ーーー 翌日の昼休み。
上里高校、屋上。立ち入り禁止とされているその場所に、佇む女子生徒が1人。
口元のみ辛うじて見える程の長い前髪を垂らし、屋上のど真ん中で、太陽の光を一身に受けている。
屋上の中央では、どの角度から見上げても、人の存在を認識できるものはいない。それに加え、立ち入り禁止という先入観もある事から、誰もが想像の中でさえ、屋上に立つその者を認識することなく、何の変哲もない日常を謳歌していた。
女子生徒は、今正に飛び立とうとする鳥、もしくしは、威嚇のために体を大きくするように、両手を大きく左右に広げる。
そうして吹き抜ける春風を全身で受け止めながら、大きく深呼吸をする。目を瞑り体内でその酸素を感じながら。
そして両手を気をつけをするように、両脇に揃えると、再び同じ動作を始める。
「スゥ~、う〜ん。気持ちいいね!」
「ヒッ!!」
すると、その女子生徒の隣、いつの間にか女子生徒の真似をするように、深呼吸をしている双葉の登場により、女子生徒は、ジャンプスケアの如く体を小さく弾ませる。
「だ、だ、だれ?」
女子生徒は見ず知らずの双葉に、たどたどしく何とかそう声にする。
「私? あれ? 同じクラスだよ? 覚えてない? 双葉だよ!ふ・た・ば! 覚えた? 」
そう酸素よりも速く懐に入り込もうとする双葉の距離感に、思わず1歩後退りをする女子生徒。
「あなたは三枝 穂さんでしょ? みのりんって呼んでもいい?」
「み、みみ、みの………りん?」
穂は、怒涛の展開にミキサーで頭をかき混ぜられたかのように、わかりやすく戸惑いを表す。
「それでみのりん。ここで何をやってるの? てかその前に、ここ鍵がかかってたよね? どうやって入ったの?」
「え、え、あ、えっと〜」
「あ! もしかして! みのりんって、プロの強盗とか? ほら、映画にもあったでしょ? あんなスタイリッシュな強盗さんなのかな?」
「え? それって、オーシャンズ11とか?」
「おお!分かってね! さてはみのりんも、なかなかの映画通? 」
「うん! 映画、大好き!」
さっきまで吹いていたぎこちない風は、あっという間に消え去っていて、気づけば2人の物理的な距離も近づいている。
「おお! これはいい友達になれそうだね!」
「と、も、だ、ち?」
「ん? 待ってよ。それら、何かのキャラクターの物真似だよね? 何だろ? あれかのあのジャングルの………」
「いや、違う。違うの。その、私、友達ってものが、よく分からなくて………」
穂は、前髪で隠れた瞳を、コンクリートの地面に冷たく落とす。
「ふ〜ん。じゃあ、これから少しずつ分かっていけばいいんじゃないかな? もし、そのお手伝いが必要なら、私が力になってあげる! そもそも、友達を理解には、友達になる事が1番でしょ?」
「え?」
双葉が真っ直ぐに穂に向かって手を差し出す。穂は、微かな前髪の隙間から、その手の先を辿り、屈託のない笑みを浮かべる双葉を捉える。
「ん? 握手! 」
双葉は差し出した右手を、もう一度軽く引いてから、促すように再び押し出す。
「え? あ、うん」
穂もその勢いに負けたように、その右手に自分の右手を交わらせる。
「はい! これで、お友達!」
「こ、こんな簡単でいいの?」
「簡単だよ。思ったよりもね。そういう事ばかりだと思うよ。想像の中では、最悪ばかりを考えてしまって、本来なら容易い事でも、強大に見えてしまうものだと思うの。やってみたら意外と。みたいな? 呆気なくも思えるかもしれないけど、最悪をシミュレーションしてしまっていただけで、その呆気ないは実は、途方もなく素晴らしい事なのかもよ!」
そう握った手に、左手を添える双葉。
「どうして? どうして、こんな私に……」
「こんなじゃないよ! みのりんはみのりんだもん!それ以上も以下もない!」
そうきっぱりと言い放つ双葉。その瞬間、一陣の風が2人を襲う。
その風によって、穂の前髪が流されていき、真っ直ぐに双葉を見据える瞳が露わになる。
「あ! みのりん! 凄く綺麗な目をしているんだね!」
双葉はその一身に向けられた視線と視線をまじ合わせ、吊り目の中で揺らぐ青い光を受け止める。
「やめて」
すると穂は、握手をしていた手を解いて、前髪を抑えると、再び瞳を隠してしまう。
「綺麗なんかじゃない。綺麗なんか………」
穂は、苦しそうに声を震わせる。
「みのりん………」
思いがけない反応に、双葉は言葉を飲み込んだ。
「もう………いいの。行って」
「みのりん……?」
「いいから行って!!」
空をつんざくような声。幸い、校舎内の生徒や教員達には、その声の出所を悟られる事はなく、青空に吸い込まれていく。
「ごめんね………」
双葉は、重く足を引きずりながら、冷や汗を滲ませながら屋上を後にする。
屋上に1人残された穂は、力なく蹲り、両の手の平で目を覆う。
その誰も知らない悲痛を見守るのは、そんな穂の心とは裏腹な、青だけに染まる空だけだった。
ーーー 翌日の昼休みの刻。
「みのりん………」
今日もまた屋上で、大きく酸素を取り入れていた穂の前に、気まずそうに現れる双葉。
「また、来たの? 」
「うん。その、謝りたくて………」
「謝る? 別に、ふた……ば…さんが悪い事なんてないよ」
穂は、双葉から逃げるように視線を反対側へと移す。
「ううん。悪いよ。確かに、深い理由は知らないけど、私の一言で、みのりんを傷つけちゃったんだもん。意図的とかは関係ないよ。傷つけた、その事実だけで、謝る理由には充分だよ……だから」
双葉は、背を向けた穂に向けて、深く頭を下げて、謝罪の意を示す。
「ごめん。みのりんを傷つけるような事を言って。本当にごめん」
その予期せぬ行動に、思わず振り返る穂。
「なに? なんなの? 変だよ。双葉さん。変だよ」
そう頭上から注がれた声に反応して、頭を上げた双葉の顔には、満面の笑みが浮かべられていた。
「うん! よく言われる! 」
「何で? 何で、そこまでして」
「友達だから!」
「いや、友達って。ちゃんと話したの、昨日が初めてだったでしょ?」
「うん! そうだね! でもね、これまでも何度も声をかけていたんだけど、みのりん、まるで聞こえていないみたいに、無視するんだもん」
「いや、それはそうなんだけど、そういう話じゃなくて、昨日の初めてちゃんと話した相手が、友達だなんて………」
穂は、つま先に視線を落とし、極力、目を見せぬように努めている。
「友達に定義なんてないよ! 例え、みのりんがそう思っていなくとも、私が思っていれば、それはもう友達! あ、でも、意地悪な人が言うソレは違うからね! 本当に、心からそう思える人だけ! 片想いだって立派な恋なら、友情だって同じでしょ?」
「本当に……変な人」
穂は、前髪の隙間から微かに覗かせた唇を、小さく歪ます。
「それにね! もし、みのりんが、どうしても私を友人と認めてくれないのなら、認めてくれるまで、毎日ここ来るからね!」
「それは、強引過ぎるよ」
「知ってる? 多少強引の方が、女は靡くこともあるんだよ? だからみのりん。俺の女になれ」
「うん。ちょっとキュンとはしたかも………フフッ」
「アハハッ!」
そこで2人の笑い声が重なり、綺麗なハーモニーとなり、春空に奏でる。
ーーー 翌日の朝。この日もまた、4人揃っての登校となる。
「そういえば双葉ー」
揃ってから、息つく間もなく続いた会話が、途切れたタイミング。不意に思い出したかのように口を開いたのは太陽だった。
「ん? なに? 」
「ここ2日くらい。弁当を超スピードで食べて、どこで油売ってるんだ?」
その太陽の問いには、類も確かにと首を縦に2度振る。
「え!? まさか! 双葉ねぇ! 連日の告白タイムとか!?」
双葉の隣を歩く春にとっては、初だしの情報だったため、反射的にそんな解を導き出してしまう。
「まぁ、そう言われれば、そうかもしれないね」
「はぁ!?」
そんな飄々とした双葉の答えに、そんな情けない疑問符を浮かべたのは、太陽ではなく類だった。
その反応に、含みのある笑みを浮かべる太陽と春。
「まぁ、そのうち分かるよ! ってか、紹介するよ!」
「はぁ!? しょ、紹介って! マジかよ! マジで彼氏が出来たってんのかよ!!」
基本物静かな類には珍しい乱れ方に、双葉は慌てて弁明をする。
「違う!違う! 彼氏とかじゃなくてね! うん。それも含めて、また今度紹介する! 本当に、色恋沙汰の話じゃないのは確かだから!」
まるで鏡のように、類と遜色ない慌てっぷりを披露する双葉。
「お、おお、おおお!! そうか!!」
「そそ、そそそ、そうだよ!!」
「何この人達?」
「まぁ、あれだろ? 思春期ってやつだろ?」
太陽と春は、そんな2人を眺めて、防寒を決め込みながら、肩をすくめた。
上里高校、屋上。立ち入り禁止とされているその場所に、佇む女子生徒が1人。
口元のみ辛うじて見える程の長い前髪を垂らし、屋上のど真ん中で、太陽の光を一身に受けている。
屋上の中央では、どの角度から見上げても、人の存在を認識できるものはいない。それに加え、立ち入り禁止という先入観もある事から、誰もが想像の中でさえ、屋上に立つその者を認識することなく、何の変哲もない日常を謳歌していた。
女子生徒は、今正に飛び立とうとする鳥、もしくしは、威嚇のために体を大きくするように、両手を大きく左右に広げる。
そうして吹き抜ける春風を全身で受け止めながら、大きく深呼吸をする。目を瞑り体内でその酸素を感じながら。
そして両手を気をつけをするように、両脇に揃えると、再び同じ動作を始める。
「スゥ~、う〜ん。気持ちいいね!」
「ヒッ!!」
すると、その女子生徒の隣、いつの間にか女子生徒の真似をするように、深呼吸をしている双葉の登場により、女子生徒は、ジャンプスケアの如く体を小さく弾ませる。
「だ、だ、だれ?」
女子生徒は見ず知らずの双葉に、たどたどしく何とかそう声にする。
「私? あれ? 同じクラスだよ? 覚えてない? 双葉だよ!ふ・た・ば! 覚えた? 」
そう酸素よりも速く懐に入り込もうとする双葉の距離感に、思わず1歩後退りをする女子生徒。
「あなたは三枝 穂さんでしょ? みのりんって呼んでもいい?」
「み、みみ、みの………りん?」
穂は、怒涛の展開にミキサーで頭をかき混ぜられたかのように、わかりやすく戸惑いを表す。
「それでみのりん。ここで何をやってるの? てかその前に、ここ鍵がかかってたよね? どうやって入ったの?」
「え、え、あ、えっと〜」
「あ! もしかして! みのりんって、プロの強盗とか? ほら、映画にもあったでしょ? あんなスタイリッシュな強盗さんなのかな?」
「え? それって、オーシャンズ11とか?」
「おお!分かってね! さてはみのりんも、なかなかの映画通? 」
「うん! 映画、大好き!」
さっきまで吹いていたぎこちない風は、あっという間に消え去っていて、気づけば2人の物理的な距離も近づいている。
「おお! これはいい友達になれそうだね!」
「と、も、だ、ち?」
「ん? 待ってよ。それら、何かのキャラクターの物真似だよね? 何だろ? あれかのあのジャングルの………」
「いや、違う。違うの。その、私、友達ってものが、よく分からなくて………」
穂は、前髪で隠れた瞳を、コンクリートの地面に冷たく落とす。
「ふ〜ん。じゃあ、これから少しずつ分かっていけばいいんじゃないかな? もし、そのお手伝いが必要なら、私が力になってあげる! そもそも、友達を理解には、友達になる事が1番でしょ?」
「え?」
双葉が真っ直ぐに穂に向かって手を差し出す。穂は、微かな前髪の隙間から、その手の先を辿り、屈託のない笑みを浮かべる双葉を捉える。
「ん? 握手! 」
双葉は差し出した右手を、もう一度軽く引いてから、促すように再び押し出す。
「え? あ、うん」
穂もその勢いに負けたように、その右手に自分の右手を交わらせる。
「はい! これで、お友達!」
「こ、こんな簡単でいいの?」
「簡単だよ。思ったよりもね。そういう事ばかりだと思うよ。想像の中では、最悪ばかりを考えてしまって、本来なら容易い事でも、強大に見えてしまうものだと思うの。やってみたら意外と。みたいな? 呆気なくも思えるかもしれないけど、最悪をシミュレーションしてしまっていただけで、その呆気ないは実は、途方もなく素晴らしい事なのかもよ!」
そう握った手に、左手を添える双葉。
「どうして? どうして、こんな私に……」
「こんなじゃないよ! みのりんはみのりんだもん!それ以上も以下もない!」
そうきっぱりと言い放つ双葉。その瞬間、一陣の風が2人を襲う。
その風によって、穂の前髪が流されていき、真っ直ぐに双葉を見据える瞳が露わになる。
「あ! みのりん! 凄く綺麗な目をしているんだね!」
双葉はその一身に向けられた視線と視線をまじ合わせ、吊り目の中で揺らぐ青い光を受け止める。
「やめて」
すると穂は、握手をしていた手を解いて、前髪を抑えると、再び瞳を隠してしまう。
「綺麗なんかじゃない。綺麗なんか………」
穂は、苦しそうに声を震わせる。
「みのりん………」
思いがけない反応に、双葉は言葉を飲み込んだ。
「もう………いいの。行って」
「みのりん……?」
「いいから行って!!」
空をつんざくような声。幸い、校舎内の生徒や教員達には、その声の出所を悟られる事はなく、青空に吸い込まれていく。
「ごめんね………」
双葉は、重く足を引きずりながら、冷や汗を滲ませながら屋上を後にする。
屋上に1人残された穂は、力なく蹲り、両の手の平で目を覆う。
その誰も知らない悲痛を見守るのは、そんな穂の心とは裏腹な、青だけに染まる空だけだった。
ーーー 翌日の昼休みの刻。
「みのりん………」
今日もまた屋上で、大きく酸素を取り入れていた穂の前に、気まずそうに現れる双葉。
「また、来たの? 」
「うん。その、謝りたくて………」
「謝る? 別に、ふた……ば…さんが悪い事なんてないよ」
穂は、双葉から逃げるように視線を反対側へと移す。
「ううん。悪いよ。確かに、深い理由は知らないけど、私の一言で、みのりんを傷つけちゃったんだもん。意図的とかは関係ないよ。傷つけた、その事実だけで、謝る理由には充分だよ……だから」
双葉は、背を向けた穂に向けて、深く頭を下げて、謝罪の意を示す。
「ごめん。みのりんを傷つけるような事を言って。本当にごめん」
その予期せぬ行動に、思わず振り返る穂。
「なに? なんなの? 変だよ。双葉さん。変だよ」
そう頭上から注がれた声に反応して、頭を上げた双葉の顔には、満面の笑みが浮かべられていた。
「うん! よく言われる! 」
「何で? 何で、そこまでして」
「友達だから!」
「いや、友達って。ちゃんと話したの、昨日が初めてだったでしょ?」
「うん! そうだね! でもね、これまでも何度も声をかけていたんだけど、みのりん、まるで聞こえていないみたいに、無視するんだもん」
「いや、それはそうなんだけど、そういう話じゃなくて、昨日の初めてちゃんと話した相手が、友達だなんて………」
穂は、つま先に視線を落とし、極力、目を見せぬように努めている。
「友達に定義なんてないよ! 例え、みのりんがそう思っていなくとも、私が思っていれば、それはもう友達! あ、でも、意地悪な人が言うソレは違うからね! 本当に、心からそう思える人だけ! 片想いだって立派な恋なら、友情だって同じでしょ?」
「本当に……変な人」
穂は、前髪の隙間から微かに覗かせた唇を、小さく歪ます。
「それにね! もし、みのりんが、どうしても私を友人と認めてくれないのなら、認めてくれるまで、毎日ここ来るからね!」
「それは、強引過ぎるよ」
「知ってる? 多少強引の方が、女は靡くこともあるんだよ? だからみのりん。俺の女になれ」
「うん。ちょっとキュンとはしたかも………フフッ」
「アハハッ!」
そこで2人の笑い声が重なり、綺麗なハーモニーとなり、春空に奏でる。
ーーー 翌日の朝。この日もまた、4人揃っての登校となる。
「そういえば双葉ー」
揃ってから、息つく間もなく続いた会話が、途切れたタイミング。不意に思い出したかのように口を開いたのは太陽だった。
「ん? なに? 」
「ここ2日くらい。弁当を超スピードで食べて、どこで油売ってるんだ?」
その太陽の問いには、類も確かにと首を縦に2度振る。
「え!? まさか! 双葉ねぇ! 連日の告白タイムとか!?」
双葉の隣を歩く春にとっては、初だしの情報だったため、反射的にそんな解を導き出してしまう。
「まぁ、そう言われれば、そうかもしれないね」
「はぁ!?」
そんな飄々とした双葉の答えに、そんな情けない疑問符を浮かべたのは、太陽ではなく類だった。
その反応に、含みのある笑みを浮かべる太陽と春。
「まぁ、そのうち分かるよ! ってか、紹介するよ!」
「はぁ!? しょ、紹介って! マジかよ! マジで彼氏が出来たってんのかよ!!」
基本物静かな類には珍しい乱れ方に、双葉は慌てて弁明をする。
「違う!違う! 彼氏とかじゃなくてね! うん。それも含めて、また今度紹介する! 本当に、色恋沙汰の話じゃないのは確かだから!」
まるで鏡のように、類と遜色ない慌てっぷりを披露する双葉。
「お、おお、おおお!! そうか!!」
「そそ、そそそ、そうだよ!!」
「何この人達?」
「まぁ、あれだろ? 思春期ってやつだろ?」
太陽と春は、そんな2人を眺めて、防寒を決め込みながら、肩をすくめた。