ーーー 穂は、双葉の身に降りかかった不幸を聞いて、絶句し目を伏せた。しかし、次の類が放った言葉で、再びその顔を上げざる負えない状況となる。

「それで。その、術というのがね。俺の寿命を分け与えるという事だった」

「分け与える? それって、つまり……」

「うん。そういう事。俺の寿命から引いた分を、双葉の寿命にプラスさせる。言ってしまえば等価交換かな?」

「そんな……等価交換だなんて……それじゃあ、類くんの寿命も……」

類の寿命を分け与えた双葉の寿命もあと僅かで途絶える。それ即ち、類の寿命もそもそも短いもので、その短い中で、半分の寿命を分け与えたと仮定すれば、同じように類の寿命もまた。そんな仮説を作り上げた穂の表情から、更に血の気が引いていく。

「うむ。安心しろ。腐ってもうぬは、生を司る神様だ。そんな簡単に、人の命を操作したりはせん。制限を設けさせてもらった。3年。最大でも、分け与えられる寿命は3年。そういう制限をな」

「3年……」

そのヨミの補足により、穂の脳にひとつ余裕が出来る。そして、そのスペースからまたひとつの疑問が浮かび上がる。

「でも、双葉ちゃんは、それから9年以上、生き続けて来てるんだよね? 」

その双葉の言葉に、類、春、太陽は顔を見合わせて頷き合う。

「えっとね。あの時、俺がはじめに、その寿命の譲渡をヨミにお願いして、その後、意識を取り戻した2人も、俺とヨミの話を聞いて同じように、3年ずつ譲渡したんだ。つまり、合わせて9年。正確には、誕生日にだから、1日は早くはなるんだけど、その日がタイムリミットなんだ」

類が2人の代表として真実を告げる。

「そ、そんな……。なんで……なんで……」

それに穂は狼狽えながら覚束ない足を支えるように、両の掌をテーブルの上に乗せ視線を落とす。

「3年……。3年……。3年?」

そうして自ら無意識に繰り返したその言葉に、何かを見出したかのように再び顔を上げる。

「ヨミさん! 3年までならいいんだよね! だったら私も! 私の寿命も! 3年、双葉ちゃんにあげる! それなら少なくとも、あと3年は生きられるんだよね! そして可能なら、3年とは言わず、1年、1ヶ月、1日ずつ。寿命をかき集める事が出来れば!」

「それは叶わぬ望みだな」

穂の道筋を見つけ光の宿った青い瞳には、ヨミの一言て再び歪みを見せる。

「どうして?」

「本来なら、寿命の譲渡というものは、人の運命(さだめ)を歪ます事だ。だから、そう簡単には、行うべきではない。今回、3人の寿命を譲渡したのも、 最大限の温情なのだ。これ以上、運命の上書きは行えぬ。運命に逆らった結果、未来がどう変貌するか、そんな見えぬ綱渡りをしなくてはいけない。そんなリスクをそう何度も負えないのだよ」

「そんな……」

穂は両の掌を強く握りしめると、歯を食いしばり肩を震わせる。

「穂……ごめん。黙っていて……ごめん」

その類の謝罪が、穂の喉の奥で留まっていた言葉を引き出すには十分だった。

「何で……何で!! 私は、双葉ちゃんが居たから、やっと自分として、生きていけると思った! あの人と同じこの目も、双葉ちゃんが居たから、みんなに出会えて、やっと好きになれた。初めて友達というものに出会えた。初めて友達と一緒に買物に行って、初めて夜遊びして、初めて夢を語って、初めての気持ちに出会って、それが……こんなのってあんまりだよ……あんまりだよ……」

矢継ぎ早に発した言葉は、同時に涙を誘って、穂の瞳からこぼれ落ちる。

「どうして……どうして……」

そう声を震わせるながら、涙はさらに勢いを増していく。

「そんなの分からないでも。俺だって」

そんな穂の言葉に太陽も募った思いを綴りはじめる。

「俺だって情けなく、時間が経つにつれ、気ばかりが焦って、平常を装うとして、変に空元気だった時もある。俺は弱いから、2人が隠してきた思いすらも、たまに口にしてた事もあった。もう今年で最後だなとか。そうやって、吐き出してないと、どうしようもなく苦しくて、辛くて、双葉を楽しませたいのに、そうしようとしてる自分が気持ち悪くて。そうやって、何度も見ないふりをしようとしてる自分も居た。結局、俺はこの9年、双葉に何もしてやれなかった。折角作ったチャンスに、何も出来なかったんだ」

太陽は、壁に背中を預けるようにして脱力すると、この9年間に思いを馳せて目を細める。

そして次に、太陽が言い終えたタイミングを見計らったように春が口を開いた。

「双葉おねぇ。図々しくもずっとそう呼び続けた。本当のお姉ちゃんだと思って。昔から。でもあの日から、心の何処かで、双葉おねぇを焼き付けるように、音として残るように、見失わないように、その名前を呼ぶようになってた。おにぃは、ああ言ったけど、私達にだって責任はある。だから、罪滅ぼしにならないと分かっていても、記憶の中で焼き付けて、離さないようにしないとって。ふふっ。それも、ヨミさんの言う通り。私は、私のために。罪悪感を拭うために、そうやって生きてきた。そんな私は、凄く、どこまでも、盛大に大嫌いだ」

春は、普段、双葉の肩に手を添えるように、いつも双葉が座っている椅子の背もたれに、そっと手を置いた。

「俺達はこうして生きてきた。それが人のエゴと言われようと、どんな結末を迎えようと、どんな想いに消化しようと、いつも自分本位に人を愛してきた。友を愛してきた。双葉を愛してきた。だから、最期の最期まで、その自分本位で、全てを愛しぬいて見せようと思うんだ。これが、僕たちの覚悟だ」

春と太陽が、思いの丈を吐き出したところで、締めくくるように類が胸を張り、濁すことなくそうはっきりと言い切る。

「分からない。わからないよ。私にはまだ分からない……みんなの強さも。双葉ちゃんの優しさも。何もかも、まだ分からないままだよ」

「少しずつ分かっていけばいいさ。俺達の記憶が続く限り、終わりじゃないんだから」

類は、受け止めきれない現実を、無理矢理でも飲み込もうとする穂にそう声をかけた。

「ああ〜。えっと。お取り込みの中、悪いのだが」

そんな張り詰めた空気の中、いつもの調子を崩さず、飄々としているヨミが、耳をピクピクと動かしながら、会話に参加する。

「外にお客さんが来ているみたいだ。お客さんというか、主役と言えばいいのだろうか」

そのヨミの言葉にヨミ以外の全員が、一斉に入り口の方へ顔を向ける。

「え………どうして?」

そして、そこにいた人物をその目に映すと、全員の言葉を代弁するかのように、類がそう呟く。

「えへへ。ちょっと、予定が変更しちゃってね。みんな居るかなと思って来ちゃった!」

そこに居たのは紛れもなく、4人にとって今1番、会いたくもあり、会いたくないその人だった。