校舎を出て校門をくぐり、真っ青な空の下を歩く。アスファルトは午後の熱気にゆらめいているようで、とても暑かった。近所に住む人が打ち水をしているけど、どれくらい効果があるのか全然わからない。
「じゃあ、あたしたちこっちだから、また明日学校でね」
「おう! ありがとな!」
 本屋さんの角で、かなえと竹下さんと別れ、残ったあたしたちは帰り道をたどった。
「だけど、驚きだよな? あの根本が椎名をねぇ……」
 大和がにたにたとあたしを見てくる。いやらしさだけなら、根本に負けず劣らず意地の悪い笑顔だ。
「もう! ややっ…やめやめて、よ、そのはなっ話、し……は!」
「それにしたって、茜ちゃんが根本くんをひっぱたいたとき、ものすごくいい音が教室に響いたよね!」
 友子が話題をそらした。助けてくれたんだろう。
「そう、そう! おれなんて、自分が叩かれたわけじゃないのに思わず頬を押さえたよ! だけど椎名もやるよな! 古賀には暴力はよくないとかいっといてさぁ」
「うんうん!」
 友子が相づちを打って和やかな空気が流れる。だけどあたしは、そこで足をとめた。
 ……ピシャンと根本を叩いた音が、びっくりするくらいに透きとおって聞こえたあの瞬間がよみがえる……。
 ――笑えない……。
 あたしは……、だって……あたしは、あたしが……。
「どうしたの? 茜ちゃん?」
 足をとめたあたしに心配そうに友子が振り返った。
「みんな! ほほ、本当、本当にごめん!」
 みんながキョトンとして見つめる。
「ぼっ…暴力はいけない…ない、ことだよ。ででも、えーと、みんながぁ、かかっ…かばってくく、くれてっ、しょー正直、あ…あたしは悪いことを、えーと、ししたって気持ちより、も、ぅううれしいって気持ちのほほうがぁ、大きかった。こっ…古賀くん、ごめん、ぁあっ…あたし、はー、暴力にま、負けた、よ…弱い、弱い人間だ」
 古賀くんはあたしを見ると、ゆっくり近づいてきていった。
「椎ぃ名さんが弱かと? いんや、椎ぃ名さんは、博多におるぼくん親友が次に強か人ったい」
 不思議そうに見上げるあたしに、親友の話を続ける。
「そいつは、けんかば弱かばってん、けんかっぱやくて、口ばっかえらそうで、そいつとは数えきらんとくらい、けんかしてきたと。ぼくは一度も負けたことなんかなかったとばい……」
 古賀君が懐かしそうにする。表情がやさしい。
「サッカーば、ばり好きっちゃん。そやけど下手くそやったけん……。いっつも自主練ちかっぱがんばっちょったよ。六年上がらんが前に、絶対レギュラーなるって……」
 大和や友子も真剣に聞いていた。
「そいつ、部活後ひとり残って練習ばしよった帰り道、車からはねられてしもうて、右の腕ば切断する大怪我したばい……」
 友子が痛そうに顔をゆがめ、大和も口をパクパクさせた。あたしも自分の腕がひきちぎられるように胸が痛い。想像しただけでもこんなにつらいんだから、本人の痛みは想像を絶するだろう。
「そげんしてそいつの落ちこんどる顔ば見てやろうとお見舞いば行きよったら、そいつ笑いながらぼくにいうたとよ。『足じゃなくてよかったと!』って……。ぼくはこんとき、あぁ……やっぱこいつんば強か、けんか以外のことはなんも勝てん思ぅたけん」
 みんな、黙って聞いていた。

 ふくれあがる入道雲とセミの大合唱。ゆらゆら揺れる蜃気楼のアスファルトがどこまでも続く。別れ際、古賀くんは白い雲に負けないほどに歯を見せて笑ってくれた。
「ぼくも、そいつや、椎ぃ名さんみたいに強か人だって思われるように頑張るったい!」
 この言葉が、暑い空気をさらに熱してあたしの心をあぶる。
 みんなと別れてひとりになると、あたしはアスファルトを見つめながら必死で歩いた。足の裏から焼かれる気がする。転んだら溶ける、よくわからないけどそう思った。
 ただ胸の奥が熱くて、心が熱射病でくたくたになってしまうんじゃないかってほどに、あたしはくらくらしていた……。