傾く日差しの中、ジワジワとセミが鳴いている。日中照り付けられたアスファルトには熱がこもり、なにもしていなくてもじんわりと汗が滲んだ。
 商店街のアーケードに入るとそこは日陰、いくらか暑さはしのげるけど、湿度のせいかまとわりつく風すら暑苦しく感じる。
 今ではほとんど利用されなくなったこの商店街は、いつ来ても閑古鳥が鳴いている。お店のいくつかはすでに閉店していて、おろされたシャッターにはいつ貼られたのかわからないやぶれたチラシがこびりついている。
 小さな広場のある十字路の角に、その薬局はひっそりと営業していた。
《レインボー薬局》
 朱里が話しておくといっていたから、そんなに心配はしてなかったけど、CMでも見かけるような健康ドリンクの広告がまだちゃんと貼られているのを見て少しだけほっとする。
 ――よかった、まだ営業してる……。
 緑の人工芝を踏んで中へ入ると、チャイムが鳴った。通路の陳列棚には、ぎっしりと薬や衛生用品が並んでいるけど、少し埃をかぶっている。
「いらっしゃい」店の奥から声がして、女の人が顔をのぞかせる。すると、おや? というような顔をして、「こんにちは、ひとりかい?」と口にした。
 やっぱり、ひとりで来たのは間違いだったかな……。
「あ…あああ、あ、えーと、あの…あ、あか……」
 来た理由を説明しようとして、うまくいえずに吃っていると、おばさんが聞きづらそうに顔をしかめた。それを見てすごくイヤな気分になる。
「あ、あああか朱里…ちゃんにこ、ここ…ここに来るように、あーと、い…い…われました」
 勇気を出して一気にそういうと、迷惑そうに見えたおばさんの表情が、一瞬で笑顔に変わった。
「あっ! ああ! あなたが茜ちゃんね? 朱里ちゃんのお友だちの!」そういって、慌てて席を立つとあたしの名前を口にする。「ごめんね! おばさん耳が遠くてね……朱里ちゃんから話は聞いてるよ。ちょっと待っておいで。ほら、そっちに椅子があるから座って。あっ! こっちじゃなかった!」
 一度カウンターから出てこようとしてから、あわただしく振り返ると店の奥へ戻り、大きめのトートバッグを抱えて出てきた。
 朱里のことがすんなり伝わって胸をなでおろす。
「もうね、この辺りもあんまりお客さんもいないもんだから、ごちゃごちゃしていてごめんね! ほら、ぼーっと突っ立ってないでここへ座って。なんか飲むかい?」
 おばさんはバッグを丸テーブルに載せると、椅子を差し出し自分も座った。テーブルの上に置かれたチラシを片付けながら、
「まあまあまあまあ……」とうれしそうにしている。
「あ、あ、あの……」
 飲み物は要りません、と答えようとしたけど、おばさんはすっかり忘れてしまったようで、バッグを大きく広げ始めた。
「さてさて、いったいどれから説明しようかね」
 なぜだか懐かしそうに繁々と見つめる。
 朱里とどういう関係なんだろう。それが知りたかったけれど、なんとなく気圧されて話しかけるタイミングも勇気も見つからない。生理用品がずらりと取り出される。昼用、夜用、多い日の昼間用、長時間用、少ない日用、終わりかけ用――。
 ――こんなにあるんだ……。
 おばさんはひとつ取り出すと、包装を開いた。あたしが薬局のガラス窓から見える外の様子を気にしていると「大丈夫だよ、誰もやって来やしないから」と笑った。
「まずあれだね、ナプキンには羽根付きのやつと、付いてないやつがあるんだけど、学校に行くときは羽根が付いてるほうがおばさんはいいと思うわ。でも専用のショーツが必要だからね。洗濯しづらかったら羽根なしでもいいのかしらねえ……」
「……は、は……は、はね?」
「そう、ほら。えっと、羽根付きのやつは……あ、これだよ、これこれ。これをね、こうやって外側に折り返してショーツのマチの部分を挟み込むんだよ。そうしたらずれたりはしないから。体育は休めるかもしれないけど、休むのもほら、あれなんだろ? 噂されるから……だからあんたの、ほら、朱里ちゃんが心配してたよ」
「あー、あ…ああ朱里が、そ…そそそんなこっ、ここと、を?」
 おばさんはうなずいた。
「あとはえっと、捨て方だね――」
 自分のことだけど見ているだけでもはずかしい。
 おばさんはショーツへの装着の仕方や捨て方、洗濯の仕方まで細かく教えてくれる。学校の授業でDVDも見たし、保険の先生も説明してくれた記憶はある。でもそのときはまだ実感なんてまるでなくて聞き流していたし、配られたナプキンをどこに隠そうか――ってことばかり考えていた。
「あ、あーああありっがとうごさ、ござーざ…、います」
「お礼なんていいんだよ! いろいろ使ってみて自分に合ったものを選ぶといいわ。今ではいろんな商品が出てるからね。昔は白一色で、つまんないもんだったけど、今では随分小さくなってるし、かわいい色合いのもそれなりにあるからね。あ、それから今度来るときは、そのバッグを持っておいで。また補充してあげるから」
「おっ、あーお金は?」
「お金は、ちゃんと貰ってるから大丈夫だよ。それより、困ったことがあったらいつでも来て。おばさんでよければ力になるわ」
 訳がわからないまま完璧な荷物を持たされて薬局を出る。振り返ると、オレンジの象のマスコットの隣でおばさんが手を振っていた。
 一足先に夏休みが来たような気分だ。帰り道、おばさんの笑顔が頭に何度も浮かぶ。そして朱里が手配してくれたこの壮大な計画にあたしは胸を熱くした。

 なんで朱里がこの町のことを知っていたのか?
 なんで朱里が薬局のおばさんを知っていたのか?

 お店に着くまではそんな疑問で頭はいっぱいだったのに、今は感謝の気持ちしか湧いてこない。ケーブル編みニットっていうのかな? 太い綿でザックリ編まれたオフホワイトのトートバッグには、不細工なクマのキャラクターが大きくプリントされている。それをしっかり胸に抱くとあたしは家路を急いだ。