって、魚はもちろん、生鮮野菜や日用品も並ぶお買い物スポットだ。
「みんなでシーサイドバーガーを食べようよ!」なるほどマルコの目的はそれか。
シーサイドバーガーは鮮魚をバターソテーして、新鮮なレタスにトマト、チーズをサンドした食べ応え抜群の『バキエルバーガー』の一推し商品だ。
「マルコ、残念だけど、それはまた今度よ。あたしの家は獅子丘町だしミチルは乙女町よ。魚海町まで行って戻ってくるなんてあたしはいやよ! ねえミチルもそうでしょ?」
ミチルはなぜか黙ったまま、公園の木をじっと見つめていた。
「ミチルちゃん?」マルコが話しかけると、ミチルがおかしなことを言いだした。
「――デジャブって、聞いたことある?」
みんなが不思議そうにするなか、同じことを考えていた僕は、内心ドキリとした。
「それって、見たこともないのに見た気がしたりする、あのクレイジーな現象か?」
「それならボクも経験あるよ! 昨日カレーを食べたと思ったら、次の日もカレーを食べてたってやつだよね?」
「ミチル? そのデジャブが、どうかしたの?」
紅葉が先をせがむと、ミチルが腕をすっと伸ばした。その先に白猫が座っている。それを見てまた不思議な気分が襲った。僕だけじゃない。全員揃って同じだと確信できた。
「おいなんだ⁉ 今のクレイジーな現象は⁉」
ジョージがたじろぐのを見て、紅葉の顔色が変わった。
「え⁉ まさかあんたも⁉」
「うわー、なに⁉ ボク怖いの嫌いなんだよ!」
「おい! 見ろよ、あの猫! なんか木の根元を掘ってるぞ⁉」ジョージが叫んだ。
「トイレかな?」ミチルが言うけど、その様子はない。
白猫は、ひとしきり地面を掘ると、その場から少し離れて、またこちらを見た。
「なんか、あたしたちに、訴えてるみたいだね。あの場所何かあるのかな?」
……訴えてる? 気になって近づくと、土の中から金属のような物がのぞいていた。掘り起こすと、銀色の球が出てきた。
「みんな! 来て!」
「なんだ? そりゃ?」
「ソフトボールにしては、硬そうね? なんだろう?」
紅葉が指でつつくと、マルコが不思議そうに言った。
「ひょっとしてタイムカプセル?」
両手でねじってみると、球はきれいにふたつに割れ、その場がどよめいた。
「おおぉ!」
出てきたのは筒状に丸まった写真だった。開いて中を見た僕は、驚いて手を離す。
「なんだなんだ⁉ そのクレイジーなブツを早く見せろ!」
写真を拾いあげたミチルの手元を、みんなが覗き込む。
「なによこれ⁉」紅葉が声をあげた。
「ねえ、こんなの撮ったっけ? ボク、記憶がないよ」
それは僕たちの集合写真だった。全員がにこやかに笑っている。
「この五人で、写真を撮ったことなんてないわ、たぶん……」
誰にも記憶がないけど、目の前にある証拠を前に、ミチルの言葉も曖昧なものだった。
「そっくりさん……かな?」
思わず僕が言うと、すかさずジョージが否定した。
「バカ野郎! こんなクレイジーなヘアスタイルした小学生が、他にいてたまるか!」