ーー 夜見神社。

太陽と春が駆けつけた時にはもう既に類は、小さな祠の前で両膝をついて、手を合わせていた。

「類!」

太陽は、類の前方へ回り込み、祈る類の顔を覗き込む。

「お願いします……お願いします……俺のせいで……俺のせい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

まるでゲームのモブキャラのように、そう同じ言葉を何度も繰り返し、周りの声が聞こえていない様子の類。

「類……類のせいじゃない。俺達だって気付けなかったんだ。類だけのせいじゃない……」

太陽は、ゆったりと立ち上がると、類の斜め右後ろに、類と同じように両膝をついて、祈りを捧げる。

「おにぃ、太陽くん……」

春もまたその2人の熱に促されるようにして、太陽とは逆の位置に両膝をつくと、同じように祈りを捧げる。

先ほどまでの晴天は、そんな3人の心情を投影したかのように、暗雲が立ち込めはじめて、間もなくしてポツリ
ポツリと、頬を濡らす雨が降りはじめる。

夏の俄雨は、短時間とは言えども、夏の音を掻き消す程の轟音を奏でて、激しい雨となる。

その日も例外はなく、あっという間に雨足は激しさを増して、精神的な疲労を抱えた3人の心に直に叩きつけられる。

「お願い………します……」

それでも、何度も何度もそう続ける類。

パシャン!パシャン!

そんな中、自分の声すらも、辛うじて聞こえるくらいの豪雨の中でも、真後ろからハッキリと聞こえる、その水たまりを叩くような音に、類は反応し振り返る。

「春! 太陽!」

類が振り返り目にした光景は、小さく出来た水たまりの中に、身体を沈める2人の姿。

「………せい。俺の………せいで……くそ!」

類は、両手の拳を強く地面に叩きつける。泥濘んだ地面に少年の拳の跡がハッキリと刻まれ、あっという間に、小さな湖がまたひとつ出来あがる。

「ったく。大人しく寝てられないじゃないか。折角の雨音で、心地いい眠りにつけそうだったのに」

そんな時だった。地面と鼻が触れそうな距離まで頭を下げ、項垂れていた少年の耳に、豪雨の中でもハッキリと形を帯びたそんな声が届いてくる。

類は、思考を完全に停止すると、降り注げられた声の主がいるであろう方向へと恐る恐る顔を上げた。

「え?」

類が顔を上げて激しい雨の隙をぬって見た光景の中に、非現実的に神々しく宙に浮くその姿があった。

「猫?」

「猫? 何という人の子だ。眠ろうと思っていた所に、久しぶりに、熱心な祈りを捧げる人がいると思えば、何たる言い草だ。これは出てき損かのう?」

「あ、あなたは。もしかして、夜見様?」

「ん? あぁ。そうか。夜見様か。そういう呼ばれていた事さえも、もう忘れておった。随分と長い間、独りだったからのう。まぁよい。うぬの名は、ヨミだ。覚えておく良いぞ、人の子よ」

ヨミはフンッと鼻を鳴らしてふんぞり返って見せる。

「ヨミ……。お願いします! 助けて下さい!」

「唐突だなぁ。本当に人という者は、今も昔も変わらない。いつも自分達が正しいと思っている。自分本位で物事を捉え、他人のためという名の、自分のために生きている」

「お願いします! お願いします!」

そんなヨミの言葉をそのまま表すかのように、類は泥濘みに額をぶつける。

「はぁ〜。こんな小さな身体で、何とも傲慢な奴だ。まぁ良い。まぁ良いだろう。お主を見ていると、昔を思い出す。あいつを思い出す。まぁ、これも運命(さだめ)というわけか。人の子よ。話してみろ。場合によって、助けてやらん事もない」

「あ、ありがとうございます!」

類はまた一度、泥濘みに額を沈めると、経緯をかい摘んで説明をする。

「どうか! 双葉を助けて下さい!」

そして、最後に真っ直ぐにヨミを見据えてそう締めくくる。

「ふむ。どれ。ではますば、その双葉とやらの寿命を覗いてみるとしよう。話はそこからだ」

ヨミはそう言うと目を瞑る。ヨミが目を瞑ると、その瞼の裏にひとつの映像が浮かび上がる。

そこはとある病院の一室。懸命に処置を行う医師と看護師。そして、意識が途切れベッドに横たわる双葉の姿。

「ふむ。なるほど。なるほど」

ヨミはその様子を真上から浮かぶ形で見下ろし、双葉の額辺りをジッと見つめると、瞼をゆっくりと開ける。

「人の子よ。双葉というおなごの寿命を覗いてきた。はっきりと言ってしまえば、このままでは、双葉はあと十数分もすれば、逝くであろうな」

「い、い、逝く? それって……死んじゃうって事……?」

「まぁ、そういう事だな」

「そ、そんな……そんな!!」

類は強く泥濘みに、両の拳を強く叩きつける。

「俺のせいで! 俺のせいで!!」

「ったく。人はいつもそうだ。こっちの話がまだ終わっていないと言うのに、何を焦って結論づけて、やはり、自分本位のどうしようもない生き物だ」

ヨミは後ろ足で耳の付け根辺りを掻きながら、呆れたように目を細める。

「ヨミ……様……。お願いします! お願いします! もし、双葉を助けれられるのなら、俺、何でもします!」

「フッ。自分が悲しまないためか……。まぁ、それもまた人の面白いところなのかもしれぬな。よかろう。双葉を助ける術を教えてやろう」

「あ、ありがとうございます!」

轟々と降り続けていた雨は、いつの間にかすっかりその装いを隠していた。