「ふ、双葉。いつからそこに? 」
面を食らって言葉を発せずにいる3人に変わり、類がそう問いかける。
「う〜ん。結構前かな? 」
「俺達の話はどこから聞いてた? 」
「うん。結構前、というか序盤の方かな? 」
1番聞かれてはいけない相手に聞かれてしまった。その現実にショックを受けて、言葉に詰まる類。
「ああ! でも、大丈夫だよ! 気にしないで! その、私も秘密にしてた事があってね。フェアじゃないから打ち明けると。私ね。知ってたんだ。私がもうすぐ死んじゃうって事」
「……」
さらに畳み掛けるような双葉のカミングアウトに、その場面を写した絵画なら、題に「絶句」と付けられるだろうほどの表情で立ち尽くす一行。
「やれやれ。お主らは詰めが甘いのだよ。金平糖のような甘さだ。双葉はの、うぬとお主らの会話を、ず〜と昔にたまたま見てしまい、そこから、お主らには内緒でと、うぬが事細かく説明をしてやっていてな、つまり、お主らの気遣いは全て無ということだな」
ヨミはまるで他人事のように、やれやれと首を左右に振っている。
「知ってた? 知ってて、今までこうして、俺達に合わせてくれてたって事?」
類は思わぬ展開に少し声をうわずらせる。
「ごめんね! でも、みんなの優しさは十分に伝わったから! 私のわがままも何で聞いてくれるし、こうして毎日のように時間を作ってくれるし、もう他に何もいらないってくらい、充実した時間をくれてた。だから、私だって罪悪感があったんだよ。そうやってみんなが優しくしてくれて、そしてこの今があるのは、みんながくれた命だって。だから、後悔がないように生きてきた」
穂はひとりひとりの顔を見回し、最後に意図的に目を合わせずにいた穂を視界で捉えた。
「穂ちゃん。ごめんね。こんな事になっちゃって」
「ううん。謝らないで。それに、私はみんなみたいに、幼馴染じゃないから、ずっと一緒に居たわけじゃないし、みんなみたいに、双葉ちゃんの命にもなれてない」
「違うよ。それは違う。一緒にいた長さじゃない。一緒にいた事が大切なんだよ。あの夜も、あの屋上も、この数ヶ月の日々も、みのりん無しじゃ考えられない。そんな毎日が堪らなく愛おしくて、温かくなる心は、間違いなく生きている証。そんな命の温かさをくれたのは、みのりんなんだよ。みんななんだよ。だから、そんな事言わないで」
「双葉ちゃん……!」
それは一瞬の出来事だった。穂の瞳に再び大粒の涙が光ったその次にはもう既に、穂の胸の中には、双葉の体が包み込まれていた。
「みのりん……」
「ありがとう。双葉ちゃんが居なければ、私は、私で居れなかった。初めての友達が双葉ちゃんで良かった。本当に良かった」
「うん。私の方こそありがとう。ふふっ。友達って認めてくれたね。嬉しい」
そう双葉も穂の背中に腕を回す。
「ハッピーエンドってわけか」
太陽は、そんな様子を朗らかに眺めながら、類の隣に移動すると、そんな言葉を呟いた。
「なんか、アニメ映画でそんな台詞あったね」
「うん。完全にそれを流用した」
「まぁ。ぴったりな言葉ではあるかな」
「だな。それでも、穂が受け止めるまでは、もう少しかかるだろうけどな」
「ああ。俺達だって未だに受け止め切れてるかと言われれば、微妙な所だしね」
「だな」
そう、互いだけに聞こえる声でキャッチボールをした2人は、どこか満ち足りたように微笑み、抱擁する2人の姿を眺めていた。
ーー それから数時間が経ち、赤く腫らした目で寄り添う穂と双葉、更にこちらも、もらい泣きをして目を腫らして2人に寄り添う春。
そんな仲睦まじい姿を、娘を見る親のように慈しんだ類は、1人基地を出ると、駐車場とは反対側の野原に向かう。
すっかり日脚が伸びて、夕刻まで1時間を切ったというのにまだ明るさを保ったままの空の下、緑の茂った小さな森の中をゆったりと歩く類。
「待って! 」
そんな類の背後からそんな弾けた声と共に、軽く、地に吸収された微かな足音が近づいてくる。
「ん? 双葉? どうしたの? 」
「ううん。別にどうもしてないよ。ただ、私もお散歩しようと思って! 一緒にいい?」
「うん。もちろん」
類からの了承をもらい、双葉は類の隣に並ぶ。
夏になり、草木もより茂っているため、歩けるスペースにも限りが出来る。
春に比べその道幅は狭く、2人並び歩くと、手の触れ合う距離となるために、肌と肌が触れ合う度に、余所余所しく視線を左右に逸らしながら、妙な空気の中を歩く2人。
「ルイルイはズルいよね〜」
「え? ズルい? 」
何の脈略のないその唐突な言葉には、類は当然のように疑問符を浮かべる。
「全部を1人で抱え込もうとするでしょ? 自分の事なら、とやかく言わないけどさ、自分じゃない人の悩みすらも、抱え込もうとするから、私が入る余地なんかこれっぽっちもないもん。そんな隙もないなら、返したくても、返しきれないじゃん。だから、ズルいよ」
「え? そう? そんなつもりは無かったけど……」
思わぬ双葉の分析に虚を突かれながらも、頬を淡い赤に染める。
「それだけじゃないよ! そういうところ。自分の優しさに気づかずに、さも当たり前かのように振る舞う、そんな人だから。だから、どうしたって甘えちゃうんだ、その優しさに。そこもズルい」
「そんなことないって! 」
「ううん! そんなことあるんだって! 」
「そう……なのかな? 」
「うん! そう! 私が言うんだから、絶対にそう! 」
「そういう強引だけど、あっという間に見える世界を変貌させてくれる。言葉ひとつで、行動ひとつで。双葉のそういうところ。僕はズルいと思うよ」
「………ありがとう」
そんな互いを認め合う言葉を交わした2人は、そこで急に面映ゆくなり、自然と視線は、相手と対極の位置に向けられる。
「ねえ。ルイルイやみんなが、どう思っているのか分からないけど。この9年間。もし、あの時、私が死んでいれば、得られることの出来ない、きっと誰かから見ればありふれない、そんな特別を貰って来たんだよ。だから、本当にルイルイにも、はるるんにも、陽くんにも、みのりんにも、伝えきれない程のありがとうを抱えてるの」
類は、そこでようやく、柔からく目を細める双葉の横顔を見下ろす事が出来た。
「あと僅かな命だとしても、きっと、その日まで、1日1日を噛み締め生きてきたこの日々は、何となく生きているよりも、何百倍も価値のある人生だったと思えるよ。後悔はない。とは言えないけれど。多分、それは、どんなに長生きしても、結局は最期に思うことだから、いつ来るか分からない最期より、ゴールの見える私は、誰よりも幸せなんだと思うんだ」
双葉は、ひらりと髪を靡かせて、まるでミュージカルの登場人物かのように、ひと足先に軽快なステップで小さな野原へと足を踏み入れた。
「それでも………。もし、俺が、双葉の立場だったら。最期の最期には、きっと後悔してしまうと思うんだ。もっと、色んなことをしたかったって。もっと生きてみたかったって……。生きることを諦めきれないと思う」
類は、小さく頬を緩めると、一際眩しく彩る、野原の住人を見つめる。
「私だってきっとそうだよ! でもね、それって、幸せだったからこそ、そう思えるんだと思うんだ。幸せだって世界にしがみついていたい。それほどに、素敵な人生を紡げたんだって。そんな風だよ。今の私は、未だ完成してない、満ち足りた気持ち。そんな矛盾とアンバランスな、素敵な人生だよ!」
絵の具で塗りつぶしたかのような野の緑の中で、揺らめく白のシアーシャツが、まるで羽のように翻し、野に解き放たれた鳩の如く、自由に羽ばたくように手を広げる双葉。
「ふっ。双葉らしいね。ありがとう。それと………」
類は続く言葉を、夏風に紛れ込ませるように呟く。
「ごめんね……」
類と双葉の僅かな距離間に吹く、マイナスイオンの含んだ風が、類のそっと隠した心を更に深くにしまい込ませた。
かき消された最後の言葉は、双葉には届く事なく、木々の隙間に消えていく。
面を食らって言葉を発せずにいる3人に変わり、類がそう問いかける。
「う〜ん。結構前かな? 」
「俺達の話はどこから聞いてた? 」
「うん。結構前、というか序盤の方かな? 」
1番聞かれてはいけない相手に聞かれてしまった。その現実にショックを受けて、言葉に詰まる類。
「ああ! でも、大丈夫だよ! 気にしないで! その、私も秘密にしてた事があってね。フェアじゃないから打ち明けると。私ね。知ってたんだ。私がもうすぐ死んじゃうって事」
「……」
さらに畳み掛けるような双葉のカミングアウトに、その場面を写した絵画なら、題に「絶句」と付けられるだろうほどの表情で立ち尽くす一行。
「やれやれ。お主らは詰めが甘いのだよ。金平糖のような甘さだ。双葉はの、うぬとお主らの会話を、ず〜と昔にたまたま見てしまい、そこから、お主らには内緒でと、うぬが事細かく説明をしてやっていてな、つまり、お主らの気遣いは全て無ということだな」
ヨミはまるで他人事のように、やれやれと首を左右に振っている。
「知ってた? 知ってて、今までこうして、俺達に合わせてくれてたって事?」
類は思わぬ展開に少し声をうわずらせる。
「ごめんね! でも、みんなの優しさは十分に伝わったから! 私のわがままも何で聞いてくれるし、こうして毎日のように時間を作ってくれるし、もう他に何もいらないってくらい、充実した時間をくれてた。だから、私だって罪悪感があったんだよ。そうやってみんなが優しくしてくれて、そしてこの今があるのは、みんながくれた命だって。だから、後悔がないように生きてきた」
穂はひとりひとりの顔を見回し、最後に意図的に目を合わせずにいた穂を視界で捉えた。
「穂ちゃん。ごめんね。こんな事になっちゃって」
「ううん。謝らないで。それに、私はみんなみたいに、幼馴染じゃないから、ずっと一緒に居たわけじゃないし、みんなみたいに、双葉ちゃんの命にもなれてない」
「違うよ。それは違う。一緒にいた長さじゃない。一緒にいた事が大切なんだよ。あの夜も、あの屋上も、この数ヶ月の日々も、みのりん無しじゃ考えられない。そんな毎日が堪らなく愛おしくて、温かくなる心は、間違いなく生きている証。そんな命の温かさをくれたのは、みのりんなんだよ。みんななんだよ。だから、そんな事言わないで」
「双葉ちゃん……!」
それは一瞬の出来事だった。穂の瞳に再び大粒の涙が光ったその次にはもう既に、穂の胸の中には、双葉の体が包み込まれていた。
「みのりん……」
「ありがとう。双葉ちゃんが居なければ、私は、私で居れなかった。初めての友達が双葉ちゃんで良かった。本当に良かった」
「うん。私の方こそありがとう。ふふっ。友達って認めてくれたね。嬉しい」
そう双葉も穂の背中に腕を回す。
「ハッピーエンドってわけか」
太陽は、そんな様子を朗らかに眺めながら、類の隣に移動すると、そんな言葉を呟いた。
「なんか、アニメ映画でそんな台詞あったね」
「うん。完全にそれを流用した」
「まぁ。ぴったりな言葉ではあるかな」
「だな。それでも、穂が受け止めるまでは、もう少しかかるだろうけどな」
「ああ。俺達だって未だに受け止め切れてるかと言われれば、微妙な所だしね」
「だな」
そう、互いだけに聞こえる声でキャッチボールをした2人は、どこか満ち足りたように微笑み、抱擁する2人の姿を眺めていた。
ーー それから数時間が経ち、赤く腫らした目で寄り添う穂と双葉、更にこちらも、もらい泣きをして目を腫らして2人に寄り添う春。
そんな仲睦まじい姿を、娘を見る親のように慈しんだ類は、1人基地を出ると、駐車場とは反対側の野原に向かう。
すっかり日脚が伸びて、夕刻まで1時間を切ったというのにまだ明るさを保ったままの空の下、緑の茂った小さな森の中をゆったりと歩く類。
「待って! 」
そんな類の背後からそんな弾けた声と共に、軽く、地に吸収された微かな足音が近づいてくる。
「ん? 双葉? どうしたの? 」
「ううん。別にどうもしてないよ。ただ、私もお散歩しようと思って! 一緒にいい?」
「うん。もちろん」
類からの了承をもらい、双葉は類の隣に並ぶ。
夏になり、草木もより茂っているため、歩けるスペースにも限りが出来る。
春に比べその道幅は狭く、2人並び歩くと、手の触れ合う距離となるために、肌と肌が触れ合う度に、余所余所しく視線を左右に逸らしながら、妙な空気の中を歩く2人。
「ルイルイはズルいよね〜」
「え? ズルい? 」
何の脈略のないその唐突な言葉には、類は当然のように疑問符を浮かべる。
「全部を1人で抱え込もうとするでしょ? 自分の事なら、とやかく言わないけどさ、自分じゃない人の悩みすらも、抱え込もうとするから、私が入る余地なんかこれっぽっちもないもん。そんな隙もないなら、返したくても、返しきれないじゃん。だから、ズルいよ」
「え? そう? そんなつもりは無かったけど……」
思わぬ双葉の分析に虚を突かれながらも、頬を淡い赤に染める。
「それだけじゃないよ! そういうところ。自分の優しさに気づかずに、さも当たり前かのように振る舞う、そんな人だから。だから、どうしたって甘えちゃうんだ、その優しさに。そこもズルい」
「そんなことないって! 」
「ううん! そんなことあるんだって! 」
「そう……なのかな? 」
「うん! そう! 私が言うんだから、絶対にそう! 」
「そういう強引だけど、あっという間に見える世界を変貌させてくれる。言葉ひとつで、行動ひとつで。双葉のそういうところ。僕はズルいと思うよ」
「………ありがとう」
そんな互いを認め合う言葉を交わした2人は、そこで急に面映ゆくなり、自然と視線は、相手と対極の位置に向けられる。
「ねえ。ルイルイやみんなが、どう思っているのか分からないけど。この9年間。もし、あの時、私が死んでいれば、得られることの出来ない、きっと誰かから見ればありふれない、そんな特別を貰って来たんだよ。だから、本当にルイルイにも、はるるんにも、陽くんにも、みのりんにも、伝えきれない程のありがとうを抱えてるの」
類は、そこでようやく、柔からく目を細める双葉の横顔を見下ろす事が出来た。
「あと僅かな命だとしても、きっと、その日まで、1日1日を噛み締め生きてきたこの日々は、何となく生きているよりも、何百倍も価値のある人生だったと思えるよ。後悔はない。とは言えないけれど。多分、それは、どんなに長生きしても、結局は最期に思うことだから、いつ来るか分からない最期より、ゴールの見える私は、誰よりも幸せなんだと思うんだ」
双葉は、ひらりと髪を靡かせて、まるでミュージカルの登場人物かのように、ひと足先に軽快なステップで小さな野原へと足を踏み入れた。
「それでも………。もし、俺が、双葉の立場だったら。最期の最期には、きっと後悔してしまうと思うんだ。もっと、色んなことをしたかったって。もっと生きてみたかったって……。生きることを諦めきれないと思う」
類は、小さく頬を緩めると、一際眩しく彩る、野原の住人を見つめる。
「私だってきっとそうだよ! でもね、それって、幸せだったからこそ、そう思えるんだと思うんだ。幸せだって世界にしがみついていたい。それほどに、素敵な人生を紡げたんだって。そんな風だよ。今の私は、未だ完成してない、満ち足りた気持ち。そんな矛盾とアンバランスな、素敵な人生だよ!」
絵の具で塗りつぶしたかのような野の緑の中で、揺らめく白のシアーシャツが、まるで羽のように翻し、野に解き放たれた鳩の如く、自由に羽ばたくように手を広げる双葉。
「ふっ。双葉らしいね。ありがとう。それと………」
類は続く言葉を、夏風に紛れ込ませるように呟く。
「ごめんね……」
類と双葉の僅かな距離間に吹く、マイナスイオンの含んだ風が、類のそっと隠した心を更に深くにしまい込ませた。
かき消された最後の言葉は、双葉には届く事なく、木々の隙間に消えていく。