「できたぁ!」
アケルが仁王立ちで得意気にお面を両手で掲げる。
出来上がったそのお面は、サイケデリックを通り越して、芸術家がなにかを爆発させた感じの出来映えだった。
「ん!」
仕上がったばかりのお花畑全開のお面を差し出すと、仮面の男はそれを嬉しそうに受け取った。
「素晴らしい! さすがアケル様! わたくしのような者のために貴女の芸術の技を使って頂き、感謝の言葉もございません!」
後ろを向いてごそごそと仮面を替え、再びこちらに向き直る。
「いかがでしょうか?」
「よし!」
アケルは一言許可を出し、人差し指を立ててお尻を振っている。そんなやり取りを見ていたら、おかしくて噴き出しそうになった。
笑いを堪えていると、さも不思議そうにアケルが訊いた。
「どうしたの? おねえちゃん」
「いかがなされましたか? 千里様……」
支配人も仮面の奥からきょとんとした視線を向けてくる……。あまりに似たような反応で二人が並んでいるので、ついに抑えきれなくなり、私はふき出してしまった。すると、アケルと仮面の男までもがつられて体を揺らして笑い出す。なんだろう、こんなに笑ったのはすごく久しぶりだ。私はなぜか懐かしさに包まれていた。
「ああ! おかしかった。思いっきり笑ったら、おなかが空いてきたわ」
「わたしも!」
「おぉ? では、食堂に降りて、なにか料理でもご用意致しましょう」
仮面の男がそう言った次の瞬間、地鳴りがホテルに轟いた。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
「なっ……なに⁉」
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
轟音とともに足元がぐらりぐらりと揺れていたが、地鳴りの大きさとは裏腹に、ホテル自体の揺れは小さい。
周囲から軋むような音がかすかに鳴り始める。出所を探って辺りを見渡していると、突然、植物の蔦が室内に縦横無尽に伸び始め、壁を覆いつくすように這っていった。
「ご心配は要りません。当ホテル、『エデン』が変化しているだけにございます」
壁を貫いた枝葉には、いつの間にか色とりどりの鳥たちも留まっている。揺れが完全に収まったとき、室内の光景は人工物と自然とが見事に融合した、まったく新しいものとなっていた。
「ねぇ、なにこれ⁉ やっぱり変よ。だってこんなことありえないじゃない!」
「いいえ、まったく変ではございません。なにせ此処はホテルエデンなのですから」
「すごいね! きれいだね! っね! ね!」
目を輝かせたアケルが、興奮して駆け寄ってくる。天井を眺めながら、私の服の端をつかんで両足で何度もジャンプしながら、「きれいだね!」と繰り返した。
アケルにつられて上を見上げると、生い茂る葉の間からは、青空が覗き、陽の光が差し込んでいる。廊下だった場所には木の根が這っていたが、木の板が獣道のように並んでおり、歩くスペースは保たれていた。足元には、ところどころのぞき窓のような隙間があり、複雑に絡まりあった木の根の間から下の階が見えた。
壁も天井もひと続きとなって、樹々の枝葉が左右からぐるりと手を取り合い、トンネルのようになっている。
鳥の囀りが、零れるように射す日の光をちらちらとビブラートさせている。いまは辺り一面に蔦が張り巡らされ、花が咲き乱れていた。まるで樹木や花でできあがったお城にでも迷い込んだよう。アケルは壁によじ登り、鳥を捕まえようとしていた。
「ねぇ、ここはいったいなんなの? 外国? それとも遊園地かなにかのアトラクション?」
仮面の男は、廊下をスタスタと歩いていたが、私が訊ねるのを聞くと立ち止まり、振り返った。
「その、どれとも違いますよ。どんな地図にも載っていませんし、来ようと思っても簡単には来られない特別な場所でございます」
「それじゃわからないわ……もう少しわかるように説明してくれない?」
「そうでございますね……」
仮面の男は腕を組み首を傾げて考える仕草をした。それを見たアケルも並んで同じ仕草をする。
「まぁ、わかりやすく説明するならば……おとぎの国といったところでしょうか?」
アケルが、最後の「でしょうか!」だけを真似している。
「そう、それが聞きたかったのよ……。でもやっぱり理解できないけどね……」
なんだか、煙に巻かれているような気がするけれど、とりあえず悪意も危険も感じない。アケルが楽しそうにしているのを見て、私もふうと息をつく。一切説明がつかない状況だけれど、唯一理解できる「おとぎの国」というワードで今は妥協するしかなさそうだ。
廊下を進んでいく支配人の後ろを歩いていくと、ふいにアケルが私の手を握り一緒に歩き始めた。私を見上げニコニコ笑っている。
こんな穏やかな時間を過ごすのは本当に久しぶりだ。私もアケルの手を握り微笑み返した。
アケルが仁王立ちで得意気にお面を両手で掲げる。
出来上がったそのお面は、サイケデリックを通り越して、芸術家がなにかを爆発させた感じの出来映えだった。
「ん!」
仕上がったばかりのお花畑全開のお面を差し出すと、仮面の男はそれを嬉しそうに受け取った。
「素晴らしい! さすがアケル様! わたくしのような者のために貴女の芸術の技を使って頂き、感謝の言葉もございません!」
後ろを向いてごそごそと仮面を替え、再びこちらに向き直る。
「いかがでしょうか?」
「よし!」
アケルは一言許可を出し、人差し指を立ててお尻を振っている。そんなやり取りを見ていたら、おかしくて噴き出しそうになった。
笑いを堪えていると、さも不思議そうにアケルが訊いた。
「どうしたの? おねえちゃん」
「いかがなされましたか? 千里様……」
支配人も仮面の奥からきょとんとした視線を向けてくる……。あまりに似たような反応で二人が並んでいるので、ついに抑えきれなくなり、私はふき出してしまった。すると、アケルと仮面の男までもがつられて体を揺らして笑い出す。なんだろう、こんなに笑ったのはすごく久しぶりだ。私はなぜか懐かしさに包まれていた。
「ああ! おかしかった。思いっきり笑ったら、おなかが空いてきたわ」
「わたしも!」
「おぉ? では、食堂に降りて、なにか料理でもご用意致しましょう」
仮面の男がそう言った次の瞬間、地鳴りがホテルに轟いた。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
「なっ……なに⁉」
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
轟音とともに足元がぐらりぐらりと揺れていたが、地鳴りの大きさとは裏腹に、ホテル自体の揺れは小さい。
周囲から軋むような音がかすかに鳴り始める。出所を探って辺りを見渡していると、突然、植物の蔦が室内に縦横無尽に伸び始め、壁を覆いつくすように這っていった。
「ご心配は要りません。当ホテル、『エデン』が変化しているだけにございます」
壁を貫いた枝葉には、いつの間にか色とりどりの鳥たちも留まっている。揺れが完全に収まったとき、室内の光景は人工物と自然とが見事に融合した、まったく新しいものとなっていた。
「ねぇ、なにこれ⁉ やっぱり変よ。だってこんなことありえないじゃない!」
「いいえ、まったく変ではございません。なにせ此処はホテルエデンなのですから」
「すごいね! きれいだね! っね! ね!」
目を輝かせたアケルが、興奮して駆け寄ってくる。天井を眺めながら、私の服の端をつかんで両足で何度もジャンプしながら、「きれいだね!」と繰り返した。
アケルにつられて上を見上げると、生い茂る葉の間からは、青空が覗き、陽の光が差し込んでいる。廊下だった場所には木の根が這っていたが、木の板が獣道のように並んでおり、歩くスペースは保たれていた。足元には、ところどころのぞき窓のような隙間があり、複雑に絡まりあった木の根の間から下の階が見えた。
壁も天井もひと続きとなって、樹々の枝葉が左右からぐるりと手を取り合い、トンネルのようになっている。
鳥の囀りが、零れるように射す日の光をちらちらとビブラートさせている。いまは辺り一面に蔦が張り巡らされ、花が咲き乱れていた。まるで樹木や花でできあがったお城にでも迷い込んだよう。アケルは壁によじ登り、鳥を捕まえようとしていた。
「ねぇ、ここはいったいなんなの? 外国? それとも遊園地かなにかのアトラクション?」
仮面の男は、廊下をスタスタと歩いていたが、私が訊ねるのを聞くと立ち止まり、振り返った。
「その、どれとも違いますよ。どんな地図にも載っていませんし、来ようと思っても簡単には来られない特別な場所でございます」
「それじゃわからないわ……もう少しわかるように説明してくれない?」
「そうでございますね……」
仮面の男は腕を組み首を傾げて考える仕草をした。それを見たアケルも並んで同じ仕草をする。
「まぁ、わかりやすく説明するならば……おとぎの国といったところでしょうか?」
アケルが、最後の「でしょうか!」だけを真似している。
「そう、それが聞きたかったのよ……。でもやっぱり理解できないけどね……」
なんだか、煙に巻かれているような気がするけれど、とりあえず悪意も危険も感じない。アケルが楽しそうにしているのを見て、私もふうと息をつく。一切説明がつかない状況だけれど、唯一理解できる「おとぎの国」というワードで今は妥協するしかなさそうだ。
廊下を進んでいく支配人の後ろを歩いていくと、ふいにアケルが私の手を握り一緒に歩き始めた。私を見上げニコニコ笑っている。
こんな穏やかな時間を過ごすのは本当に久しぶりだ。私もアケルの手を握り微笑み返した。