ーーー 学校の話、趣味の話、クラスメイト恋路の話など、学生らしい他愛のない話をお供に、あっという間に時間は流れていく。

「ねぇねぇ。そういえば、今更なんだけどさ」

時刻は0時半。会話に一段落ついた所で、双葉がそう切り出す。

「みのりん。その大きなリュックには、何が入っているの?」

双葉はスティック状のポテトスナックを咥えながら、興味深そうに、穂の隣にドサッと居座るリュックを見やる。

「え? 別に変わったものは無いと思うけど……」

そう言いながら、穂はリュックのチャックを開けて、とあるぬいぐるみを取り出す。

「ふぇ!!」

そのぬいぐるみを見た途端、双葉は小さな情けない悲鳴をあげる。

目は赤く充血しており、耳まで釣り上がる口角、乱れた紙と、肌には所々、赤黒い血が飛び散っている。

「あ、それって! キャサリン人形? 凄い! 完成度高いねー」

双葉と穂にも引けを取らない程の映画好きである類は、まじまじと穂の手に抱かれたキャサリン人形を見ている。

「え? 類くん? キャサリン好きなの?」

「うん! 俺はね、勿論オールジャンル行けるけど、特に、ホラー映画が好きでね。キャサリンはその中でも、トップクラスに好きな映画だよ」

「え!? 本当に!?」

類との思いも寄らない共通点に、舞い上がったようにキャサリン人形をぎゅっと抱きしめる穂。

「本当なんだよ! ルイルイはね! 部屋にびっしりと、ホラー映画のDVDをコレクションしててね、ホットトイズもいっぱいあるし、フライヤーとかポスターもいっぱいあるしで、ちょっとしたお化け屋敷状態なんだよ〜」

一方でホラー映画の苦手な双葉は、眉間に皺を寄せながら、嫌悪感を露わにしている。

「そうなんだ〜。いいな〜、行ってみたい!!…………あっ! いや、同じホラー映画好きとして、見てみたいなぁ〜と思って!」

勢いのまま口にしてしまった言葉に、含みのない事を慌てて弁解をする穂。

「ん? うん。勿論いいよ」

しかし、その意図を汲み取る事の出来なかった類は、少し頭上にクエスチョンマークを浮かべる。

「それで、穂先輩! ぬいぐるみ以外には、何を持ってきているんですか?」

双葉の隣に座る春は、ホラー映画という苦手な話の種と、もう一つの理由から、少し機嫌を斜めにした双葉を気遣うようにして、話を逸らす。

「え? あとはね〜」

穂は促されるまま、机の上に私物を広げていく。そのひとつひとつが机の上に置かれる度に、双葉の顔色もどんどん青ざめていく。

「怪談集でしょ、日本の心霊スポット特集に、都市伝説集、廃墟の写真集、映画雑誌!」

「ちょっと待って! 何で! 何でそういう系統ばかりなの!?」

双葉は安心感を求めて隣の春を抱き寄せる。春もまた、それに満更でも無さそうに双葉の背中に手を回す。

「ん? 別に廃墟の写真集は、そっち系統じゃないだろ?」

太陽は、類との距離をぐいっと詰めると、机の上に置かれた、廃墟写真集を手に取り、ぺらぺらとページを捲り始める。

「いや! ホラー苦手勢からしたら、廃墟というものは、正に! なのよ!てか! みのりんもそのつもりで買ったんでしょ!?」

「ううん。ごめんね。これは単純に、廃墟を見るのが好きだから」

「マジで………怖いよ。私、この平然とした人達怖いよ!」

双葉は、春を抱きしめる力を強め、春は双葉の頭に手を置くと、優しく撫で始める。

「どう? 類?」

その様子を写真集と交互に眺めていた太陽が、主語のない問を類に投げかける。

「どうって何が?」

「やだなぁ〜、わかってる癖に〜」

「あのな。幼馴染はともかく、妹とのそういうシーンは、びっくりするくらい、何も感じないぞ」

「ふ〜ん。幼馴染はともかくね」

「本当に揚げ足を取るのがうまいやつだな」

「ありがとう」

「・・・」

「褒めてねぇよ! って言えよ!」

小気味よいそんな会話を繰り広げる男性陣、少し妖しげな雰囲気を醸し出している双葉と春。その間でまごまごとする穂という構図が完成する。

「そういえば!」

すると急に太陽はそんな大声をあげて、写真集をたたむ。

「何だよ、この距離でそんな大声出すなよ」と怪訝そうな類を尻目に、太陽は続ける。

「この公園にまつわる噂知ってる?」

「おい! 待てこら! 陽くん? 急に何の話!? 」

少しトーンを落とした太陽の声色に、嫌な予感を滲ませる双葉。

「ほら、来る時に見ただろ? 駐車場のすぐ近くの公衆トイレ。あそこは、夜になっても施錠しないから、使い放題なんだけどさ。ある日。夜中の2時に、そこへ足を踏み入れた女の子が居たんだ。用を済ませて、手を洗おうとした時、チカッ!チカッ!っと電気が点滅し始めて、怖くなった女の子は、早くトイレから出ようと、水を止めて顔を上げたんだ。すると、顔を上げた先の鏡に、青白く血まみれの女の人が、すぐ顔の近くに居て、鏡越しに目があったんだって。慌てて女の子が隣を見るもそこには誰も居なくて。女の子は急いでトイレを後にしたんだけど、その去り際耳元で、苦しそうな女性の声で、助けて〜って聞こえたとかなんとかって」

太陽はとっておきの怪談を披露すると、得意気に片方の口角をニヤリと上げる。

「凄い! 凄いね!」と1人興奮気味な穂。

「だろ! まぁ、折角、目と鼻の先に噂の根源があるわけだから。どう? いっちょ行ってみね?」

太陽の提案に、そう来ると思ったとばかりに肩を竦める類。

「はぁ!? ちょっと! 馬鹿じゃないの? いや、救いようがない馬鹿だよ!」

案の定、双葉は断固拒否のスタンスを取る。

「いやさ、こうなったら何が何でも調べてみたいじゃん? それに、俺達は昔からここでこうして、夜も逢瀬を重ねてるのに、そんな心霊的な現象に、一度たりとも遭遇した事がないときてる。つまり、今更、恐れることなんてないって訳よ」

太陽は自信あり気に持論を展開する。

「まぁ、場所の相違はあるとはしても、この距離感で、何もそういう事がないという事は、まぁ、そういう事なんだろうね」

ホラー好きな類もまた、太陽の提案には乗り気の姿勢を示す。

「はい! 私も行きたい!」と綺麗な挙手を披露する穂もそこへ加わる。

「ちょっと! 何でそんなに乗り気!? は、はるるんは、大丈夫だよね? ね?」

「ご、ごめんね。双葉ねぇ。私もあの兄を持っているから、その、興味がないといったら嘘になっちゃう」

「はるるん!?」

いよいよ味方の居なくなった双葉は、あたふたと思考を巡らせる。

「待って! みんな行くって事は、私はここで1人で留守番ってこと!?」

その双葉の言葉に4人は顔を見合わせて同時に頷く。

「まぁ、俺はこの2人みたいに、ホラー映画に詳しくはないけど、こういう時って、1人になった奴が……ってのが、相場だよな?」

その太陽の言葉にまた、類、春、穂の3人は顔を見合わせて頷く。

「はぁ!? 何それ! もう、私も行くしかないって事じゃん!? 意味わからないんだけど!」

そして再三。4人は顔を見合わせ頷く。

「ありえないってーー!!」

基地内にそんな双葉の心からの喚きが木霊した。