ーーーー 「おっ! やっと来たか!」

主役の登場により、いよいよ幕が上がる誕生パーティー。 机の上には、ケーキ以外にも、ばぁばの店で買った、駄菓子や、ゼリー炭酸、ジュースが広げられている。

「わぁ!凄いね! これ、みんなが!?」

「うん。お菓子とジュースは、みんなでお小遣いを貯めて。ケーキは、いっぱいお手伝いをして俺の父ちゃんと、太陽の父ちゃんが買ってくれたんだ。それからこれもね」

類が春に目配せをすると、春は嬉しそうに頷いて、ラッピングされた袋を取り出す。

「はい! 双葉おねぇ! お誕生日、おめでとう!」

「え!? 何々!?」

双葉は春から受け取った袋を丁寧に包装を解いていくと、その中から顔を出したのは、子供の体型からすれば、大きな猫のぬいぐるみだった。

「わぁ! 猫ちゃんだ! ありがとう! 」

双葉は強くぬいぐるみを抱きしめると、嬉しそうに顔を赤らめている。

「よっし! じゃあ、早く始めよう! ケーキが腐る前に!」

そうして、そこからはあっという間の時が流れていった。ボードゲームをしたり、トランプをしたり、いつもの歌を歌ったり。

そうこうしているうちに、時刻は16時を指そうとしていた。

小学校低学年の4人の門限は、少し早目に設定されている事もありそこで、楽しいパーティーはお開きとなる。

基地からの帰り道、駐車場まで出て、公園の出入り口までの軽い坂道を登り歩く中、その悪夢は突如として降りかかった。

「いやぁ〜、楽しかったね! 双葉おねぇ……双葉おねぇ?」

太陽と類の後ろをついて歩く、春と双葉。そんな双葉の異変は、前を行く2人の耳に、春の言葉となって届いた。

身体中の力が一気に抜けるように、地球の重力に引かれるように、双葉は前方へと体を傾けていく。

「双葉おねぇ!」

コンクリートに倒れ込む間一髪の所で、小さな体で精一杯に双葉を抱えこむ春。

「双葉!」

その、正常ではない春の声に、振り向いた太陽と類。類は、倒れ込む双葉の姿を目に映すと直ぐに駆け寄り、春に代わり双葉を抱える。

双葉の意識は薄れていく感覚は、間近にいる類と春には直に伝わる。

「太陽! 救急車!!」

類がそう叫ぶような声で、瞬間の出来事に、金縛りのように固まっていた太陽の意識を現実へと返す。

「おう!」

太陽は一目散に、1番近い民家へと飛び込んでいく。

「……めんね……風邪……引いてたの……隠して……ご……めんね」

「え? 風邪? 」

弱った状態にも関わらず、自分のよりも、友人達を案じて謝罪する双葉の言葉で、類は自分の愚かさを理解する。

「そうか……だから、寝込んでいて、夏なのに布団にに……そうか……俺が……無理矢理……気づかなかった……ごめん……ごめん」

類の瞳にじわじわと涙が滲みはじめる。

「おにぃ! しっかりして! 」

春はそんな類の半袖をぎゅっと強く握りしめると、強く喉を震わせる。

「春……うん。ごめん。大丈夫。双葉はきっと大丈夫。大丈夫だから!」

それは、春に向けた言葉でもあり、類自身に向けた言葉でもあった。

「おい! 今、救急車を呼んでもらった! 後、双葉のお母さんにも連絡してもらったから、もう少しで来ると思う!」

そこへ、息を切らしながら太陽が戻ってくる。その頃には、双葉の意識もほぼ消えかかっていた。

「双葉! 大丈夫! 俺達がついてる! 大丈夫だ!」

類はそう言葉にする事で、弱気になりそうな心を、何とか強く保とうとするも、それは不格好に積み上げられた積み木のように、不安定そのものだった。

それから間もなく、類達の直ぐ隣にスピードをほぼ落とさず、急ブレーキになる程の勢いで車が横づけされる。

「双葉!!」

運転席からは、血相を変えた冴子が勢いよく飛び降りて、直ぐ様、双葉の体を抱きかかえる。

その頃には、双葉の意識は現実には繋ぎ止められていなかった。

「双葉! 双葉!」

冴子の悲痛が類の鼓膜を叩くたびに、罪悪感が音となって心臓まで流れ込んでいく。

「お、お、俺が……ごめんなさい……ごめんなさい……」

子供のみという心細さの中にようやく訪れた、大人という安心感と、そんな大人がの見たことのない乱れを肌で感じたために湧き上がる罪悪感、そこから、募った思いが涙として流れ落ちていく。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「おにぃ……」

何度も何度もそう呟く類と、そんな憔悴しきる兄に、戸惑いと、同じ罪悪感を抱いた春も瞳の奥の闇を少しずつ広げていく。

「類くん!!」

すると、そんな類の鼓膜と心臓を強く揺らすそんな声が響き渡る。その声の主は冴子だった。

「類くん! 大丈夫。信じてあげて、この子を信じてあげて。大丈夫。大丈夫だからね」

この場において1番心が穏やかなはずはない冴子が、目を赤くさせながら、優しく類に微笑みかける。

「ごめんなさい……」

類はそんな冴子の精一杯の気遣いに、目を逸らし、泣き顔を隠す事しか出来なかった。

そうこうしているうちに、遠くからサイレンの音が類たちの居る場所まで聞こえ、それと共に一抹の安堵が周囲を包んだ。

それから双葉が搬送されるまでは、そう時間は要しなかった。

それは、救急隊の出際の良さは勿論の事、それよりも双葉の容態の深刻さが、そのスピート感により一層拍車をかけたのだった。

それは、子供心にも類達3人には十分に伝わっており、野次馬だけが残された現場の中で、3人だけは心穏やかに居ることは到底できなかった。

「お、おにぃ。双葉おねぇ。大丈夫だよね?」

そんな春の震えた声が、類の頭の中で反復する。

死という概念は今の今まで、遠い存在だと認識していた類は、突如として息のかかる程の距離にまで近づいていたソレに、誘われるように視界が歪んでいく。

「死、死ぬ……? 双葉が……死ぬ? 」

死という形が、まだ不確定な未来の輪郭をなぞり、正常な思考が出来なくなっていた類の頭の中では、それが1番のリアルとして顔を覗かせる。

「夜見様……」

そんな極限の中、類の脳内にその三文字がはっきりとした形となって浮かび上がる。

「類? 大丈夫か?」

聞き取れなかったその類の言葉に、太陽は不安気に類の顔を覗き込む。

「行こう! 夜見様だ!」

「夜見様? それってあそこの神社か? それが、どうしたんだよ?」

「夜見様だよ! 聞いたことあるんだ! 夜見様は、生の神様なんだって! だから、夜見様にお願いして、双葉を助けてもらうんだ!」

類はそうはっきりと宣言すると、一目散に夜見神社へ向かい走り出していた。

「おい! 類! 待てよ!」

「おにぃ!」

子供ながらにも、神頼みという不透明さは理解していた2人は、冷静な判断の出来なくなった類を案ずる形で、その風のように小さくなっていく背中を追いかけた。