ーーー 土曜日。秘密基地内。

何処かへと出かけた女性陣3人からのお達しにより、基地に集っていた、類と太陽。午後からで良いと言われていたが、「のどか」へ昼食を食べに行くついでに、早めに基地で、時間を浪費している。

「なぁ。俺達、もう18なんだよなぁ〜」

不意に窓の縁に頭を乗せて、窓の枠から木々の隙間に流れる青空を見上げていた太陽が、そんな事を口にした。

「あぁ。あっという間だったな」

それに感傷に浸りながら、小説に視線を落とす類が答える。

「うん。あっという間だ。もう……最期なんだもんな……」

「あぁ。そうだな」

類はそう、味気ない返答はするものの、小説を捲る手は止まっている。

「俺達ってさ。何を残してきたんだろうな。何をやり遂げて。何を繋いでいくんだろうな?」

そんな、いつもの太陽らしくない言葉に、いよいよ小説をパタンと閉じる類。

「そんなの分からないよ。何が残るかなんて。何を刻んだかなんて。何を繋いでいくのかなんて。分からない。その時になってみないと分からない」

「まぁ、それはそうか。わりぃ。急に変なことを言い出して」

「いや。いいんじゃないか? 俺達は唯一の男同士だろ? あっちがガールズトークで盛り上がるなら、こっちはしっぽりと、ボーイズトークに更け込むのも悪くない」

「なんかそう聞くと不思議だな。ガールズトークは、爽やかで健全に聞こえるけど、ボーイズトークは、生々しくて、不健全に聞こえる」

「まぁ、ボーイズトークの殆どは、下の方のネタだろうからな。でも、知らないだけで、意外とかもしれないだろ?」

「え? 何それ? 例えば、あの一見、清楚な3人でも、そういう話をしてるかもしれないと? 想像が捗るわ! サンキュー!」

「ああ。やっぱり、ボーイズトークは不健全だ。今、完全に理解した」

そんな軽快なボーイズトークも、時間を潰す少々の足しにしかならず、そのうちまた2人は、各々の時間へと没入していく。それは、3人の訪れを知らせる、そよ風が運んだ話し声が2人の耳に届くまで続いた。

「お待たせー!!」

真夏に車のドアを開けた時のように、むわっと熱気を運んできたその元気な双葉の声は、うとうとと微睡んでいた太陽の睡魔を、一気に振り払う。

「お疲れ。何処に行ってたの?」

類は冷静に小説をたたむと、入口付近で意味深に微笑む双葉に視線を向ける。

「そ、れ、は、ね! さぁ、ご登場頂きましょう! 上里町が産んだ、孤高のプリンセス! 三枝 穂さんだ!」

そんなキャッチコピーを高らかに謳うと、手をひらひらとさせて、穂の入室を演出させる。

「さぁ、さぁ! 穂先輩!」

「ちょっと! 春はちゃん! 押さないで!」

そんなやり取りを挟みつつ、穂がいよいよ入室する。

「おぉ〜」

そして、入室してきた穂を見た太陽は、そんな感嘆の声をあげた。

水色のボリュームスリーブシャツワンピースをスラッと着こなし、長かった前髪もばっさりと切り落とし、隠していた両目も、整った顔つきもはっきりと捉える事ができる。

それは蝶のユリシスを彷彿とさせる、可憐で美しい姿であった。

「うん。やっぱり、穂って綺麗だから、そういう大人っぽいファッション似合うね。これは、双葉と春の見立て? やるじゃん」

「き、きき、綺麗!? そそ、そそそんな!」

類の真っ直ぐに向けられた賛辞に、分かりやすく頬を赤く染めて動揺する穂。

「ちょっとルイルイ! 変な色目使わないでよね!」

そんな類の言葉で顔色を変えたのは穂だけではなかった。双葉は、眉をキュッと寄せて不満気に口を尖らせている。

「いやいや! 色目とかそういうんじゃなくて! なんで、そんな怒るんだよ!」

「怒ってないよ!!」

「怒ってんじゃん!」

「怒ってない!」

ついにはそんな水掛け論を開始してしまう双葉と類。その双葉の隣の穂は「そんな! 綺麗だなんて……そんな!」と1人悶え続けている。

「おいおい。何だよこの空気。てか、何を見せられてるんだ、俺達?」

「さ、さぁ?」

そんなカオスを傍観する2人は、呆れたように顔を見合わせ、肩をすくめた。

ーーー その日の夜。双葉の自室。

「う〜ん! そろそろ寝ようかな〜」

電車で1時間程の外出だったためか、何時もよりも疲労感に襲われ、それが睡魔へと変わるのも時間の問題だった。

双葉は大きく背伸びをすると、ふわふわとしたラグから立ち上がり、ベッドへと向かう。

トントン!

すると、不意に閉めたカーテンの先から、軽く窓を叩くそんな音が聞こえた。

「あ! ヨミちゃんかな?」

双葉はそう胸を踊らせたように、カーテンを開いて窓の隅を見る。

するとそこには、夜の闇に紛れて目立つ、白い毛並みの野良猫が、お行儀よく鎮座していた。

双葉はその白猫に一度笑いかけると、窓の施錠を外し、窓を開くと白猫を招き入れる。

白猫もその一連に慣れたかのように、小さくジャンプをして淵を飛び越え、今度は淵から床へ軽い足取りで降り立つ。

そしてそのままズケズケと、さっきまで双葉の座っていたラグへと行き、両前足を揃えてポスッと腰を落着かせた。

双葉もそれが日常かのように窓を閉めると、白猫と向かい合うようにして、腰を下ろすと、ベッドの上に寝転んでいた、片腕で収まるくらいのサイズ感である、猫のぬいぐるみを左腕で抱きしめる。

そうして居ても立っても居られないといった様子で、右手を白猫の頭の上に乗せると、毛並みに沿って撫ではじめる。

「ヨミちゃん。今日も綺麗な毛並みだね〜」

そうヨミと呼ばれた白猫の毛の感触を、手の平で感じ取っていた時だった。

「おい。やめろ。いつも言っているだろ? 気安くうぬに触れるではない」

双葉しかいな室内で、双葉以外の甲高い声が響く。

それは紛れもなく、ヨミと呼ばれた白猫から発せられた人語であった。

「そう言いつつも、全然嫌がる素振りをしたり、逃げようとはしないもんね〜ヨミちゃんは〜」

双葉もまた、さもそれが当たり前かのように、ヨミとの会話を楽しんでいる。

「ったく。可愛げない人間よ」

「大丈夫。ヨミちゃんは、可愛げのある猫ちゃんだよ〜」

「全く意味が分からない。それの何が大丈夫なのだ?」

「う〜ん? ニュアンス?」

「ニュアンス?」

そうしている今も、自分の頭を撫でる双葉の手の平から、逃れようとはしないヨミ。

「それにしても。お前は、いや、お前達は、本当にお人好しな連中だな。あのおなご。なんて言ったか? お前らには関係のない事なのに、ズケズケと心に入り込みよって」

「ん? ああ。みのりんの事? なぁんだ、見てたんだ」

「お前らに何の得があって、余計なお節介を焼くんだ?」

「う〜ん。得かぁ〜。別に考えた事なかったなぁ〜。そうしたいから? 理由なんてそんなもんだよ。それでも、新しい友達が出来て、一緒に買い物もできて、これは陰りなく、得とは言えないかな?」

双葉は、ヨミを撫でる手を止める事なく、言葉に詰まることなくそう言い切る。


「うむ。やはり、人というものは分からないな。分からないからこそ、見ていてこれほど愉快なのだろうが」

ヨミはそんな言葉を最後に残し、手を払いのけるように立ち上がる。

「あれ? もう行っちゃうの?」

「うぬだって、暇じゃないのだよ」

ヨミはそう冷たく言い放つと、身軽に窓の縁へと飛び移る。

それはヨミの帰る合図であり、双葉は再び窓の開閉ををする。

「双葉よ」

「ん?」

「達者でな」

「うん!」

ヨミは2階という高さにも関わらず、落ち葉のように宙を舞うようにして、地面へと飛び降りるていく直前に、その一言を双葉に残して去っていく。

双葉はその小さく夜の闇に溶けゆく後ろ姿を見送って窓を閉めた。