ーー 翌日。双葉のみが欠席の基地内は、何処か殺風景だった。それは、双葉の存在感のみが作用している訳でなく、妙にそわそわと穂を顔色を伺う3人の様子が、普段の陽気な雰囲気を隠してしまっているという理由もあるだろう。

穂もまた、いつもと様子の違う3人を訝しく思いながらも、持参した怪談集に視線を落としている。

前日の夜に、春も含めた3人で打ち合わせ済。あとは、話を切り出すだけなのだが、その一歩が、喉の奥で突っかえて、上手く言葉に出来ずにいる類。

「ふぅ〜。ねぇ〜、もうなんなの? さっきから何か言いたそうな顔をしてるよね?」

そんな違和感でしかない様子の類に、我慢できずに穂の方から切り出す始末だ。

「え? ま、まぁそうなんだけど。良くわかったね」

「そりゃ分かりやすいよ。明らかに様子が変だし、そうでなくても、いつも見てるからわかるよ………」

「え? ごめん。そうでなくてもの後が良く聞こえなかった」

「何でもない! それで? 言いたいことって何?」

穂は、最後の消えそうに呟いた言葉を誤魔化すように、声のボリュームをひとつあげて問を返す。

「ああ。うん」

類は、いよいよ引き返せない所まで来て、2人と顔を見合わせると、ようやっと、喉の奥で右往左往していた言葉を声にする。

「実はね。驚かないで聞いて欲しいんだけど。来月の10日はね。双葉の誕生日なんだ」

「…………。え? それだけ? 」

「ううん! もちろんそれだけじゃないよ。そのね。詳しくは後から説明するんだけど。結論から言うとね……。その日。日付が変わった瞬間。双葉の命は尽きるんだ…………」

まるで時が止まったかのような沈黙。突飛な類のその言葉に、穂の脳内には、クエスチョンマークが無数に広がり、蝉の声すらも耳に入らない。

「……。いや、は? なんの冗談? いや、冗談にしても笑えないし。急に何を言ってるの?」

「ごめん。混乱するのは分かるよ。でも、これは冗談でも、嘘でも、未来予知でもない。確実に実現する、変えようのない現実なんだ」

その類の言葉が、穂の混乱に拍車をかける。

「確実? 変えようのない現実? 本当に何を言ってるの!? ねぇ! 2人も何か言ってよ!」

穂は、春と太陽を交互に見やるも、2人は共に頷いて肯定を示している。

「は!? 本当に意味がわらかない! 最低! 最低だよ! 本人がいないからって、そんな風にさ、人の死をネタにするなんて、どうかしてるって!!」

穂は強く机に両の手の平を叩きつけると、その勢いに乗じて立ち上がる。

「穂、これはほんとの……」

「やめて!! もう、やめて!! 」

耳をつんざくようなその穂の声は、完全なる拒絶を意味していた。

「うん。そうだよね。簡単には信じられないよね……ヨミ!」

これ以上は火に油と、類は切り札を取り出す。

「やれやれ。最初から呼んでおけばいいものの」

すると基地の入り口から、さも当たり前かのように、凛とした白猫が姿を現し、ピョンと身軽に机と飛び乗る。

「はじめまして。うぬはヨミ。以後お見知りおきを」

ヨミは、穂の正面に前足を綺麗に揃え、長い尻尾をその前足に巻きつけるように腰を落ち着かせると、上品に頭を下げる。

「ね、ね、猫が……しゃ、しゃべっ……た?」

日常的に訪れたそんな非日常を前に、穂は大きく目を見開くと、声をうわずらせる。

「ふ〜ん。穂よ。お主はこういった事には、馴れていると思っていたのだが? 」

ヨミは、穂の焦りが醸す匂いを嗅ぐように、鼻をピクピクと動かしている。

「いや! そんなわけないじゃん! こういうのは、好きか嫌いかで、実際に出会ったことが無いわけだからさ! 馴れる、馴れないとか、そういう次元の話じゃなくて……話じゃ……なくて……ホ。本当なの……?」

目の前の自分の想像を超えた生き物は確かな存在だと、その会話で認識した穂は、徐々に熱を引かせていく。

「双葉の事だな? ああ。そうだな。類の小僧が言った通りだ。双葉の命は、長い歴史の中では、ほんのあと寸刻。それが現実だ」

「そ、そんな……。そんな……嘘……嘘だよ……」

穂は力なく項垂れるように椅子に腰を掛ける。

「うむ。うぬの役目はここまでかの? 」

「ああ。ありがとう。ヨミ。ここからは俺の番だ」

類は、ヨミの小さな頭を細く長い指先で軽く撫でると、ヨミは怪訝そうにするも、その手を振り払う事はしない。

類は数秒、撫でた手を止めヨミから手を離すと、項垂れ爪先へと視線を落とす穂に昔話を始めた。