ーーー 7月上旬。基地の辺り一帯は木々ばかりという事もあり、蝉の声がより一層忙しなく鳴り響いている。基地内では、いくつかの蚊取り線香を焚いて、夏の風物詩である虫刺されを防いでいた。

日光が入りにくいとはいえ、夏の暑さはいよいよ本格的になり始めている中、基地内では電気が通っていないため、電池式扇風機や、団扇、風鈴を用いり、暑さを凌ぐ日々が続いている。

夏休みまであと2週間を切った土曜日。太陽は、持参したサマーベッドに横になり、イヤホン越しに怪談を聞きながら、漫画を捲り、類と穂は、穂の私物である、心霊スポット特集の雑誌や、ホラー映画特集の雑誌に目を通し、双葉と春は、夏の特集の組まれたファッション誌、レジャー誌を読み更けて、各々が納涼のために尽力をしていた。

「ねぇ! ここ、あそこだよね!? あの、少し行った所の、橋の先の廃ホテル! 私、何回か目の前通ってるけど、いい雰囲気だよね〜」

穂は両面に記載された、上里町、唯一の心霊スポットである、廃ホテルの記事を机に広げる。

「ああ、ここね。俺も中は入った事ないけど、というより、柵もあるし、手入れが一切されてないから、木々も生い茂って入れないし、外からしか眺めた事なかったけど、そそる不気味さはあるよね」

類と穂は、頭が触れ合いそうな距離で同じ雑誌に目を通す。

「そもそも、そういうのって、不法侵入になるんだよね? そんな罪を犯してまで、忍び込もうっていう気持ちになる事がもう、私は軽く恐怖なんだけど……」

到底、思考回路の及ばぬその感覚に、双葉は顔をしかめる。

「まぁ。確かに、いくら廃墟とはいえ、グレーなのは確かだよね。崩落の危険だって無いわけじゃないし、それでも、心をくすぐる好奇心に勝るものはないよね。勿論、管理人や、管理会社に許可を取ってからね」

類は、ホテルの外装写真と、その場に宿る曰くに目を通しながら、冷静なレクチャーをする。

「いや。遊び半分に行くと、本当に危険だと思うよ。ルイルイ、将来、早死にしちゃうよ」

そう双葉が言い終えた途端、類の背後から、カチャンと軽くも大きな音が響き渡る。

類は、何事かと慌てて振り返ると、そこには、サマーベッドの腰から下の部分の足が、上手くロック出来ていなかったのか崩れてしまい、驚きで唖然としている太陽の姿があった。

「何やってんの? 大丈夫?」

類は、そのかっこの悪い姿を披露している太陽を嘲るように口角を上げる。

「いや、びっくりして急に体を動かしたら、そのせいでいきなり崩れて、そんなはず無いのに一瞬、逝ったと思ったわ」

「そうか。そんなに怖い話でもあった? 怪談でそこまで驚くなら、余程のジャンプスケアがあったんだね。まぁ、お疲れ」

「いや、怪談というか。まぁ、とにかくテンパっちまってよ。まぁ、うん。気にすんな!」

太陽は、サマーベッドを立て直すために立ち上がると、嘲りながらも、心配をしてくれた類の肩をポンポンと2度叩く。

「まぁ、あれだね。さっきの話の続きになるけど、もし、そこで何かが原因で、命を落としたとしても、そこで新たな怪異として、今度はそちら側に回れると思えば、まぁ、悪くないかもね」

「本当にこの心霊マニアは……」

少しの間の空いた後の類の返答に、呆れたようすの双葉は更に続ける。

「でも。そうか。それだったら、寂しくないかもね」

そんな双葉の言葉を最後に、基地内には無言の空気が流れ始める。

それはいつもの、幼馴染ならではの、心地良いものではなく、誰もが含みを込めたような無言だという事は、まだ、数ヶ月の間柄とはいえ、毎日のように時を共にしてきた穂にも伝わる。

「あ、え、えっと………そ、そうだ! お祭り! 毎年、この公園でやってるでしょ? 小さい頃は、何度か来た事があったけど、暫くはこれて無いんだよね。みんなは、家が近いから、行ったり来たり出来るわけでしょ?なんかいいな〜」

その空気を崩すように、穂は率先して話題の逸らしにかかる。

「ああ。俺達は毎年来てるよ。俺と春の場合は特に、家が公園のすぐ近くだからさ、催しの音とか、家にいても聞こえるから、家にいてもお祭り気分だし、ちょっとうるさいくらいでね。そこから逃げるように、此処に来るんだ」

「え? お祭りの日もここに?」

「うん。結局ね。でも、いつもと違うのはね、屋台がある事。みんなで手分けして、色んな食べ物を買ってきて、ここで食べるんだ。どう? 悪くないでしょ? 」

「それは悪くないってもんじゃないよ! 寧ろ、魅力的過ぎるよそれ!」

穂は、目をキラキラと輝かせて、まだ見ぬ数週間先の光景を描いている。

「でもね。ひとつ難点としては、浴衣は着れないって事かな」

双葉はそう肩を竦める。

「え? 2人とも浴衣、着ないの?」

「ううん。穂先輩。着ないんじゃないんです。着れないんですよ。ここまで来て分かりましたよね? 夏になると特に、ここまでの道は険しくなるって。浴衣じゃ身動きが取れないのと、汚れちゃうという事、下駄じゃあの道は厳しい事。まぁそもそも、このお祭りに、浴衣で来る人の方が少ないですから」

「なるほど」

春の納得の解答に、穂はそう言葉を返すのみに留まる。

「あともう一つ、少し残念な事もあるよな〜」

するとそこへイヤホンを外して、サマーベッドから類の隣のパイプ椅子に移動しながら、太陽が会話に加わる。

「残念な事?」

「ああ。ほら、祭りの最後にさ、打ち上げ花火があがるだろ? ご覧の通り、ここは木々に囲まれていて、拓けた場所もあるにはあるが、花火を観るとなると、ちっと立地が悪いわけ。本当は、ここで人波から離れて見上げるのがいいんだけど、こればかりはな。そこが残念というか、惜しい所だな〜ってさ」

「それも、なるほど」

穂は再びその言葉を口にすると、改めて4人と自分の過ごしてきた時間の違いに、寂しさを覚える。

「まぁ、駐車場にちょこっと出れば見れるし、みんなは広場辺りに集まるから、意外と空いた場所で楽しめはするけどね」

その穂の表情の変化を誤解した類は、そうすかさずフォローを入れる。

「まぁ、何にせよ。夏休みの課題が出るわけでしょ? その勉強会も含めての、まあ、有意義な時間かな? ほら、祭りというスパイスも相まって、課題の効率も良くなったりするからね!」

双葉も類に続いてメリットを上げて、気持ちを高める。

「うん! 夏休みも楽しくなりそう! こんなに、夏休みが楽しみなのは、初めてだよ!」

穂は、サイダーの泡のように浮き立つ感情を抑えきれないように、一足早い満面の花火を浮かべた。