四限目が終わり、当番が給食を取りに配膳室へ行っているときのことだった。朝の騒ぎを誰かから聞きつけたのか、根倉ペアがにやにやしながら近づいてくる。
「よお? 椎名、おまえ、朝下駄箱で号泣してたんだって? なにそんなに泣いてたんだ?」
「里内と水嶋、それに竹下も一緒だったらしいよ」
なにかをしゃべらせようと、根本がじろじろ見ながら突ついてくる。金魚のフンもわざとらしく相づちを打った。
どうせもう全部知ってるんでしょ? 倉畑はともかく、根本はあたしのあげ足を取ってからかいたいだけなんだ。あぁ! もう! 本当に意地が悪い。いいわよ! そんなにからかいたいのなら、からかってみなさいよ!
「かか…かっ…関係なないでしょ⁉」
今までなら、こいつらになにをいわれても断固無視を決めこんでいた。めずらしく抵抗するあたしに、ふたりはまたうすら笑い、吃り声をマネる。
「かかか関係、なななないでしょ?」
「ちょっと! あんたたち、また茜になにちょっかい出してんのよ!」
騒いでるのに気づいたかなえが、教室の隅からこちらに向かってくる。友子もいた。
「うはっ! ピンク親方と男女の水嶋に、ダンディボイスの竹下が来るよ!」
倉畑がおかしそうにあおる。
「やだねぇ、ヒステリーばばあは。おまえら生理だからそんなにカリカリしてんだろ? ひょっとしておまえの吃音も生理が原因なんじゃねーの?」
根本たちは大爆笑しながらも、さっさと退散しようとした。
「……ま、まま待ってよ!」
あたしは思わず追いかける。気づくとあたしの右手が、背中を向けて離れようとしていた根本のシャツの裾をつかんでいた。
「はぁ? なんだよ、おまえ、離せよ」
「あ、あ、あやま、あやままままっ……」
「あたしー、せせせせせえーりーぃでぇ声がでででませーーーーん」
かあっ! っと血がのぼった。根本が最後までいい終わらないうちに、あたしのビンタが根本の左頬を打ち抜いていた。
――ピシャン‼
びっくりするくらい透き通った音が、教室の中を駆け抜けた。
「な、な、なな……?」
根本は頬に手を当て目を見開く。
「うう打ったの…のは、あ、あ、あやま…あやまる! そそ、そ…れに、大和のかか、傘を壊し…たたた、はん…人扱いしたしたのも、ししょ証拠も証拠もないのっ…にうぅ疑ってごめん! でもっでも! 今のは、ゆっ…許せなない!」
「な、なんだよ! だからっ暴力振るっていいってんのかよ!」
根本の声が震えている。その目があたしを化け物みたいに見てる気がした。
「ちょっと待ちなよ、根本、今のは許せないって、茜、ちゃんといってんじゃん。あんたたちだって、さんざん言葉の暴力振るってんじゃない? それで、ちょっと茜に叩かれたからって、ピーピーいうのは虫がよすぎるでしょ!」
かなえだった。
廊下から、キャスターの音と給食の匂いがただよってきている。給食当番が戻ってくると、その後ろから安西先生が何事かと割り込んだ。
「またおまえたちか⁉ 今度はいったいなにをしたんだ!」
「なにもしてないのに、いきなり椎名が根本をなぐったんだよ!」倉畑が告げる。
「椎名が?」先生が信じられないという表情であたしを見た。
「本当か? 椎名?」
「あ、あた……」
あたしがやりました、あたしはそう正直に話そうとした。
「あたしがやりました」
突然、かなえがずいっと前へ出ると、白々しい顔でそういった。
「は? いや、だって今、倉畑が、椎名が根本をなぐったって……」
混乱した安西先生は、かなえに振り返る。
「ちっ、違います。本当はあたしがやりました」小さな声で友子がいった。
「はぁ? おまえたち、いい加減にしなさい!」
「先生、ごめんなさい、じつは根本くんを叩いたのはわたしです」今度は竹下さんだ。
「おまえたち! ふざけるんじゃない! いったい誰が根本に手を出したんだ⁉」
安西先生の顔が怒りに震えている。
「さぁ! 正直にいいなさい! いったい誰が根本に手を出したんだ!」
すると、教室の一番奥で古賀くんが「はーい」と手をあげた。
「せんせー、ごめんなさい、忘れてました。根本なぐったんはぼくでした」
安西先生の顔がみるみる真っ赤になった。
「違う! おれだ! おれが根本をなぐった!」
古賀くんの隣で大和がいい出したが、誰かが「大和ー、おまえじゃ無理だ」とちゃちゃを入れるとあちこちで笑いが起こった。それで、今にもあたしたちをひっ捕まえて喰い殺しそうな勢いだった安西先生は、急に空気が抜けて萎んだ風船のようになって「まったく、どうなってる」ってあきれ顔をした。
「とにかく、今いったおまえたち全員、放課後職員室に来るように」
おかげで、かなえに友子、竹下さんに古賀くん、そして大和までが、あたしをかばったばかりに放課後たっぷり説教された。
「よお? 椎名、おまえ、朝下駄箱で号泣してたんだって? なにそんなに泣いてたんだ?」
「里内と水嶋、それに竹下も一緒だったらしいよ」
なにかをしゃべらせようと、根本がじろじろ見ながら突ついてくる。金魚のフンもわざとらしく相づちを打った。
どうせもう全部知ってるんでしょ? 倉畑はともかく、根本はあたしのあげ足を取ってからかいたいだけなんだ。あぁ! もう! 本当に意地が悪い。いいわよ! そんなにからかいたいのなら、からかってみなさいよ!
「かか…かっ…関係なないでしょ⁉」
今までなら、こいつらになにをいわれても断固無視を決めこんでいた。めずらしく抵抗するあたしに、ふたりはまたうすら笑い、吃り声をマネる。
「かかか関係、なななないでしょ?」
「ちょっと! あんたたち、また茜になにちょっかい出してんのよ!」
騒いでるのに気づいたかなえが、教室の隅からこちらに向かってくる。友子もいた。
「うはっ! ピンク親方と男女の水嶋に、ダンディボイスの竹下が来るよ!」
倉畑がおかしそうにあおる。
「やだねぇ、ヒステリーばばあは。おまえら生理だからそんなにカリカリしてんだろ? ひょっとしておまえの吃音も生理が原因なんじゃねーの?」
根本たちは大爆笑しながらも、さっさと退散しようとした。
「……ま、まま待ってよ!」
あたしは思わず追いかける。気づくとあたしの右手が、背中を向けて離れようとしていた根本のシャツの裾をつかんでいた。
「はぁ? なんだよ、おまえ、離せよ」
「あ、あ、あやま、あやままままっ……」
「あたしー、せせせせせえーりーぃでぇ声がでででませーーーーん」
かあっ! っと血がのぼった。根本が最後までいい終わらないうちに、あたしのビンタが根本の左頬を打ち抜いていた。
――ピシャン‼
びっくりするくらい透き通った音が、教室の中を駆け抜けた。
「な、な、なな……?」
根本は頬に手を当て目を見開く。
「うう打ったの…のは、あ、あ、あやま…あやまる! そそ、そ…れに、大和のかか、傘を壊し…たたた、はん…人扱いしたしたのも、ししょ証拠も証拠もないのっ…にうぅ疑ってごめん! でもっでも! 今のは、ゆっ…許せなない!」
「な、なんだよ! だからっ暴力振るっていいってんのかよ!」
根本の声が震えている。その目があたしを化け物みたいに見てる気がした。
「ちょっと待ちなよ、根本、今のは許せないって、茜、ちゃんといってんじゃん。あんたたちだって、さんざん言葉の暴力振るってんじゃない? それで、ちょっと茜に叩かれたからって、ピーピーいうのは虫がよすぎるでしょ!」
かなえだった。
廊下から、キャスターの音と給食の匂いがただよってきている。給食当番が戻ってくると、その後ろから安西先生が何事かと割り込んだ。
「またおまえたちか⁉ 今度はいったいなにをしたんだ!」
「なにもしてないのに、いきなり椎名が根本をなぐったんだよ!」倉畑が告げる。
「椎名が?」先生が信じられないという表情であたしを見た。
「本当か? 椎名?」
「あ、あた……」
あたしがやりました、あたしはそう正直に話そうとした。
「あたしがやりました」
突然、かなえがずいっと前へ出ると、白々しい顔でそういった。
「は? いや、だって今、倉畑が、椎名が根本をなぐったって……」
混乱した安西先生は、かなえに振り返る。
「ちっ、違います。本当はあたしがやりました」小さな声で友子がいった。
「はぁ? おまえたち、いい加減にしなさい!」
「先生、ごめんなさい、じつは根本くんを叩いたのはわたしです」今度は竹下さんだ。
「おまえたち! ふざけるんじゃない! いったい誰が根本に手を出したんだ⁉」
安西先生の顔が怒りに震えている。
「さぁ! 正直にいいなさい! いったい誰が根本に手を出したんだ!」
すると、教室の一番奥で古賀くんが「はーい」と手をあげた。
「せんせー、ごめんなさい、忘れてました。根本なぐったんはぼくでした」
安西先生の顔がみるみる真っ赤になった。
「違う! おれだ! おれが根本をなぐった!」
古賀くんの隣で大和がいい出したが、誰かが「大和ー、おまえじゃ無理だ」とちゃちゃを入れるとあちこちで笑いが起こった。それで、今にもあたしたちをひっ捕まえて喰い殺しそうな勢いだった安西先生は、急に空気が抜けて萎んだ風船のようになって「まったく、どうなってる」ってあきれ顔をした。
「とにかく、今いったおまえたち全員、放課後職員室に来るように」
おかげで、かなえに友子、竹下さんに古賀くん、そして大和までが、あたしをかばったばかりに放課後たっぷり説教された。