「困ったなあ、茜、どうしようか、ハムが売り切れだ。スクランブルエッグにする? でもちょっと卵食べすぎだよね。もっと栄養を考えないと」
 お客さんのピークがすこし過ぎたヤマタケにくる。陳列棚から気持ちいい冷気が伝わってきて、あたしは銀色のステンレス台に触れながら歩いていく。
「レタスはあったけど、うーん……具はどうしよう、ツナかチキン? コロッケとかでもいいか、でもお父さん揚げ物苦手だしなあ……ねえ、茜なにがいい? エビフライサンドは切るときこないだ失敗しちゃったしなあ、リベンジしてみてもいいけど……」
 お父さんはひとりでぶつぶついいながら、ケータイでレシピを調べ始めた。
「クックパッドクックパッド……、ローストビーフ、コールスロー? ハムエッグ、だからハムはない……、ハムと胡瓜、ごぼうとツナ、これは新しいけどお父さんおなか弱いし……、ハムチーズ……だからハムはない……うーん」
 こんなときのお父さんはすごくかわいい。
「だめだ、茜! ハムと卵だらけ! お父さんギブアップだよ、パス!」
「あ、あのさ、チ…チッチクワッチクワでもいいよ。あたっあたしカルボナーラ好きだし」
「竹輪? サンドイッチに竹輪か! そうか、どうして今まで思いつかなかったんだろう。茜、それイタダキだ。チクワチクワ、チクチクチクワー。あっちか!」
 お父さんがあたしの冗談を本気にしたことが、なんだかうれしくなる。まあ、半分は本気だったんだけどね。
 総菜売り場の半額になったお寿司の前で、ネクタイをしたサラリーマンがずっとあれこれ悩んでいる。もしあたしがいなければ、きっとお父さんもああやって、お寿司でも選んでいたのかな? って思うと、毎日ちゃんとがんばって台所に立っているお父さんのことがとても愛しくなった。
 これまできいてこなかったことを、あたしは口にする。
「ねっ、ねえ…お、お父さん! …どお、ど…どおしてチクワっ、チクワなの? カルボナーラ」
 お父さんはそれを聞くと、通路の真ん中で立ち止まり、「なんだって⁉」というような大袈裟な顔で振り返った。
「茜、まさか覚えてないのかい? これはまた、お父さんショックだぞ、竹輪の衝撃だ。一本取られたよ、撃ち抜かれたね」

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「小さい頃お父さんと竹輪でよく遊んだんだよ。未来をのぞこうゲーム! 茜、竹輪が大好きでね。お母さんには食べもので遊んではいけませんってよく叱られてたけどね」
 お父さんは人差し指を立てて、ぷらぷらとチクワを揺らすジェスチャーをする。
 どうやら小さなあたしは、昔お母さんが作る料理を結構泣いて食べなかったことがあるらしい。チクワをカルボナーラに入れるようになった理由を説明してくれる。
「なんでかなあ、カルボナーラのソースがおいしいっていって、茜は小さいときからあれが大好きだったんだけど、一度思いっきりテーブルから落としてしまったことがあるんだよ。もうそのときはベーコンがなくってね、お母さんはなにか違うものを作ってあげようとしたんだけど、茜はどうしてもカルボナーラがいいって」とても懐かしそうな顔をする。
「冷蔵庫に竹輪しかなかった。だから竹輪。そしたら茜は、カルボナーラは世界一おいしくて、未来の食べ物だから、穴が開いていて、未来がのぞける竹輪はカルボナーラのために生まれてきたって、だからベーコンは今後却下で、『ぜったいちくわ‼』って、いつも冷蔵庫の前で仁王立ちしてたんだよ……」
 お父さんはそんなことをいって、ずっと笑いながら説明してくれたけど、自分がすごく悪い子だったような気がしてはずかしくなる。
「それから我が家のカルボナーラは、未来永劫チクワって決まったんだ。ハハッ! 茜、どうしてそんな顔してるんだい。それより今日は、吉田くんのお母さんがいないね。あとで聞いてみようか。茜、他になにかほしいものあるかい?」
 あたしはヨーグルトにミントを載せてほしいってことを、ずっといおういおうと思って温めていたことを思い出したけど、今日はなんだかこれ以上わがままをいっちゃいけない気がして我慢することにした。
「ま、またっ、いう。きょおはない、ないよ」
「そっかじゃあ行こうか。サンドイッチ張り切って作らないとね」