パソコンとふたりきりで頭を悩ませる。いろいろ気になることが多すぎる。

『はじめまして、あたしの名前は朱里です。
 あなたとお友だちになりたくて、思い切ってメールを出しました。
 もしよければ、あたしのお友だちになってください』

 何度見ても、メールにはそれしか書いてない。

 ――お友だち……。

 パソコンに突然入り込んできたこの「朱里」っていう人物がいったい誰なのかわからないけど、あたしがこの人を知らないってことは、相手もこちらを知らないはずだ。
 ……そうだよね? だって「はじめまして」ってちゃんと書いてあるし、メールにもあたしの名前は書かれていない。
 ということは、これは本当の本当に『はじめまして』なんだ。
 あたしはそんな算段をし始める。だって学校では何度クラス替えをしたって、吃音のことを知らない人なんていない。もしそんな稀な人がいたところで、一日もたてばクラス中に知れ渡ってしまう。
 これはチャンスなのかも。

 ――なんて書こうか。

 「朱里」に、ちょっとでもいい印象を与えたいって気持ちになる。だって当たり前だ。この人は、あたしの左のほっぺたに水疱瘡でできたひどい傷跡があるってことも知らなければ、あたしが平泳ぎができないということも、理科の成績があんまりよくないことだって知らない。
 そしてなにより〝吃音〟のことを知らない、新しい〝お友だち候補〟だ……。

 ――たしか、リビングに『手紙の書き方』って本があったはず……。

 時計を見ると八時半だった。そっと部屋を出て階段をおりる。お父さんの部屋からラジオの音が流れていた。たぶんこの時間は、映画を観てるかお酒を飲んでるかだから気づかれないはずだ。まあ気づかれてもいいんだけど……。
 音をできるだけ立てないようにして階段をおりる。
 ――どこだったっけ……。
 手紙の書き方を探す。わざわざそんな本を読んでも、大して書くことなんて変わらないかもしれないけど、なにかあるかな? って思ったんだ。めちゃめちゃ優等生! みたいには思われたくないけど、バカなやつにも思われたくない。
 テレビ下のキャビネットにその本を見つけた。新聞社が出しているやつで、白地に青のキチンとした表紙をしている。
 目次を見ると、こんな項目が並んでいた。

 ・相手方の安否を尋ねる挨拶
 ・親しい人への手紙
 ・改まった手紙
 ・お祝い事に関する手紙
 ・訃報への手紙
 ・時候の挨拶

 難しいなあと思いつつ、「時候」――って季節のことだよね? と考えながらページをめくる。すると、そこに七月の挨拶について書かれていた。
 ちょっとくらいは、なにか使えるのあるかな?

「土用の入りとなり」
「三伏大暑の候」
「涼風肌に心地よく」

 ――あ、ダメだ。

 あたしは笑った。全然ダメだった。でも一番最後にこう書いてあるのを見て、ちょっと使えるかも? って思う。

「蝉の声に暑さを覚える今日此頃」

『此頃』は、このごろ、って読むんだろう。うーん、毎日暑いですねっていうよりは、ちょっと賢そうかな? 最初の返事は「いいですよ、お友だちになりましょう」しかきっと書けないけどそのうち使えるかも。