ーーーー 1年に一度のこの日。何となく時間をかけて屋台飯を食べ切った一行は、特別なその日を当たり障りなく消化していた。

膨れたお腹に誘われる睡魔に負けて、サマーベッドに横になる太陽は、夕刻が過ぎて、基地内に灯りが点った頃、遠くで聞こえるお囃子の音をアラームに、ようやく重たい瞼を開いた。

「お、ようやく起きたか。あと1時間くらいで花火の時間になるよ」

大きな欠伸と共に背伸びをして、サマーベッドが軋んだその音に反応して、類が振り返る。

「おう。おは。もうそんな時間なのか」

「あぁ。もうそんな時間だよ。あっという間にね」

太陽はのそのそと体を起こすと、基地内を見回して、眉をひそめる。

「あれ? 女性陣は? 」

基地内には、暇そうに雑誌を広げていた類と、只今、起床したばかりの太陽のみ。

「ああ。会場の方に行ったよ。何でも、クレープを食べたいらしくてね。花火頃には、駐車場まで戻ってくるって言ってたから、そこで合流かな」

「ほ〜ん。よくもまぁ、あんだけ食ったのに、クレープなんてイケるよな〜。別腹ってやつ? 入る場所は同じだろうに」

「そんな事言って太陽だって前に、プリンは別腹だ〜って言ってただろ?」

「そりゃ別腹だろ? プリンは飲物なんだから。まぁ、痛風にならないように、考えて食べるくらいには、良識はあるから安心しろよ」

その太陽の発言に分かりやすく深いため息をつく類。

「確かに何においても、食べ過ぎるのは良くないけどさ。太陽。痛風ってのは、プリン体を取りすぎると発症するんだぞ?」

「いや、知ってるって。話聞いて無かったのか? だから、プリンを取りすぎるのは良くないって言ったんだよ」

「あのね。太陽さん。プリンとプリン体は別物だからな。なんなら、プリンにはプリン体は、そんなに入って無いんじゃないか? 」

「え………そうなん? 」

「うん。そうなん」

太陽は目を見開いて、少しだけ口を開けたまま、一点を見つめて硬直してしまう。

類はそんな太陽の視線の先に手を翳すと、太陽を現実へと引き戻そうと試みる。

「お〜い太陽さん? 大丈夫か?」

「おい。プリン体がプリンじゃないって? それって、なぞなぞ? とんち?」

「う〜ん。常識?」

「マジかよ……。じゃあ、俺が今まで食べてきたのは一体……」

「いや、普通にプリンでしょ? 」

「マジかよ……。プリンだったのかよ。あいつも、あいつも、あいつも、みんなプリンだったのかよ……」

「いや、恐らく世界で1人だけだよ。プリン体が摂れなくて、ここまでダメージ食らってる奴。そんなに好んで摂るようなもんじゃないだろ?」

「いや、気持ちの問題だよ! 何か詐欺られた気分だ! だってさ、プリンにプリン体は少ないならさ、プリンは、痛風にはなりにくいって事だろ? だったら、そういう面では良いことじゃん! プリンを食べても、大きな害はなさそうじゃん! ん? 待てよ、じゃあ何で俺はこんなにキレてんの? 」

「いや、ここまで綺麗にこの言葉を言う事になるとはな…………こっちの台詞だわ! !」

小気味よいその会話は、観客が居なければ、無論反応はない。一通りの会話の後、流れた空気は夏の夜だと言うのに、どこか涼しさを帯びて基地内へ流れ込んできた。

ーー 基地へと続く道。その道に繋がる駐車場の隅。買い食いから帰ってきた女性陣と合流した2人は、祭りのクライマックスを彩る花火を待つ。

広大な駐車場には、普段なら皆無な車も、今日はすっかりと満車となっていて、その中でも5人の居る場所は、車の停めるスペースはほぼなく、人の影も見当たらない。それでいて夜空の良く見えるスポットで、花火を見上げるには絶好の場所だった。

「いやぁ〜、今年も食べましたなぁ〜」

双葉は満足そうにお腹を擦り、まだ盆踊りの熱が冷めきらない、少し遠くの賑わいを眺める。

「私も凄く楽しかった。こうしてお祭りを、思う存分満喫出来たのも。この気持ちをくれたのも。全部。双葉ちゃんだから。ありがとう」

穂は、少し潤んだ瞳を隠すように夜空を見上げる。

「ううん。違うよ。 その気持ちはみのりんだけのもの。みのりんがそう感じて受け止めたもの。きっかけはきっかけで、今そう思えるという事は、それは、みのりんがそう望んで、自分で手繰り寄せたもの。それは、この先どんな事があろうと変わらない。ううん。変わらないで紡いで欲しい。みのりんだけの幸せを」

穂は双葉からの言葉を受け止めようと、夜空から視線を双葉へと移す。

そこで、誤魔化しなく、真っ直ぐに穂を見ていた双葉と視線が交わる。

「ありがとう。双葉ちゃんにも。みんなにも。教えてもらう事ばかりだけど、教えて貰った新品の想いは、ボロボロに使い古しても、アンティークと呼べるように、大切にしていくよ!」

双葉と穂は、鏡写しのような笑みを向け合う。

「そろそろ始まるみたいだよ」

そんな様子を尊く思い見つめていた類は、アナウンスの声と、緊張感と期待感に包まれた空気の変化に、闇の空に浮かぶ光の舞踏会の訪れを察して空を見上げた。

それから数秒後。ピューと高い声を響かせ、細い光の線が空へ昇って行き、大きな破裂音を響かせ、大輪の花を夜闇のスケッチブックに描く。

僅かな時間、空に浮かんだ花は、パラパラと音を立てながら、散り散りに消えていく。

その様子を見上げていた観客達からは、詠嘆が漏れ出し、小さく流れる、花火ソングも相まって、ようやく会場一体が、独特の空気感に包まれていく。

5人もまた、次々と打ち上がるその夜空のイルミネーションに目を奪われ、自然と瞳にも熱が帯び始める。

「最後の花火……」

そう呟いた双葉の声も、花火の音が掻き消して、淡く空へ消えていく。

クライマックスに近づくにつれて激しさを増していく花火に、一段と会場のボルテージは上がっていく。

それと比例するように、5人の心にモヤモヤと浮かんでいた淋しさは、徐々に確かな形を保ち始める。

いよいよフィナーレに入ると、間髪なく打ち上げられられた花火によって、夜空がカラフルに染まる。

自然と5人は、それぞれの間隔を狭めて、出来るだけその時間を共にいたという感覚を刻むように、思い出を綴るように、最後にひとつ大きな花を咲かせた火花を見上げていた。