「うん。私もそう信じてる。みんなの記憶の中で生きているなら、きっと寂しくないもん! ありがとう陽くん。じゃあ、次はみのりん。お願い」

薄々、次は自分の番だと勘づいていた穂は、双葉に頷き、ふぅとひとつ息を吐く。

「私は、類くんの事が好き! 好きだからこそ知ってる。類くんが誰を想っていて、それも両想いなのか。きっとこれからもずっと、2番目以降なのは変わりない。それでも、少しでもその差を埋めるくらいに、私を好きにさせたい。こんな気持ち初めてで。双葉ちゃんに声をかけられて、友人というものを知って、青春というものを知って、恋の辛さも喜びも知って。私は、今が1番幸せ。こんな気持ちをくれてありがとう双葉ちゃん。友達になってくれてありがとう」

最後の「ありがとう」を言い終え、いよいよ耐えきれなくなった涙が穂の頬を伝っていく。

「ううん。こちらこそだよ。友達になってくれてありがとう。みんなを好きになってくれてありがとう。ルイルイを好きになってくれてありがとう」

双葉もまた、その穂の涙にもらい泣きするように、瞳を潤ませて、最後に残った正面の類に向き直る。

「じゃあ、最後にルイルイ」

類はチラッとスマホの液晶に視線を移す。

「うん。でも、もうあっという間に19時になる。ここらは、一旦、最後の夜遊びをしてさ、俺の本音は最後にしてもらっていいかな?」

「ルイルイ? うん。分かった。ルイルイがそういうなら、そうしよう! よし! じゃあ、騒ぐぞ! おー!」

双葉はそんな類の言葉を尊重して、最後の時間を謳歌しようと声を張り上げる。

のどかからテイクアウトした冷めた餃子に、ばぁばの店から買い集めた、駄菓子にジュース。

思い出話しに花を咲かせ、歌を歌って、訪れる最後を振り払うように、皆が大袈裟にも笑みを浮かべている。

ーーー 液晶のデジタル時計が 23時を指した。あと1時間という文字が、その場の全員の脳内に浮かび上がる。

5人は、縦に並んで野原を目指していた。

「最後に星を見上げよう」という双葉の提案を受け、大きめのシートを携え、大きくくり抜かれた、自然のプラネタリウムの下へと辿り着く。

その中央。大きなシートを広げて、類、双葉、春、太陽、穂の順に頭を中央に向け、円になるように仰向けで寝転ぶ。

「わぁ! 今日は一段と綺麗に見えるね!」

双葉が思わず感嘆を漏らすほど、今宵の夜空は美しく澄んでいた。

刻一刻と迫る時間の中、焦りを抱きながらも、その綺麗な夜空に目を奪われる一行。

気づけばデジタル時計は、23時50分を過ぎている。

それをスマートフォンで確認した類は、一拍置いてから口を開いた。

「最後にさ、もう一回歌おうか。あの曲。卒業バージョンの方でさ」

「うん! いいね!」

その類の提案に賛同した双葉は、率先して冒頭のフレーズを奏で始める。

次第に他の4人の声も重なり、木々を揺らす風にも吹き飛ばされないほどのハーモニーが、野原中を駆け巡っていく。

いつも口ずさんでいた曲の原曲となった歌で、メロディーは同じだが、詞は卒業をテーマに描かれている。

その詞をひとつひとつ噛み締めながら、5人のハーモニーは、空高く何光年先の星星に届きそうなほど、真っ直ぐに飛んでいく。

最後のワンフレーズを歌い終えれば、あっという間に時計は55分を指していた。

「ねぇ。さっきの続き、今いいかな?」

あと僅かに迫ったその時を告げるように、そう類が切り出す。

「俺はね。ずっと隠してきた事があった。きっと、それを知ったらみんな怒るだろうけど、俺にとっては、迷いなく英断だったと言えること。みんな目を閉じて、手を繋ごう」

類はそう言うと率先して目を瞑り、両隣にいる双葉と穂の手を握る。

そしてそれが伝染するように、皆が両隣の手を取ると、導線が円となり繋がる。

「この草木の匂いも、肌を撫でる風も、虫の声も、自分の息遣いも、心臓の音も。全てがいつか思い出になる。その日が来ても、俺達は変わらずに居られるのだろうか? それは分からないけど、何処か変わったとしても、根っこの部分は変らないって信じてる。同じような夜を越えられなくても。始まりはここだって、ちゃんと刻んで置いて。未来に灯せると信じてる」

類はひとつひとつの言葉を、丁寧に選んで、残り僅かな時間を少しずつ埋めていく。

「それでね。きっと、みんな、聞いたら驚くと思うし、さっきも言ったけど怒ると思うんだ。だから、これは最後の我儘で、ヨミに託すことにするよ。だから……」

そうこうしているうちに時計は59分を示している。

「みんな。本当にありがとうね。この9年間。ううん、それ以上、凄く幸せだった。終わってみれば、毎日が満ち足りていたと思う。それは紛れもなくみんなのおかげ。本当にありがとう。みんな、幸せになってね」

「ルイルイ? 一体何を言ってるの? それじゃまるで………」

双葉がそう言いかけた途端の出来事だった。目を瞑り、左手に伝わっていた類の温度を強く意識していた双葉は、スッその温もりが消えていくのを感じて目を開ける。

「ルイ……ルイ……?」

そして左隣に居るはずの類の方向へ顔を向けて、一気に顔を青白く染めていく。

「ルイルイ!! 」

つい十数秒前まであった温もりと、鼓膜を心地よく揺らす声も、最初から何も無かったかのように、ポッカリと空白を産んでいる。

「ど、どこ!? ルイルイ!? てか、私……何で生きて」

ただ事ではない様子の双葉の慌てように、3人も類の居たはずの場所に視線を向けると、言葉を失う。

「よ、ヨミ。ヨミちゃん! ヨミちゃん! 居ないの!? ヨミちゃん!! 」

双葉は、立ち眩みを恐れず、勢いよく立ち上がると、声を張り上げつつ辺りを見回す。

しかし、何処にもお目当ての白い毛並みは見当たらない。

「ルイルイ! ヨミちゃん!! 」

そして次に双葉は、半ば衝動的に駆け出すと、一目散に基地へと向かう。

「双葉ねぇ!! 待って! 」

まだ状況がうまく掴めていない春が、双葉の背中に向かい走り出す。

「お、お、ちょ、待ってって!」

ワンテンポ遅れで太陽と穂もその後に続いた。