支配人が足を止め、木の枝に蔦が絡まるフェンスのような形状のものに手をかけた。
「それはなに?」
――ガチャリ……。
大きな金属音が響いた。
「エレベーターでございます」
仮面の男は得意気に答えると、フェンスをガラガラと引いた。
「さぁさ、足元にお気をつけて」
アケルがさっそく中へ入って中央を陣取る。私も後に続いた。エレベーターの中は、ピーチュピーチュと鳥の囀りで満ちている。もしもどこかに妖精の国が在るなら、きっとこんな感じだろうと思った。
「それでは食堂へ参ります」
仮面の男がフェンスを閉める。
アケルはエレベーターから見える外の風景を見ようと奥へはりついた。私も同じように壁――フェンスに貼り廻っている植物を潰さないようにそっと手を添える。
エレベーターがゆっくりと下りていくと、飛行機が雲を抜けるように、突如外の景色が見え始めた。
「うわぁ!」アケルが目をまん丸にして輝かせる。
「うわぁ……」私の心も躍った。
視線と同じ高さに一面の青空が広がっていた。ホテルエデンそのものが、空高く浮かんでいるかのように。下方には青々とした一面の芝が見え、小高い山に川も流れている。ホテルの中庭とはとても思えない光景だ。
しかしそれがなぜか不自然でなく、調和している。山の麓にはたくさんの動物たちがじゃれあい、太陽の光を浴びて、心地好く休む姿などもあった。楽園と呼ぶに相応しい景色だ。
喧噪の一切ない自然景観というものは、造形物かと見紛うほどに美しい……。ジオラマを見ていると錯覚さえ覚える。しかし確かに、そこには息づいている多くの命があった。
私は興奮を抑えられずに、大きな声をあげる。
「ここ本当にすごいわ!」
「えぇ、皆様そうおっしゃってくださいますよ。当ホテルエデンのオーナー様は、それはもう素晴らしいセンスをお持ちの方なので」
「ってことは、このホテルはそのオーナーさんが自らデザインしたものなの?」
「はい。オーナー様がご自身でデザインされ、そして施工されました」
「施工まで? すべてできるなんてよほど才能のある人なのね……」
エレベーターは振動が感じられないほど、ゆっくりと降りていった。いつまでも乗っていたいと思わせるほど心地がいい。
停止する瞬間、僅かにバウンドしたが、それにあわせるように、仮面の男が、「ポーン♪」と言った。
それを聞いたアケルがケタケタと笑った。
「東館一階、食堂でございます」満足気にケルビムが言う。
黒いレバーをガチャリと下ろし、出入口のフェンスを開いた。
「東館ってことは……、このホテルには他の館もあるの?」
「えぇ、本館以外に、東西南北、それぞれ四つの分館がございます」
「すごく広いのね……でも全部で五つ? そんなに広い割に、他のお客さんを見かけないようだけど……」
アケルが、私の手を引っ張り、もどかしそうに口を挟む。
「おねえちゃん! 早くご飯食べよ! わたしおなか空いた!」
「ホテルエデンの分館が使用されるのは、特別優待枠のお客様が来られた場合のみでございますからね」
さっき彼は、私のことをまさにそう呼んでいた。
「……それって、今ってこと?」
「そのようでございますね」
仮面の男は端的に答えると、食堂と思われる広間に私たちを誘導した。
「こちらへどうぞ。足元にお気をつけて」
ごまかされてるわけではないはずだけど、どうもよくわからないなと思いながらついていく。全部を理解しようとする方が間違ってるのかもしれない。昨晩は何も食べずに寝付いてしまったから。実際おなかも空いていた。
「アケル、なにが食べたい? どんなメニューがあるかな」
「わたし、竹輪が食べたい!」
「竹輪かぁ……こんなおとぎなホテルの食堂にそんな庶民的なものあるかな?」
「ちぃくわっ! ちぃくわっ! わっ!」
「ちーくわー、ちーくーわー」
はしゃぐアケルの手をとり、相づちをとりながら食堂へと入っていく。アケルが腕をぶんぶん振り回すので忙しかった。
「うわぁ……天井がものすごく高いね……」
食堂はただただ広く、仕切りのない大広間になっていた。部屋の脇には何本もの木が植えられているけれど、植えられているというよりは、地から生えて天井を作り上げているかのような造形だった。壁は確かに見えているものの、一面が緑と茶の自然あふれた造りとなっている。床には三列の木製の長テーブルが並べられており、テーブルの脇に切り株の椅子が等間隔に生えていた。
大広間の奥中央には、一際大きな木がそびえるように植えられていた。その木に巣を持つ青色の親鳥が忙しそうに巣で待つ子どものために餌を運んできていた。
そのすぐ右奥には壁一面の大きなパイプオルガンが備えられている。いったいどうなっているのだろう、オルガンから天井へ続くパイプにも、しっかりとしたまだ若い蔦が巻きついて花を咲かせている。
その幻想的な光景に魅入る。アケルは私の手を握ったまま、ポカンと大きな口を空け食堂上方を眺めている。
「はぁ……」思わずため息が漏れた。
「きれーぃ……」
アケルの眺めている方を見上げると、細かい枝葉の隙間から差し込む無数の陽の光の筋が淡く七色に降り注いでいた。
「そうだね……きれいだね……」
アケルが両手を高くかざして、光の筋をつかむような仕草をした。その筋は確かに、そこに実体として存在するかのように、淡いが強い力を放っている。
「それでは、わたくしはお食事の準備をして参りますゆえ、お二方はこちらでしばしお待ちくださいますように……」
仮面の男はうやうやしく礼をとって、食堂の左奥へと向かって消えていった。奥に厨房があるのか。
私とアケルは切り株の椅子に腰を下ろすのも忘れて、そのまましばらく食堂の景色に心を奪われていた。どこを見るともなく、視界のすべてが降り注いでくるような光景だった。
「それはなに?」
――ガチャリ……。
大きな金属音が響いた。
「エレベーターでございます」
仮面の男は得意気に答えると、フェンスをガラガラと引いた。
「さぁさ、足元にお気をつけて」
アケルがさっそく中へ入って中央を陣取る。私も後に続いた。エレベーターの中は、ピーチュピーチュと鳥の囀りで満ちている。もしもどこかに妖精の国が在るなら、きっとこんな感じだろうと思った。
「それでは食堂へ参ります」
仮面の男がフェンスを閉める。
アケルはエレベーターから見える外の風景を見ようと奥へはりついた。私も同じように壁――フェンスに貼り廻っている植物を潰さないようにそっと手を添える。
エレベーターがゆっくりと下りていくと、飛行機が雲を抜けるように、突如外の景色が見え始めた。
「うわぁ!」アケルが目をまん丸にして輝かせる。
「うわぁ……」私の心も躍った。
視線と同じ高さに一面の青空が広がっていた。ホテルエデンそのものが、空高く浮かんでいるかのように。下方には青々とした一面の芝が見え、小高い山に川も流れている。ホテルの中庭とはとても思えない光景だ。
しかしそれがなぜか不自然でなく、調和している。山の麓にはたくさんの動物たちがじゃれあい、太陽の光を浴びて、心地好く休む姿などもあった。楽園と呼ぶに相応しい景色だ。
喧噪の一切ない自然景観というものは、造形物かと見紛うほどに美しい……。ジオラマを見ていると錯覚さえ覚える。しかし確かに、そこには息づいている多くの命があった。
私は興奮を抑えられずに、大きな声をあげる。
「ここ本当にすごいわ!」
「えぇ、皆様そうおっしゃってくださいますよ。当ホテルエデンのオーナー様は、それはもう素晴らしいセンスをお持ちの方なので」
「ってことは、このホテルはそのオーナーさんが自らデザインしたものなの?」
「はい。オーナー様がご自身でデザインされ、そして施工されました」
「施工まで? すべてできるなんてよほど才能のある人なのね……」
エレベーターは振動が感じられないほど、ゆっくりと降りていった。いつまでも乗っていたいと思わせるほど心地がいい。
停止する瞬間、僅かにバウンドしたが、それにあわせるように、仮面の男が、「ポーン♪」と言った。
それを聞いたアケルがケタケタと笑った。
「東館一階、食堂でございます」満足気にケルビムが言う。
黒いレバーをガチャリと下ろし、出入口のフェンスを開いた。
「東館ってことは……、このホテルには他の館もあるの?」
「えぇ、本館以外に、東西南北、それぞれ四つの分館がございます」
「すごく広いのね……でも全部で五つ? そんなに広い割に、他のお客さんを見かけないようだけど……」
アケルが、私の手を引っ張り、もどかしそうに口を挟む。
「おねえちゃん! 早くご飯食べよ! わたしおなか空いた!」
「ホテルエデンの分館が使用されるのは、特別優待枠のお客様が来られた場合のみでございますからね」
さっき彼は、私のことをまさにそう呼んでいた。
「……それって、今ってこと?」
「そのようでございますね」
仮面の男は端的に答えると、食堂と思われる広間に私たちを誘導した。
「こちらへどうぞ。足元にお気をつけて」
ごまかされてるわけではないはずだけど、どうもよくわからないなと思いながらついていく。全部を理解しようとする方が間違ってるのかもしれない。昨晩は何も食べずに寝付いてしまったから。実際おなかも空いていた。
「アケル、なにが食べたい? どんなメニューがあるかな」
「わたし、竹輪が食べたい!」
「竹輪かぁ……こんなおとぎなホテルの食堂にそんな庶民的なものあるかな?」
「ちぃくわっ! ちぃくわっ! わっ!」
「ちーくわー、ちーくーわー」
はしゃぐアケルの手をとり、相づちをとりながら食堂へと入っていく。アケルが腕をぶんぶん振り回すので忙しかった。
「うわぁ……天井がものすごく高いね……」
食堂はただただ広く、仕切りのない大広間になっていた。部屋の脇には何本もの木が植えられているけれど、植えられているというよりは、地から生えて天井を作り上げているかのような造形だった。壁は確かに見えているものの、一面が緑と茶の自然あふれた造りとなっている。床には三列の木製の長テーブルが並べられており、テーブルの脇に切り株の椅子が等間隔に生えていた。
大広間の奥中央には、一際大きな木がそびえるように植えられていた。その木に巣を持つ青色の親鳥が忙しそうに巣で待つ子どものために餌を運んできていた。
そのすぐ右奥には壁一面の大きなパイプオルガンが備えられている。いったいどうなっているのだろう、オルガンから天井へ続くパイプにも、しっかりとしたまだ若い蔦が巻きついて花を咲かせている。
その幻想的な光景に魅入る。アケルは私の手を握ったまま、ポカンと大きな口を空け食堂上方を眺めている。
「はぁ……」思わずため息が漏れた。
「きれーぃ……」
アケルの眺めている方を見上げると、細かい枝葉の隙間から差し込む無数の陽の光の筋が淡く七色に降り注いでいた。
「そうだね……きれいだね……」
アケルが両手を高くかざして、光の筋をつかむような仕草をした。その筋は確かに、そこに実体として存在するかのように、淡いが強い力を放っている。
「それでは、わたくしはお食事の準備をして参りますゆえ、お二方はこちらでしばしお待ちくださいますように……」
仮面の男はうやうやしく礼をとって、食堂の左奥へと向かって消えていった。奥に厨房があるのか。
私とアケルは切り株の椅子に腰を下ろすのも忘れて、そのまましばらく食堂の景色に心を奪われていた。どこを見るともなく、視界のすべてが降り注いでくるような光景だった。