ーーー 「ちょっと自販機行ってくる。ついでに何か買って来る?」

祭りの話から間もなく訪れる、春以外の4人にとっては最後の夏休みに夢を膨らませていた一行。その話にも一区切りがついた頃、類はそう言って立ち上がる。

「あ、私も一緒に行くよ。荷物持ちにもなるから」

穂はそれを待ちわびていたかのように、類に続いて立ち上がる。

「ありがとう。じゃあ、ご注文は?」

そうして、類と穂は、2人だけの初めてのお使いへと足を踏み出した。

類の斜め後ろから視線をあちらこちらに向けつつ、時折、類の背中を見つめながら、言葉を発することなく、カルガモのように付いて歩く穂。

「もうすっかり夏だね。思えば、俺らがこうして、一緒に居るようになってから、もうそんなに経っていたって事だもんね。どう? それから? 双葉とは、いい友人になれた? 」

無の空気が耐えられなかったのか、穂に気を遣ったのか、類は唐突にそう問いかける。

「うん。もちろん! 双葉さんもそうだけど、他のみんなも仲良くしてくれるし、クラスメイトだって、前よりも話しかけてくれるようになったから。お母さんとの関係も、少しずつだけど、取り戻せてる気がするし、これも全部、双葉さんが始めてくれた事だから、本当に感謝しているよ」

「そうだね。双葉って昔からああいう所あったけど、ここ数年はより、自分よりも人に優しくなったと思う。まぁ、そういう所が長所であり、魅力的でもあるんだけど、もっと、自分を大切にしていいのにって、思う時があるよ」

そう類は、思いを馳せるように小さく笑みを溢す。

そんな類の表情の変化と、少し柔らかくなった声色を見逃さなかった穂は、両の手で強く拳を握りしめると、口を開いた。

「類くんはさ。好きなの? 双葉さんのこと?」

穂の声は少し上ずってしまい、類は、考えをまとめるように、口を閉ざしてしまう。

そして再び訪れる沈黙。それは先ほどまでのものよりも、重く、張り詰めた緊張感を催すものだった。

通い慣れた道も互いに長く感じているであろう時間は、容赦なく2人に意味を突きつけている。

余計な事を言ってしまったと、この短時間で早くも後悔をする穂。しかし、それを謝罪として述べる事も、更に類に追い打ちをかけてしまいかねないという思いから、八方塞がりに後ろを歩く事しかできない。

一方の類は、急に突きつけられたその問に、複雑な感情が渦巻いて、答えらしい答えを見つけられずに、自分自身へ問答を繰り返している。

無情にもそんな時間は、止めどなく続き、2人はその空気と共に、自販機の前までたどり着いてしまった。

「えっと、太陽がコレで、春が………」

類は、注文の品を復唱しながら、ボタンを押していく。

そうして、言葉を交わすことなく、手分けしてジュースを手に取ると、引き返しはじめる。

無論、その間も虫たちの声や、木々のせせらぎのみが、現実として降り注いでいる。

「………られない」

それから暫く歩いて、基地までおよそ100メートル程の距離まで辿った頃、蝉の声に負けそうな声で類は呟く。

「え?」

もちろん、穂の耳にはその言葉は届かない。

「………答えられない」

すると今度は、蝉の声を打ち消し、しっかりと穂に届く声量で言葉にする類。

「答えられない?」

「うん。さっきの答え。好きとか、嫌いとか、もうそう言う話じゃないというか。今は、そう言う事しかできないんだ。ごめん」

「う、ううん! 謝らなくていいんだよ! 類くんは何も悪くないんだから。こちらこそごめんね! 急に変なこと言い出して!」

「うん。ありがとう」

やっと導き出された類の答えに、穂はきゅっと唇を噛みしめる。

「さぁ、もうすぐだ。飲み物が温まらないうちに帰らないと!」

そうこうしているうちに、視界に捉えられる距離まで来ていた類は、少し歩くスピードをあげた。

「もう。好きって言ってるようなもんじゃん………」

穂は、類と少し距離が出来た所で、類に聞こえぬように、そう小さく呟き、目を伏せた。

ーーー 1週間後。

「というわけで、明日は家族で買い物の予定だから、私はこれないと思うから!」

いつも通り基地内に集まっていた一行。双葉は、明日の予定を皆に伝え、欠席の意を示していた。

「そうなんだ。それは楽しんで来たほうがいいね」

類は何処か寂しげな目をして微笑む。

「家族でお出かけかぁ。私はそういうの、暫く無いから。家族と言っても、お母さんだけだけど、いつも忙しそうだし」

穂もまた、類とは違う理由で寂しげに微笑んだ。

「お母さんとの関係は? その後どう?」

そんな穂の言葉を深く読み取った双葉は、そう問いかける。

「あ、うん。大丈夫だよ! 最近は、よく出かけてどこに行ってるの?とか、実は、お泊り会の時、家を抜け出したのがバレてたみたいで、少し叱られたりして、私には全く関心がないと思ってたから、そういうのが凄く嬉しく感じるくらいには、良好だよ」

そう霞のない笑みを浮かべた穂に、双葉はホッとしたように笑みを返す。

「そうなんだ! それなら良かったよ! 本当に! あ、でも、また何かで叱られたりしたら、陽くんのせいにしていいからね!」

「何でだよ!」

急にとばっちりを食らった太陽は、漫画本を勢いよく畳んで顔を上げる。

「だって、こういうイベントの言い出しっぺって、殆どが陽くんじゃん? つまりそういう事」

「いや、確かに、言い出したのは俺かもしれないけど、意気揚々と乗って来てるのは、君たち自身だよね? それをあたかも俺だけが悪いというのは、少々、強引が過ぎるのでは? 俺が不憫で可哀想! 思いませんこと? 類さん」

太陽は正論を並べると、小芝居をしながら、隣の親友へとパスを渡す。

「不憫ねぇ〜。ほら、良く居るじゃん! 漫画とかアニメとかにも、主人公の親友で、行動力は人一倍あるけれど、結果として、どうしても引き立て役になってしまうキャラ? そんでとても憎めなくて、実は、物事を一番良く理解して、物語に展開を加える事のできる、縁の下の力持ち!みたいな? 読者からは意外と人気? みたいな。そんな感じなんだろ。知らんけど」

「わぁ、驚くほど的確で、貶していると見せかけて、褒める所は褒める。こっちからはもう何も言えないじゃないか。まぁでも。うん。ありがとう親友よ。この場合、主人公は君だ!」

そう太陽は暑苦しく類の肩に手を回す。

「いや、俺が主人公っていう柄ではないな。うん。この話は無しって事で」

「そう自分を卑下するなって。ところで親友、連れションにでも行かないか?」

そんな太陽を面倒くさそうに目で牽制する類。しかし、太陽はニカッと微笑みながら、真っ直ぐにその目を見据えて小さく頷く。

「はぁ〜、分かったよ、親友」

そうして類は重い腰をあげて、太陽と共に基地の外へと足を踏み出した。