コンコン。
部屋をノックする音とともにケルビムが入ってくる。
「おはようございます! 北館からは外の景色や様子はわかりませんが、本日も快晴でしょう」
第一声、やはりどことなくおかしな台詞だが、こんなやりとりにもすっかり慣れてしまった。
「……おはよう、ケルビム。あなたっていつでも元気なのね」
隣では、アケルが口を開けたまま、まだ寝息を立てていた。
「さぁさ! 食堂へおいでください。わたくし、腕によりをかけまして、おふたりのためにサンドイッチとスープを作りましたので」
わかったわ、と応えながらも、私はまだ惰眠をむさぼり、温かいベッドの中でモゾモゾとしていた。
ケルビムが、部屋を出るときに、ボソッとつぶやいた。
「おふたりのお口に合えばよろしいのですが……」
そう言って、なにやら丁寧にドアを閉めて出ていった。
――お口に合えばよろしい……? その台詞、どこかで聞いたなぁと微睡みながら、私は東館、食堂でのごちそうの顛末を思い出した。
「アケル! 大変!」
ベッドからがばりと身体を起こす。
隣で寝ていたアケルもびっくりして飛び起きた。
「……たっ、たいへんっ⁉」
「起こしちゃってごめん、アケル、またケルビムに朝ごはんを食べられちゃうよ! 行こうっ」
急いで服を整えて部屋を飛び出す。
「ほらアケル、急いで~!」
「おねえちゃん、待って~!」
かわいらしく走ってくるアケルの手を握り、階段へと急ぐ。二階の踊り場でケルビムに追いついた。
「おや? 残念。目が覚めてしまったのですか?」
「残念でした!」
「ざんねんでしたっ!」
笑いあいながら、アケルと一緒に一階まで駆け降りた。
食堂につくとテーブル中央にサンドイッチが大皿に盛られていた。一口大に丁寧に切られた小ぶりのサンドイッチだ。
具材の彩りも美しく積み上げられている。
「うわあー、おいしそう!」
大皿の隣には、ガラス製の大きなボウルに飾られたカットフルーツもある。アケルも目を輝かせ、今日はちくわのがいいと駄々をこねることはなさそうだ。
席に着いてふたりでサンドイッチを頬張る。
ケルビムがカップにお茶を注いでくれ、ハーブのよい香りが漂っていた。三人分のお茶を用意すると、ケルビムも座ってまた仮面の下で食事を取った。
サンドイッチをたんまり食べ、食後のフルーツをつまみながら思わずつぶやく。
「あぁ、ずっとここで暮らせたらなぁ……」
「わたしも! おねえちゃんとずっと一緒にいたい!」
これを聞いてケルビムが笑いながら言った。
「ホッホッ……。ずっとここで、ですか? でも人は前に進んでいかなくてはなりませんしねぇ」
意味深な言い方だ。
「でもなぁ……。私、だんだんここが好きになってるんだよね」
アケルは夢中でフルーツにかぶりついている。
「ところで次の西館に行くためのキーワードってなにかしらね?」
「実はわたくしも昨日から考えているのですが、この北館は記憶の図書館……。だとするとやはり記憶に関係するなにかではないでしょうか?」
「記憶に関するなにか……」
私とケルビムが話し合っている隣では、フルーツをすべて食べつくしたアケルがボウルに顔を突っ込み、残った汁を舐めていた。
「ほらほらアケル! そんな猫みたいなことしないの――」
――〝猫〟と口にしてしまった瞬間、私は〝楓〟のことを思い出して急に寂しい気持ちに襲われた。ケルビムが、ベトベトになっているアケルの口もとをナプキンで拭いている。
私は立ち上がり、階段に向かって歩き出した。
「おや? どちらへ?」
「少しひとりで横になりたいわ」口元だけ微笑んだ私に、アケルは「わたしも行く!」と立ち上がった。
「アケル様! おまちくださいませ。わたくしとかくれんぼを致しませんか? もしわたくしを見つけることができましたら、ご褒美に竹輪を進呈します」
一人になりたいという気持ちを察してくれたのだろう。
「やる! 十数えるからケルビム隠れて!」
アケルは嬉しそうに両手をあげた。
ありがとう、ケルビム。
部屋をノックする音とともにケルビムが入ってくる。
「おはようございます! 北館からは外の景色や様子はわかりませんが、本日も快晴でしょう」
第一声、やはりどことなくおかしな台詞だが、こんなやりとりにもすっかり慣れてしまった。
「……おはよう、ケルビム。あなたっていつでも元気なのね」
隣では、アケルが口を開けたまま、まだ寝息を立てていた。
「さぁさ! 食堂へおいでください。わたくし、腕によりをかけまして、おふたりのためにサンドイッチとスープを作りましたので」
わかったわ、と応えながらも、私はまだ惰眠をむさぼり、温かいベッドの中でモゾモゾとしていた。
ケルビムが、部屋を出るときに、ボソッとつぶやいた。
「おふたりのお口に合えばよろしいのですが……」
そう言って、なにやら丁寧にドアを閉めて出ていった。
――お口に合えばよろしい……? その台詞、どこかで聞いたなぁと微睡みながら、私は東館、食堂でのごちそうの顛末を思い出した。
「アケル! 大変!」
ベッドからがばりと身体を起こす。
隣で寝ていたアケルもびっくりして飛び起きた。
「……たっ、たいへんっ⁉」
「起こしちゃってごめん、アケル、またケルビムに朝ごはんを食べられちゃうよ! 行こうっ」
急いで服を整えて部屋を飛び出す。
「ほらアケル、急いで~!」
「おねえちゃん、待って~!」
かわいらしく走ってくるアケルの手を握り、階段へと急ぐ。二階の踊り場でケルビムに追いついた。
「おや? 残念。目が覚めてしまったのですか?」
「残念でした!」
「ざんねんでしたっ!」
笑いあいながら、アケルと一緒に一階まで駆け降りた。
食堂につくとテーブル中央にサンドイッチが大皿に盛られていた。一口大に丁寧に切られた小ぶりのサンドイッチだ。
具材の彩りも美しく積み上げられている。
「うわあー、おいしそう!」
大皿の隣には、ガラス製の大きなボウルに飾られたカットフルーツもある。アケルも目を輝かせ、今日はちくわのがいいと駄々をこねることはなさそうだ。
席に着いてふたりでサンドイッチを頬張る。
ケルビムがカップにお茶を注いでくれ、ハーブのよい香りが漂っていた。三人分のお茶を用意すると、ケルビムも座ってまた仮面の下で食事を取った。
サンドイッチをたんまり食べ、食後のフルーツをつまみながら思わずつぶやく。
「あぁ、ずっとここで暮らせたらなぁ……」
「わたしも! おねえちゃんとずっと一緒にいたい!」
これを聞いてケルビムが笑いながら言った。
「ホッホッ……。ずっとここで、ですか? でも人は前に進んでいかなくてはなりませんしねぇ」
意味深な言い方だ。
「でもなぁ……。私、だんだんここが好きになってるんだよね」
アケルは夢中でフルーツにかぶりついている。
「ところで次の西館に行くためのキーワードってなにかしらね?」
「実はわたくしも昨日から考えているのですが、この北館は記憶の図書館……。だとするとやはり記憶に関係するなにかではないでしょうか?」
「記憶に関するなにか……」
私とケルビムが話し合っている隣では、フルーツをすべて食べつくしたアケルがボウルに顔を突っ込み、残った汁を舐めていた。
「ほらほらアケル! そんな猫みたいなことしないの――」
――〝猫〟と口にしてしまった瞬間、私は〝楓〟のことを思い出して急に寂しい気持ちに襲われた。ケルビムが、ベトベトになっているアケルの口もとをナプキンで拭いている。
私は立ち上がり、階段に向かって歩き出した。
「おや? どちらへ?」
「少しひとりで横になりたいわ」口元だけ微笑んだ私に、アケルは「わたしも行く!」と立ち上がった。
「アケル様! おまちくださいませ。わたくしとかくれんぼを致しませんか? もしわたくしを見つけることができましたら、ご褒美に竹輪を進呈します」
一人になりたいという気持ちを察してくれたのだろう。
「やる! 十数えるからケルビム隠れて!」
アケルは嬉しそうに両手をあげた。
ありがとう、ケルビム。