お母さんとの思い出がぐるぐると廻る。にぎやかなデパートの人混みに、夏に向けて心おどるような店内の音楽が戻ってくる。
 どうしてひとりで天国へ行ってしまったんだろう? あたしはこんなにもお母さんのことを必要としてるのに、どうしてそばにいてくれないの?
 お母さんを思い出すときは、いつだって思い出の中でだけ。いつだって思い返すことができる気がするのに、お母さんの指でつねられたほっぺたの感覚は、思い出せない。お母さんの笑顔をよく覚えている気がするのに、なぜかその顔は写真立ての中で笑っているその顔の角度だってことをあたしは気づいている。
 お母さんはどんな色の服を着てたんだろう……。お母さんはどんなふうにしゃべっていた? 覚えてる? 覚えてない? ――思い出なんて儚くて、あたしの記憶は毎日見ている写真で上書きされていっているんだ……。
 一緒によく出かけたはずの観覧車から見た景色。お母さんの目には、いったいどんな風に見えていただろう。あのとき、あたしはいったいどんな気持ちで観覧車から外を眺めていたんだろう?
 お母さん……お母さん……。またあたしに笑ってほしい。ぐるぐると思い出すお母さんの思い出が、くっきりはっきりこの目に焼き付くくらいに。そしてあったかい指で、もう一度やさしくあたしのほっぺたをつねって、へそを曲げてるあたしにいってよ。

『茜! 観覧車に行こう』って……。

 …………。

 そうだね、お母さん、観覧車に行こう。
 あたしはベンチから立ちあがり、建物の外へと出た。いつしか空はオレンジ色を超えて薄紫になっている。
 たどって来た国道沿いの道を戻る。生温い風と、車の排気ガスの臭い、建物の室外機の音と暑い風が、いっそう心をくたびれさせる。
 家の付近を避けるように遠回りして観覧車を目指した。きっと家に帰ったお父さんが、あたしを探し回ってるに違いないから。
 人通りの少なそうなさびしげな道を選んで歩いた。それでもときおり犬の散歩をしている人や、遊んでいる小さな子たちを見つけると、あたしは建物の裏や茂みに身を潜めて、相手がこちらに気づかず通り過ぎるまでそこで隠れてやり過ごした。
 観覧車へと続く商店街にたどり着くころ、お店のシャッターはすべて閉じられていて、まるでゴーストタウンにでも迷いこんだ気分だ。朱里が教えてくれた薬局のおばさんは親切にしてくれたけど、あの笑顔さえ今のあたしには信じられない。
 商店街を一気に抜けると、イルミネーションに彩られたカラフルで大きな輪っかが姿を現した。

 ――観覧車……。

 お母さんがいなくなってから、ここへ来るのははじめてだ。速度をゆるめる。ざわつく気持ちを必死でおさえないと足が前に出ていかない。
 あのころときっと景色は違うのに、この目に映るすべてが、あのころのお母さんの声や笑顔を強烈に呼びおこす。あたりの人影はまばら。もともと水族館のおまけみたいな遊園地だ。水族館の閉館時間もとっくに過ぎて、園内にはスタッフぐらいしかいない。
 あたしは目立たない場所から敷地内に潜りこんだ。