「さて、じゃああんたたち、一体どんな料理が作れるの?」
紅葉がみんなの顔を眺め回す。ジョージはサラダ中心のヘルシーメニュー。僕は和え物中心のお年寄り受けメニュー。紅葉はおかずの概念を無視したご飯物オンリーのセット。マルコにいたっては、食べたい料理の名前をあげているだけ。
「いやぁ……ハッハッハ。予想はしてたけど、このDグループは絶望的だな⁉ いっそピザでも注文しようぜ」
そんなふざけたジョージの髪の毛に、紅葉がシャープペンをつっこんだ。
「無理に決まってるでしょ⁉ だいいち配達してもらったらバレちゃうじゃない!」
「わたし、ハンバーグくらいなら作り方わかるわよ。グラタンは難しいけど、マカロニサラダを添えるのはどうかしら?」
僕たち全員の目に、ミチルが光り輝いて見えた。「おまえ、天使か⁉」
「すごいじゃない、ミチル! じゃあ、メニューは決まりね。材料もスーパーに行けば揃うものばかりだから、それは今日じゃなくてもいいよね?」
「そんなあ⁉ 行こうよ! シーサイド商店街! みんなでシーサイドバーガーを食べてさ! ついでに材料も見ようよ!」
体を揺らしてねだるマルコのお目当てがバーガーだってことくらい、みんなわかってる。材料の下見なんてついでなんだ。
「マルコ、残念だけど、それはまた今度よ。あたしの家はこの獅子丘町だし、ミチルは乙女町よ。ここから商店街のある魚海町まで行ってまた戻ってくるなんて、あたしはいやよ」
そのとき、紅葉のおなかがすごい音で鳴った。『グゥゥゥー……』ギョッとしてみんなが注目すると真っ赤になって澄ましている。「まあ、みんなが行くって言うなら、仕方なく行くけど?」そんな苦しい言い訳に、僕もジョージも笑いを堪えるので必死だ。
「わたしも急に食べたくなっちゃったわ。シーサイドバーガー」
ミチルが助け舟を出すようにそう言うと、マルコからは満面の笑みが溢れた。
来た道を戻り魚海町を目指す。平日でも、この町のランドマーク的な存在感を放つシーサイド商店街はそれなりにお客さんで賑わいを見せている。
僕たちの視線の先に、連日大盛況の《バキエルバーガー》が見えてくる。週末にもなれば、店の外にまで行列を作るこのバーガーショップも、今日は注文を待つ行列こそないものの店内はお客さんでいっぱいだ。
「うーん、店内では食べれそうにないね」
マルコが、残念そうに覗き込む。
「わたしは別に大丈夫よ。外で食べてもおいしいもの」
「じゃあ、バラバラで注文すると時間がかかるから、あたしがまとめて注文してくるわ」
「おお! さすがクレイジーだぜ! だが、俺も行く!」
さすが紅葉、こういうときの行動力には本当に感心させられる。
紅葉がみんなの注文を聞き、てきぱきとお金を集め始める。注文を聞くといってもみんなが食べるものはいつも同じだ。『シーサイドバーガーセット』説明なんて要らないよな。シーサイドバーガーとポテトとドリンク――これが僕たちコスモ小のトレンド。
「来なくていいわよ。あんたも同じでいいでしょ?」
「いや行く! 俺はシーサイドバーガーセットにワン・ブレイズ!」
ワン・ブレイズっては《賞賛》って意味だ。有名なバーガー屋の『スマイル』に対抗して、バキエルバーガーが始めたサービスなんだけど、これを注文された店員はお客さんを一つ褒めなくてはならない。そしてジョージは、毎回必ずブレイズサービスを注文する。もちろん、目的は髪型を褒めてもらうため。
「却下よ」紅葉が冷たくあしらうと、ジョージは「そんなこと言うなよ!」とついていった。
芝生広場でふたりを待っていると、トレイに沢山バーガーを乗せて顔を真っ赤にした紅葉と、嬉しそうなジョージが戻ってくる。ジョージは、きっと髪型を褒められてご満悦なんだろうけど、紅葉は一体どこを褒められてあんなに顔を赤くしているんだ?
すごく聞きたいけど、そんな勇気なんてない。だって、紅葉は怖いんだもの。
「ニャーン!」
みんなで座ってバーガーにかじり始めると、芝生の中から鳴き声が聞こえてきた。
「なんだろう? ボク、ちょっと見てくる!」マルコが音のした方を探しにいき、茂みの前でしゃがみ込む。「ねえ! みんな見て!」
掻き分けた芝みの中から、か細く鳴く二匹の子猫がみえた。
「見た目全然違うけどなんかそっくりな猫だな? おい母猫とはぐれちゃったのか?」
「おなか空いてるのかな、かわいそうに。バーガー食べるかな?」
マルコがパンを少しちぎって近づいていく。
「チッチッチ。ほらーパンだよー?」
「見ちゃうと飼いたくなるよね。うち、お母さんが猫アレルギーだからダメだけど」
そういう紅葉の横で、ミチルはバーガーを食べながら黙って眺めている。
「チッチッチ! マシュマロ! チッチッチ! ほら、おいでー」
マルコがさっそく名前をつけると、真っ白でむっくりの猫がにゃーんと返事をした。
「マシュマロ? じゃあ、こっちの黒い方はスカーフェイスだな! 見ろよこいつ、左目のとこ、傷みたいに毛の色が違ってクレイジーだぜ!」
ジョージがスカーフェイスと呼んだ猫は双子の片割れ。真っ黒で尻尾がスラリと伸びた猫だけど、額から左頬にかけて一本線のように白い毛が入っていた。
「名前なんてつけたら、愛着が湧いてほって置けなくなるわよ? でもあんたにしては、なかなかいい名前じゃない」紅葉が笑う。
「ごめんね。飼ってあげたいけどボクの家はアパートでペット禁止なんだ。マシュマロ、スカーフェイス、元気でね」
マルコは残りのバーガーとポテトを二匹の前に置くと、僕たちはサヨナラを言って、スーパーで調理実習の材料費を調べるために、再び商店街へと向かった。
「予算って一五〇〇円だったよね?」
そのとき「なあ、君たち」と後ろから突然誰かに呼び止められた。振り返ると年期の入ったアンティークカメラを胸の前で構えたお爺さんが立っている。白髪頭で伸びっぱなしの無精ひげ。ニッコリ笑うしわくちゃの顔はとても優しそうだ。
「君たち、コスモ小学校の子たちかい?」
ゆったり歩いてくるその人を見て、マルコと紅葉が顔を見合わせた。「お爺さんは?」
「私はね、この商店街に店を構える《黒野写真堂》の店主だよ」
「黒野写真堂?」
ここにそんな名前の店なんてあったっけ?
ジョージは「写真」と聞いてすぐにポケットから携帯ミラーを取り出し、リーゼントの具合を確認し始めている。
「いや、突然声をかけてすまなかったね。君たちが、あまりに仲の良さそうな素敵な子どもたちだったので、写真のモデルになってもらいたいと思ってね」
そう優しく話すお爺さんは、悪い人には見えなかった。
「あたしたちでよければ」紅葉が気前のいい笑顔で応える。
「おお! ありがとう、それじゃあ、そこに並んでくれるかい?」
指定された薬局と本屋の建物の間に肩を揃えて並ぶと、お爺さんがレンズを向けた。
「さあ、笑って! はい、チーズ!」
パシャリと小気味良いシャッター音がカメラから聞こえると、ジョージが言った。
「なあ、じいさん! 写真ができたら、ちゃんと俺たちにもくれよ!」
「もちろんだとも。特別な容れ物に入れて必ず君たちに届けるよ。ありがとう」
お爺さんは大きくうなずくと、商店街の人混みの中へと消えていった。
「さあ、帰ろうよ」
僕が歩き始めると、突然ミチルが言い出した。
「みんな、ごめん。先に帰って! わたし、あの猫たちのこと、やっぱりほっとけない!」
ミチルが勢いよく走り出す。僕たちは顔を見合わせ、後を追いかけた。商店街の人波に逆らうようにして双子のいた広場を目指す。
「ねえ! どうしたのよ? ミチル」紅葉がいう。
「あの猫たち、なんだか他人とは思えなくなっちゃって!」
「おまえって、そういう不思議なとこあるよな⁉ どう見たって俺にはおまえとあいつらが親戚どうしには見えないぞ?」
「でもさ! ミチルちゃんが二匹を飼ってくれるなら、ボクはとても安心だな」
こうして、僕たちが連れ帰ったマシュマロとスカーフェイスは、ミチルの家で元気に育っている。本当に仲が良くていつも一緒にいるよ。なんでそんなことを知ってるかって? それは二匹のおかげで《北川理髪店》が町の癒しスポットとして有名になったからだ。
赤と青のサインポールの周りをぐるぐる走るスカーフェイスに、それをぼーっと眺めているマシュマロ。そして隣には、朝から座り込んでタバコをふかすドレッドヘアのミチルのお父さん。
そんな平和すぎる光景が乙女町の名物となり、見物客が沢山やってくるようになったんだ。それこそ黄道テレビ局のカメラで中継されるまでにね。
僕たちの暮らす町、ギンガワ県コスモ市の黄道区を大きくまわるイエローバス。時計の針みたいに正確に、町から町へとみんなを乗せていく。
この町の時間は、今日も変わらずゆったりと流れていく。そして窓からは今日も、菜の花のきれいな黄色い道と、町ゆく人の笑顔が次々に映っていった。
《了》
紅葉がみんなの顔を眺め回す。ジョージはサラダ中心のヘルシーメニュー。僕は和え物中心のお年寄り受けメニュー。紅葉はおかずの概念を無視したご飯物オンリーのセット。マルコにいたっては、食べたい料理の名前をあげているだけ。
「いやぁ……ハッハッハ。予想はしてたけど、このDグループは絶望的だな⁉ いっそピザでも注文しようぜ」
そんなふざけたジョージの髪の毛に、紅葉がシャープペンをつっこんだ。
「無理に決まってるでしょ⁉ だいいち配達してもらったらバレちゃうじゃない!」
「わたし、ハンバーグくらいなら作り方わかるわよ。グラタンは難しいけど、マカロニサラダを添えるのはどうかしら?」
僕たち全員の目に、ミチルが光り輝いて見えた。「おまえ、天使か⁉」
「すごいじゃない、ミチル! じゃあ、メニューは決まりね。材料もスーパーに行けば揃うものばかりだから、それは今日じゃなくてもいいよね?」
「そんなあ⁉ 行こうよ! シーサイド商店街! みんなでシーサイドバーガーを食べてさ! ついでに材料も見ようよ!」
体を揺らしてねだるマルコのお目当てがバーガーだってことくらい、みんなわかってる。材料の下見なんてついでなんだ。
「マルコ、残念だけど、それはまた今度よ。あたしの家はこの獅子丘町だし、ミチルは乙女町よ。ここから商店街のある魚海町まで行ってまた戻ってくるなんて、あたしはいやよ」
そのとき、紅葉のおなかがすごい音で鳴った。『グゥゥゥー……』ギョッとしてみんなが注目すると真っ赤になって澄ましている。「まあ、みんなが行くって言うなら、仕方なく行くけど?」そんな苦しい言い訳に、僕もジョージも笑いを堪えるので必死だ。
「わたしも急に食べたくなっちゃったわ。シーサイドバーガー」
ミチルが助け舟を出すようにそう言うと、マルコからは満面の笑みが溢れた。
来た道を戻り魚海町を目指す。平日でも、この町のランドマーク的な存在感を放つシーサイド商店街はそれなりにお客さんで賑わいを見せている。
僕たちの視線の先に、連日大盛況の《バキエルバーガー》が見えてくる。週末にもなれば、店の外にまで行列を作るこのバーガーショップも、今日は注文を待つ行列こそないものの店内はお客さんでいっぱいだ。
「うーん、店内では食べれそうにないね」
マルコが、残念そうに覗き込む。
「わたしは別に大丈夫よ。外で食べてもおいしいもの」
「じゃあ、バラバラで注文すると時間がかかるから、あたしがまとめて注文してくるわ」
「おお! さすがクレイジーだぜ! だが、俺も行く!」
さすが紅葉、こういうときの行動力には本当に感心させられる。
紅葉がみんなの注文を聞き、てきぱきとお金を集め始める。注文を聞くといってもみんなが食べるものはいつも同じだ。『シーサイドバーガーセット』説明なんて要らないよな。シーサイドバーガーとポテトとドリンク――これが僕たちコスモ小のトレンド。
「来なくていいわよ。あんたも同じでいいでしょ?」
「いや行く! 俺はシーサイドバーガーセットにワン・ブレイズ!」
ワン・ブレイズっては《賞賛》って意味だ。有名なバーガー屋の『スマイル』に対抗して、バキエルバーガーが始めたサービスなんだけど、これを注文された店員はお客さんを一つ褒めなくてはならない。そしてジョージは、毎回必ずブレイズサービスを注文する。もちろん、目的は髪型を褒めてもらうため。
「却下よ」紅葉が冷たくあしらうと、ジョージは「そんなこと言うなよ!」とついていった。
芝生広場でふたりを待っていると、トレイに沢山バーガーを乗せて顔を真っ赤にした紅葉と、嬉しそうなジョージが戻ってくる。ジョージは、きっと髪型を褒められてご満悦なんだろうけど、紅葉は一体どこを褒められてあんなに顔を赤くしているんだ?
すごく聞きたいけど、そんな勇気なんてない。だって、紅葉は怖いんだもの。
「ニャーン!」
みんなで座ってバーガーにかじり始めると、芝生の中から鳴き声が聞こえてきた。
「なんだろう? ボク、ちょっと見てくる!」マルコが音のした方を探しにいき、茂みの前でしゃがみ込む。「ねえ! みんな見て!」
掻き分けた芝みの中から、か細く鳴く二匹の子猫がみえた。
「見た目全然違うけどなんかそっくりな猫だな? おい母猫とはぐれちゃったのか?」
「おなか空いてるのかな、かわいそうに。バーガー食べるかな?」
マルコがパンを少しちぎって近づいていく。
「チッチッチ。ほらーパンだよー?」
「見ちゃうと飼いたくなるよね。うち、お母さんが猫アレルギーだからダメだけど」
そういう紅葉の横で、ミチルはバーガーを食べながら黙って眺めている。
「チッチッチ! マシュマロ! チッチッチ! ほら、おいでー」
マルコがさっそく名前をつけると、真っ白でむっくりの猫がにゃーんと返事をした。
「マシュマロ? じゃあ、こっちの黒い方はスカーフェイスだな! 見ろよこいつ、左目のとこ、傷みたいに毛の色が違ってクレイジーだぜ!」
ジョージがスカーフェイスと呼んだ猫は双子の片割れ。真っ黒で尻尾がスラリと伸びた猫だけど、額から左頬にかけて一本線のように白い毛が入っていた。
「名前なんてつけたら、愛着が湧いてほって置けなくなるわよ? でもあんたにしては、なかなかいい名前じゃない」紅葉が笑う。
「ごめんね。飼ってあげたいけどボクの家はアパートでペット禁止なんだ。マシュマロ、スカーフェイス、元気でね」
マルコは残りのバーガーとポテトを二匹の前に置くと、僕たちはサヨナラを言って、スーパーで調理実習の材料費を調べるために、再び商店街へと向かった。
「予算って一五〇〇円だったよね?」
そのとき「なあ、君たち」と後ろから突然誰かに呼び止められた。振り返ると年期の入ったアンティークカメラを胸の前で構えたお爺さんが立っている。白髪頭で伸びっぱなしの無精ひげ。ニッコリ笑うしわくちゃの顔はとても優しそうだ。
「君たち、コスモ小学校の子たちかい?」
ゆったり歩いてくるその人を見て、マルコと紅葉が顔を見合わせた。「お爺さんは?」
「私はね、この商店街に店を構える《黒野写真堂》の店主だよ」
「黒野写真堂?」
ここにそんな名前の店なんてあったっけ?
ジョージは「写真」と聞いてすぐにポケットから携帯ミラーを取り出し、リーゼントの具合を確認し始めている。
「いや、突然声をかけてすまなかったね。君たちが、あまりに仲の良さそうな素敵な子どもたちだったので、写真のモデルになってもらいたいと思ってね」
そう優しく話すお爺さんは、悪い人には見えなかった。
「あたしたちでよければ」紅葉が気前のいい笑顔で応える。
「おお! ありがとう、それじゃあ、そこに並んでくれるかい?」
指定された薬局と本屋の建物の間に肩を揃えて並ぶと、お爺さんがレンズを向けた。
「さあ、笑って! はい、チーズ!」
パシャリと小気味良いシャッター音がカメラから聞こえると、ジョージが言った。
「なあ、じいさん! 写真ができたら、ちゃんと俺たちにもくれよ!」
「もちろんだとも。特別な容れ物に入れて必ず君たちに届けるよ。ありがとう」
お爺さんは大きくうなずくと、商店街の人混みの中へと消えていった。
「さあ、帰ろうよ」
僕が歩き始めると、突然ミチルが言い出した。
「みんな、ごめん。先に帰って! わたし、あの猫たちのこと、やっぱりほっとけない!」
ミチルが勢いよく走り出す。僕たちは顔を見合わせ、後を追いかけた。商店街の人波に逆らうようにして双子のいた広場を目指す。
「ねえ! どうしたのよ? ミチル」紅葉がいう。
「あの猫たち、なんだか他人とは思えなくなっちゃって!」
「おまえって、そういう不思議なとこあるよな⁉ どう見たって俺にはおまえとあいつらが親戚どうしには見えないぞ?」
「でもさ! ミチルちゃんが二匹を飼ってくれるなら、ボクはとても安心だな」
こうして、僕たちが連れ帰ったマシュマロとスカーフェイスは、ミチルの家で元気に育っている。本当に仲が良くていつも一緒にいるよ。なんでそんなことを知ってるかって? それは二匹のおかげで《北川理髪店》が町の癒しスポットとして有名になったからだ。
赤と青のサインポールの周りをぐるぐる走るスカーフェイスに、それをぼーっと眺めているマシュマロ。そして隣には、朝から座り込んでタバコをふかすドレッドヘアのミチルのお父さん。
そんな平和すぎる光景が乙女町の名物となり、見物客が沢山やってくるようになったんだ。それこそ黄道テレビ局のカメラで中継されるまでにね。
僕たちの暮らす町、ギンガワ県コスモ市の黄道区を大きくまわるイエローバス。時計の針みたいに正確に、町から町へとみんなを乗せていく。
この町の時間は、今日も変わらずゆったりと流れていく。そして窓からは今日も、菜の花のきれいな黄色い道と、町ゆく人の笑顔が次々に映っていった。
《了》