時間はあっという間に過ぎていった。私たちが目を奪われていると、両の手に料理を盛った皿をいくつも乗せて仮面の男が戻ってくる。
「さぁさ、お食事に致しましょう」
 仮面の男はいくつもの皿をひとつずつ器用にテーブルに降ろすと、料理の名前を読み上げながら、大きな花びらを散らすように皿を美しく並べていった。
「前菜は、新鮮なマグロのタルタル、空豆のピュレ添え。空豆は野生の緑の味わい深いほっこりとしたものを選んでございます。
 マグロは荒く刻みまして、フレッシュなエクストラバージンの中でもファーストオリジンのオリーブオイルにて少し長く漬け込みましたもの。香りの素晴らしさをご堪能ください。
 スープはイエローパプリカとイタリアントマトのガスパチョです。ほどよく冷えまして、フルーツトマトの甘味とパプリカの酸味が食欲を引き立てるなかなかのハーモーニーでございます」
 つらつらと饒舌にお皿について説明していく様子に絶句している私を気にも留めず、仮面の男は続ける。
「パンはローズマリーとディルのフォカッチャ、しっとりめの焼き上がりとして。
 軽めのメインディッシュは、パイ生地に包みましたウズラの卵と牡蠣のコンフィ。パイは層生地にオレンジピールを砕いたものをお入れしております。
 お口直しのデザートに、ホワイトアスパラのムース、グレープフルーツソース添え。非常にさっぱりとした柔らかな舌触りをご堪能ください……」
 素晴らしさに思わず絶句する。超高級フレンチかイタリアンかというようなカタカナメニュ―を、見事に諳んじたケルビムに私は感動を覚えた。
 仮面の男はテーブル脇に立ち、腕にトレイを抱えたまま起立の姿勢を保っている。一度にすべての皿を運んできたことだけが、アラカルトもしくはコース料理としてはほど遠いけれど、それぞれの皿の選び方といい、繊細な盛りつけといい、見た目も間違いなくきちんとした一流レストランのものだ。フォーク、ナイフといった食器類も皿ごとに複数用意されている。
 ウズラの卵と牡蠣のコンフィが包まれたパイ生地は、白鳥のような細工がなされていて、今にも羽ばたきそうだ。ナイフをいれるべき場所に、ハイビスカスの花が飾られている。心憎いにも程があるくらいでため息もでない。
「すごい……ねぇ、これもしかしてすべてあなたが作ったの? 本当になんでもこなすのね……」
 仮面の男は少し照れたように言った。
「特別優待枠のお客様とあらば、わたくしも特別な料理を振舞わざるを得ませぬゆえ。お二方のお口に合えばよろしいのですが、喜んで頂ければ幸いでございます」
「おいしそう……」私は切り株の椅子に座った。「ねえ、ほらアケルも……」
 隣に座ってもらおうとアケルを振り返ると、彼女はなぜか不満そうに口を尖らせて突っ立っていた。
「おや? アケル様、お好みの料理ではございませんか?」
 ケルビムが訊ねると、アケルはしかめ面でじっと料理を睨みながら、ただ一言「竹輪……」とつぶやいた。
「チクワ、でございますか……?」
 ――そっか、そうかもしれない。この年頃の女の子に、小難しい皿は要らないというか、難しい以外ないのか……。
「……ねぇケルビム、厨房に竹輪なんてないよね?」
 仮面の男は考え込むように腕を組み、左手の人差し指でこめかみをトントンとしながら言った。
「はて? わたくしチクワというものを見たことがございません。千里様、お手数ですが厨房へ行かれて、そのチクワとやらを探してきていただけないでしょうか?」
「そうなの? わかった、アケルも一緒に行く?」
 私が訊くと、アケルは黙って肯いた。
「では、わたくしはこちらで先に食事を済ませておきますゆえ……」
 黒ずくめの総支配人は切り株の椅子に座り、少しだけ仮面をずらすとテーブルに並べられた料理を食べ始めた。
 自分でも食べるのか……。よくわからない立ち位置だなと少し思いつつ、食事する彼を残して私たちふたりは厨房へと向かった。