ーーー 「ねぇねぇ! みのりん、これ可愛くない?」

そして、いつも通り、各々が思い思いの時間を浪費する。そんな中、女性陣の3人は仲睦まじく、ファッション雑誌を読み更けている。

「え? うん。確かに可愛いけど」

「いや、でも、みのりんにはこっちの方が似合うかなぁ?」

「うん! 確かに! 穂先輩は、スラッとしていて、スタイル抜群だからね、こういう落ち着いた感じは合ってるかもね!」

「え、え? そんな。私なんて………」

そんなやり取りを相変わらず漫画本に視線を落としながら、聞き耳を立てていた太陽が割り込んでいく。

「ていうかさ。穂は何でそんな髪型してるんだ? 目元も邪魔じゃないか?」

「え?」

春は確かにと2度頷き、類は、顔色を伺うように、前髪で隠れたその裏の表情を深く観察する。

「それは………」

穂は、答えを倦ねている。

「大丈夫だよ! 言いにくいことなら言わなくてもいい。それでも、ひとつ言える事はね、ここにいる人は、そのみのりんの言葉を聞いても、偏見を持ったり、否定したり、拒絶したり。そんな事をする人達じゃないよ。勿論。私を含めてね!」

穂はその双葉の言葉を聞いて、類、太陽、春、そして双葉の順に表情を伺う。

類はクールな表情の中で、少し口角を上げており、太陽は謎のサムズアップを繰り出している。

春は、穂と視線が交わると微笑んで頷き、双葉は、いつものように屈託ない笑顔を浮かべていた。

その1人1人の表情が、穂の心に積もった雪を溶かすには充分だった。

穂は一度大きく息を吐いてから、前髪を搔き分けると、その瞳を露わにする。

その青く澄んだ瞳に、双葉以外の3人は少し表情に驚きを加える。

「この目の色は父の遺伝なの。そう。私は、ハーフって奴でね。基本的にはお母さん似なんだけど、この目だけは何故か、父を引き継いでしまった………。父はね、本当にまだ私が小さい頃こそ、温厚な人だったんだけどね。ある日を境に、まるで人が変わってしまった……。母にも、私にも、言葉だけでなく、物理的な暴力も加えるようになって……。その時に、私を見下すような、人間を見ているとは思えないような、そんな鋭く濁った青だった……。そんな父は数年前に他界したんだけど、それでも、忌々しく残り続けるこの瞳が嫌いだった」

穂はそこで、再び無造作に前髪を下ろして、両の瞳を隠してしまう。

「鏡を見るのが怖くなった。お母さんすらも、私の目を見ないようになった。私も怖くなった。あの父と同じような目で、人を見てしまっているのではないかと、だから、視線を合わせるのが怖くなった。それで、誰も不愉快にならないように、こうやって前髪で隠すようにしたの」

穂の重苦しい過去から続く傷跡に、一同は目線を下げて、沈黙の中に受け止める。

「辛かったね………。よく、頑張ったね……」

そんな空気の中に、双葉は、農の膝の上で強く握った拳に手を添える。

「分からない。ごめん。わからないんだけどさ」

すると今度は、類がそんな不穏に傾きかけそうな切り出しで、言葉を並べ始めた。

「その目は、確かにお父さんの遺伝があるんだろうけど、その目から何を映すかは、穂次第なんじゃないの? それは、誰のものでもなく、穂の物なんだからさ、お父さんと同じような、悪意?憎悪? そういった感情の篭った目? そういうんじゃなくてさ、穂次第で、ころころと変わる。そんな、誰にも扱う事のできない唯一無二。つまり、穂がそうやって、お父さんと同じようなとか考えているから、そういう瞳に見えてしまうだけであって、実際はもっと違うんじゃないかな? 実質、今少しだけ見せてくれた瞳を、俺も、ここにいる皆も、醜いだなんて思ったやつはいないと思うし、寧ろ、綺麗だと思った」

その類の言葉に同意を示すように、他3名は、小さく2、3度頷いてみせる。

「そ、そんなの………私……」

「それよりも! 穂先輩! 目も綺麗だけど、顔立ちも凄く綺麗じゃん! これは、色んな服を着せたくなっちゃうね!」

思いも寄らない展開が続き、消え入る声で何かを言いかけた穂に被るようにして、前のめりに目をキラキラと輝かせる春。

「え? え?」

「類と春ちゃんの言う通りだな。なんというか。うん!もったいねえ!」

どかっと椅子に腰掛けた太陽も、おおらかにそう言い切る。

「うん! 私達はみのりんの気持ちを理解する事は、恐らく出来ないと思うけど、それは過去の話しであって、現在(いま)と未来でいえば、どんな感情だって、思い出だって、何だって作るお手伝いくらいは出来ると思うんだ!」

最後に4人の総意を、誠意の赴くまま穂に送る双葉。

「おかしいよ。やっぱり、おかしい。みんな、おかしいよ………」

穂は、声を震わせながら同じ言葉を繰り返す。

「おかしいか……。ふふっ。確かにそうだね。俺達はおかしい。俺達がおかしくなかったら、この世界がそもそもおかしい。俺達はそんな感じだからね。ずっと。昔から変わることなく。おかしいままさ」

類は自虐的な言葉を自慢気に披露する。

「でしょうね……。こんな人達に、初めて出会ったもん。みんな。いや、私から、人を避けて、避けられて、そうして生きてきたから……」

相変わらず、視線の行く先は不明だが、それでも、少しだけ下向きだった顔が、上向きへと変化する穂。

「あ! そうだ! みのりん! 今週の土曜日って暇?」

「え?」

これまた馴染みのない言葉に、少し声をうわずらせる穂。

「ちょっと行きたい所があるんだ! ね! はるるんも一緒だから!」

「え!? 私も!?」

「何? なんか予定でもあった?」

「ううん! 滅相もございません! 」

春は下手に出るように、手揉みをして見せる。

「それ、使い方間違ってる」

「うるさい! バカにぃ! こういうのはニュアンスだよ! ニュアンス! 」

「期末試験が楽しみだ」

「それ!どういう意味!?」

「ん? いや、ただのニュアンスだ」

「いや! ニュアンスじゃないよね! 他意ありまくりだよね!!」

そんな漫才のような兄妹の掛け合いを意に介さず、双葉はぐいっと椅子を穂に寄せる。

「ね! 行こ!」

そうして、両手を取り、ウルウルと潤ませながら見上げる瞳に、穂は抗う術を見つけられずにいた。