僕はあの夏、不思議なお姉さんと出会った。
そのお姉さんとは、言葉は交わさずテレパシーで通じ合った。
高校二年の夏、僕こと浅尾涼太《あさおりょうた》は夏休み明けの水泳全国大会に向けた夏の合宿で特訓するはずだった。
しかし、夏休みが始まる一週間前にある病気にかかった。
病院で診てもらった結果、早くても完治に数ヶ月かかることがわかった。僕の両親はその事を、すぐに部活の顧問の先生に伝えると、部活に来た時に顧問から合宿と大会のメンバーから外すことを伝えられた。
僕は一年生の頃から全国大会に出る事を目指して、ずっと練習を続けたのに病気なんかでその目標が砕かれた。
大会と合宿に出ないことになったため、部活はずっと休みになった。部活がないまま、ただ夏休みを迎えることになった。
本来の夏休みの予定が崩れたことによって、病気の療養も兼ねて両親が母方の祖母が住む田舎町に行く事を提案してくれた。
最初は乗る気じゃなかったけど、このまま何もしない訳にもいかず、一応運動部に所属している以上体を動かすため行くことにした。
夏休みが始まって一週間後に僕は祖母の住む田舎町に電車で向かった。
家を朝の六時前に出た。さすがにこんな早く家を出るのは病気を患っているこの体ではとてもきつかった。電車を四、五回ほど乗り換えてお昼過ぎに祖母が住む町の最寄駅についた。
駅には祖母が迎えにきてくれた。そして、三、四十分ほど歩いてようやく祖母の家に着いた。家に着いた途端に疲労で畳に寝転んだ。普通の状態ならともかく、この体じゃめちゃくちゃきつい。
この日は夕食を食べる時以外はずっと寝ていた。
田舎について初めての朝を迎えた。いつも朝は走ることを習慣にしているが、走ることはできないため歩くことにした。
まる緑の葉のトンネルのような下り坂を歩き、降りた先には緑の草原に囲まれた大きな川が見えてきた。
夏休み前に医者に軽く運動する時でも適度に休憩を取ることを言われたのを思い出した。休憩しようにも近くに日陰があるベンチがなかった。辺りを見回すと河川敷に橋で日陰になっているところを見つけた。そこで休憩することにした。
河川敷の日陰のところに腰を下ろし、ウエストバックからスポーツドリンクを取り出して飲んだ。軽くとはいえ、朝起きて体を動かすことは気持ちいい。きっと、今頃水泳部のみんなは合宿に向けて練習メニューを組んだり準備をしているのだろう。合宿の期間は僕のこの旅行の期間とちょうど被っている。
僕にとってこれが代わりの合宿になるかと思い、心細くなった。みんなで新幹線に乗って行き、昼間は練習して、夜にはバーベキューをするはずだった。それが、病気のせいでそうはできなくなった。
バックの中を見ると一冊の本があった。途中で休憩する時に読むつもりで入れた本だ。そういえばこの本は、出発の前に近所の本屋さんで電車の中で読むつもりで買った本であることを思い出した。結局は昨日の朝は忙しくて読む暇がなかった。この際読もう。
僕はページをめくり読んだ。
読書をはじめて十、二十分が経つ頃、近くで自転車のブレーキ音が響いた。音のする方を振り返ると大学生くらいのお姉さんがいた。その人は僕がいる日陰の方に来て、少し離れたところに座り込んだ。地元の人かな。
白いシャツ、黄色いスカート、ショートヘアー、スマートな感じまさによく街中で見かける女子大生っていう感じだ。
お姉さんの方を見てると、僕に気づいたのかニコッとほほ笑んだ。僕は軽くお辞儀をした。
田舎ならではの風の気持ちよさと川のせせらぎ、橋の下という秘密基地みたいなワクワク感。田舎に滞在している間は、ここに通うのもいいかな。
(あの子、見かけない子だ)
どこからか女の人らしき声が聞こえた。
あれっと周囲をキョロキョロした。しかし、この場には僕とお姉さんしかいない。お姉さんが喋っている様子はなかった。
(どこからだろう、声がしたのは)
そう思いながら辺りを見ているとまた女の人の声が聞こえた。
(あなた、私の声が聞こえるの?)
まただ。一体どこから声がするのだ。誰だ、僕に話しかけているのは。
(こっち、こっちだよ)
また声が聞こえた。辺りを見ると、あのお姉さんは僕の方をじっと見つめている。
(まさか・・・・・・)
お姉さんを見ていると、まるで僕に無言で何かを伝えているような雰囲気が漂った。まさか、このお姉さんが僕に話しかけているのか。
(そうよ)
また声がした。お姉さんは笑みを浮かべた。
(不思議、あなた私の声が聞こえるのね)
間違えない。このお姉さんの声だ。もしかして、これってテレパシー。直接言葉を言ってないのに相手の声が聞こえる超能力。昔、テレビで聞いたことがある。
「あのっ、僕に話しかけてるんですか?」
直球に聞いてみた。けど、お姉さんは僕の言葉に対して何も返事しない。
(ごめんなさい。実は私、声を発することができないの)
「えっ・・・・・・」
じゃあこの会話はテレパシーで成り立っているのか。そう思うととても不思議な感じがしてきた。しかし、お姉さんが喋らないとなると僕からはなんて伝えればいいか分からなくなった。
(言葉で直接言わなくても、心で思っていれば伝わるよ)
お姉さんがテレパシーで話しかけた。
「えっと・・・・・・」
僕は状況が飲み込めないままとりあえず自己紹介してみようと思った。
(はじめまして、僕浅尾涼太といいます)
言葉は言わなくていいと言われたから何も言わずそう思った。
(ふふつ、はじめまして私は風真夏颯《かざまなつは》よろしくね)
夏颯さんは優しく微笑んだ。
(涼太君は、この町の子?)
彼女が質問した時、僕はつい直接言葉で答えようとしたが、彼女が話せないことに気づき、テレパシーで返事をしてみることにした。
(いいえ、都内から来ました。夏休みなのでおばあちゃんの家に遊びに来ました)
テレパシーでも直接言うのでも、伝えようとする内容は一緒だからいいと思ったが、彼女がテレパシーで話しているのならそれに合わせてみることにした。
(夏颯さんは?)
今度は僕から質問してみた。
(私は実家がこの町でね、今は大学が夏休みだから帰ってきたんだ)
夏颯さんは地元の人であることがわかった。ここに足を運んだのも地元の人ならではのお気に入りスポットだからなのかな。
(どのくらいいるの?)
(二週間です)
少し離れた位置から僕のすぐ隣まで来た。
(私と一緒だ)
彼女も僕と滞在期間が同じであることにドキッと胸がざわめいた。まるで、運命を感じるかのような。
僕は急に恥ずかしさを感じた。田舎町で初めて会う年上の女の人とこうやって不思議な会話をしていることにドキドキした。
気を紛らわせるためにバックからスマホを取り出して見ると時計は七時を過ぎていた。きっともう祖母が起きて朝食を用意している頃の時間だ。そろそろ帰らなきゃと思いバッグにスマホと本をしまう。
(夏颯さん、ごめんなさい。もうおばあちゃんが朝ごはんの支度をしている頃だからそろそろ帰らないと)
夏颯さんにテレパシーで伝えた。
(あっ本当、なんか引き止めてごめんね)
彼女は申し訳なさそうな表情をした。
(いいえ、昨日この町に着いたばかりで知り合いもいないのでこうやってお話できて嬉しかったです)
僕は笑ってテレパシーを伝えた。
(ねっ、もしよかったらここにいる間会わない?)
思わぬ言葉にえっと言葉が漏れた。
(私も地元とはいえ、こうやってテレパシーで話せる人がいないんだ。だから、涼太君が話し相手になってくれたら嬉しいな)
(僕でよければ・・・・・・)
年上の女の人にああ言われたのでは恥ずかしくなり目を合わせることができず、目を逸らした。
(そ、それじゃあ)
僕は彼女に手を振り祖母の家に戻った。後ろをちらっと見ると彼女は笑顔で手を振っていた。それを見ると一度彼女の方を振り返り手を振り返した。
(またね)
この距離でもテレパシーは通じるのかと思いながら後にした。
来た道を戻っている時、携帯で連絡を取れることに気がついた。
一瞬戻ろうかと思ったが、気づいた頃にはもうだいぶ進んでいたから戻るのをやめた。テレパシーって携帯の電波みたいに通じる範囲があるのかと思いながら戻った。
祖母の家に戻ると、おかえりと出迎えてくれた。僕が戻った頃にはもう朝ごはんはできていた。
「いただきます」
祖母が作った朝ごはんを食べながら夏颯さんのことを考えた。彼女はどうして言葉を発することができないのか、どうして彼女はテレパシーができるのか。
そして何より、自分もどうしてテレパシーで話すことができるか疑問に思った。
朝食を食べ終えると、携帯でテレパシーについて調べてみた。すると、超能力についてのサイトにたどり着いた。テレパシーとは相手の心の中身が、言葉や表情、仕草によらずに他の人の心に伝達される超能力の一種と書かれていた。
ということは、夏颯さんは超能力者なのか。とすると、夏颯さんとテレパシーで話すことができる自分も超能力者なのか自分を疑った。
僕は普段、家や学校で家族や友達とかと話すことが多いけど、相手が何を考えているか、何を思っているかなんて何にもせずとも感じたことなんて一度もない。
今だって祖母と会話しているときだって、祖母の心が読めるわけではない。僕は、そして夏颯さんはいつからテレパシーが使えるようになったのだろうか。明日、またあの場所に行って聞いてみることにした。
とりあえず今の僕は病人で、療養のために来たわけだから今日一日寝て過ごした。
アラームが聞こえ目を覚ますと時計は朝の六時前だった。昨日と同じようにウエストバックを付けて祖母の家を出た。
早く会ってみたい一心で走った。けど、持病がらあるから長くは走ることはできなかった。疲れを感じ、途中で止まり息切れをした。医者に言われたことを思い出した。今は激しい運動を控えるようにと。
その言葉を思い出し、少しでも早く水泳に復帰するためにも医者の言う通り、激しい運動は控え軽めの運動をしようと思い、ゆっくり歩いて行くことにした。
ゆっくり歩き出してから十分ほど経つと、あの河川敷が見えてきた。橋の下の日陰の方に行くと彼女の姿はなかった。僕が早く来すぎたのかな。
そう思い、昨日と同じくバックから本を取り出して読んでいた。
(おはよう)
彼女の声だ。辺りを見ると夏颯さんが日向の方にいるのが見えた。
夏颯さんは手を振りながらこっちに近づいた。
(今日も一番乗りだね)
(おはようございます)
テレパシーで挨拶を返した。昨日聞けなかったことを聞いてみた。
(あのっ、夏颯さんはいつからテレパシーが使えるんですか?)
僕の質問に夏颯さんは驚きの表情をした。人差し指を顎に付けて考え出した。
(うーん、そうだな。一年くらい前からかな?)
そんな前から。
(どうしてできるようになったんですか?)
顔を下に向き少し暗い表情になった。
(実は私、ある出来事のショックで言葉が話せなくなってね、それからなの。テレパシーで他の人の心の声が聞こえるようになったのは)
一年くらい前というと去年。彼女に何があったのだろうか。
(涼太君はいつから?)
僕の方を向き、自分も何か言わなくちゃと慌てて考えた。
(ここに来てからです。はじめてあなたと会った時、あなたの声が聞こえたんです。)
(もしかして、無理してテレパシーで話そうとしてない?いいのよ、普通に喋っても。私が言うことはテレパシーでわかるでしょ)
僕に気を遣ってくれたのかそう言ってくれた。正直、直接言葉で言うのと、テレパシーで話すのを区別するのは難しい。近くに僕ら以外の人がいるわけではないから僕は普通に話してみることにした。
「あの、聞いてもいいですか?何があったんですか?」
思い切って聞いてみた。
(去年ね、通っている大学で海外に留学することが決まったんだ。けど、留学を前に事故にあって大怪我をしてね、今はもう大丈なんだけど、その影響で留学が取り消しになっちゃって・・・・・・それからなの、言葉を発することができなくなったのは)
話をまとめると、彼女にはきっと留学を通して叶えたい夢があったのだろう。けど、不慮な出来事で挫折してそのショックで言葉を失ったってことなのかな。なんか、自分と似てる気がした。
「なんか、僕と似てるな。実は僕、今年の夏は水泳の全国大会に出るため合宿に行くはずだったんです。でも、夏休み前に病気にかかちゃって、大会と合宿のメンバーが外されてしまったんです。この町に来たのも病気療養のためで・・・・・・」
同じ境遇だからか話すことに抵抗はなかったが、彼女はそれをどう受け取るのかわからず、失礼な言い方になってないか不安になってきた。
(そっか、あなたも挫折したんだ)
夏颯さんも僕の状況を理解したことがわかった。
もしかしたらお互い、挫折をしてその代償としてこのテレパシー能力を得たのかと考えた。反対に、夏颯さんは言葉を、僕は泳ぐ能力を失ったことになる。
(涼太君は、また泳げるようになるの?)
わかりませんと即座に言葉で答えた。
正直、今年の大会は諦めるとして年内に病気が治ってまたら泳げるようになれるのかもわからない。そもそも病気自体治るのかもわからない。さらに、病気で失ったのは目標だけではない。仲間もだ。
病気のことを話して休むようになってからは、同じ部活の人とは話していない。学校内ですれ違ってもよっと軽い挨拶して通り過ぎるだけ。放課後にプールを覗くともうみんなは、僕のことは忘れてそれぞれの目標に向かって動いているのがわかった。
少しでも目標に、あの場所に、みんなのところに戻れるためにも両親の病気療養の提案を受け入れたり、ここにいる間は軽くでも運動することを心掛けたいと思った。
僕は病気だけど、夏颯さんは怪我。怪我が落ち着いたのなら、言葉を発せないのは治せるのかな。
(ねぇ、涼太君はこの町によく来るの?)
(いえ、数年に一度くらい・・・・・・)
今思えば祖母が住むこの町に来るのは数年ぶりだ。最後に来たのは中学一年生のお盆の頃だっただろうか。
(せっかくこの町に来たから、ここにいる間は水泳のことは忘れようよ)
彼女は笑顔でテレパシーで伝えてきた。
お互い暗い話をしたのにどうして急に前向きになったんだろう。
(数年ぶりってことはこの町のことあまり知らないでしょ。私が色々と案内してあげる)
彼女の急な明るい振る舞いに動揺した。話の流れで「よろしくお願いします」っと言葉が出てしまった。
それから僕と夏颯さんはこの町にいる間は、お互いの家で食事をしたり、夏颯さんのお気に入りの場所やお店に行ったりと過ごした。お店で注文する時は、喋ることのできない彼女に代わって僕が注文した。
なんかまるで恋人同士みたいな感じがした。初めて会った時は年上の女の人と話すことに緊張があったけど、それもだんだんほぐれていった。
とある小さな喫茶店でお茶をしている時、普段はどうやって他の人とコミュニケーションを取っているのか気になった。僕とはテレパシーで話すことができるけど、他の人はそうはいかないはずだ。思い切って聞いてみた。
「夏颯さんは普段他の人にどうやって言いたいことを言うんですか?」
夏颯さんは、持っていたコーヒーカップを皿に置いた。
(スマホのメモや筆談でだよ。親や友達は私が言葉を発せないのは理解してくれてるから案外通じるんだ)
それを聞いた時、なぜか自分ごとかのように安心感を感じた。僕自身も、病気が発覚してから内心で思っていることを親や顧問の先生、同級生にも打ち明けられない。けど、夏颯さんはそうではないことに安心した。
(そういえば、涼太君は地元戻ったらどうするの?)
「僕は、とりあえず病気を少しでも治すために治療を受けて、適度に運動して水泳に復帰できるようにしたいです」
ここのところ約二週間、夏颯さんと過ごしていくうちに病気と部活に対する不安が和らいできた。だから、躊躇なく答えることができた。
(そう、それはとてもいいことだね)
「夏颯さんは、どうするんですか?」
彼女は下を向いて唇を動かした。
(わからない。また話すことができるか分からないし、これからどうしたいのかもわからない)
とても失礼な聞いたと感じ、申し訳なくなった。
「ごめんなさい、失礼なことを聞いて・・・・・・」
(いいのよ、気にしないで)
急に表情を明るくした。
(そうだ、涼太君はそろそろ帰る頃でしょ?)
僕は明後日、地元に帰ることになっている。
「はい」
(私ももうすぐ戻らなきゃいけないんだ。そうだ、明日の夜にこの町の神社でお祭りがやるの。それ一緒に行こうよ!)
そういえば、今朝祖母からそんな話を聞いたのを思い出した。僕はこの町に知り合いはいなく、一緒に行く人はいないから興味がなかった。けど、今はこうやって話せる人がいるから一緒に行きたいと思った。
「はい!僕でよければ喜んで」
夏颯さんは両手を合わせて笑みを浮かべた。
(じゃあ明日、夕方の六時に神社の鳥居のところで待ち合わせね!)
女の人との待ち合わせにドキッとした。今まで学校でも女子とどこかに出かけるなんてことはなかったら胸がドキドキした。
会計を済ませると、喫茶店の前で解散した。
この町で過ごす最後の夜の思い出作りにもってこいだった。
次の日、祭り当日の夜がやってきた。僕は待ち合わせ時間の十分前に来た。お祭りの舞台となっている神社は多くの人たちで賑わっていた。きっと地元の人たちだけではないようだった。夏颯さんと同じく里帰りで来た人や観光客だろう。小さな田舎町のお祭りなのにたくさんの人が来ていることに驚いた。
そんなことを考えていると(お待たせ)と声が聞こえた。目の前を見ると、薄いピンクの花柄の浴衣を着た夏颯さんがいた。いつも見ていた私服姿とは違う姿に見惚れた。
(涼太君・・・・・・?)
「あっ、」
僕はぼーっとしていたことに気がついた。
「じゃあ、行きましょう」
二人で鳥居をくぐった。神社敷地内には焼きそば、たこ焼き、ベビーカステラ、かき氷、唐揚げなどたくさんの屋台が並んでいた。僕は彼女が食べたい物をテレパシーで確認して買った。こうやって誰かと一緒にお祭りで屋台の食べ物を食べるなんていつぶりなのだろうか。とても美味しい。この町に来てよかったと思った。
そんな時、アナウンスが聞こえた。
「皆さん、お待たせしました!これより花火を打ち上げます」
これは打ち上げ花火のアナウンスだった。
みんな花火を見るために高台の方に歩いて行った。大勢の人が向かっていくなか、僕は夏颯さんとはぐれてしまった。
「夏颯さん!夏颯さん!」
はぐれてしまったことに危機感を感じて必死に名前を呼んだ。しかし、これほど大勢の人だと一人の人を見つけるのは困難だ。それに、彼女は言葉発することができないから僕の声が届いたとしても彼女は僕を呼ぶことはできない。
そう思うと、いち早く彼女を見つけなければと気持ちが焦り出した。
そんな時、「涼太君っ!」とどこからか声が聞こえた。この声はどこかで聞いたことあるような声だ。
そうか、テレパシーだ。テレパシーで僕を呼んでるんだ。そう考え、声が聞こえる方を見回した。けど、なんか違う。テレパシーで聞いた声とはなんか違う。
これは、テレパシーじゃない夏颯さん自身の声だ。
僕はまた必死に彼女の名前を叫んだ。すると、はっきりと僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。他の人たちの声が響く中、自分の聴覚を集中して声のする方向を探した。
声が聞こえる後ろを振り返ると夏颯さんがいた。
彼女を見つけると慌てて向かった。
「涼太君」
なんとか合流できたことに安心して息切れが起きた。
そして何より、彼女がテレパシーではなく自身の言葉で僕の名前を呼んだことに驚いた。
「よかった」
花火が打ち上げられると他の人たちはおお〜っと花火の方を向いている。
「夏颯さん、ごめん!僕の不注意で・・・・・・」
「私の方こそごめん、はぐれちゃって・・・・・・」
彼女は言葉を話せた。テレパシーではなく自身の声で話せた。そのことに触れたかったが、せっかく花火が上がっているからそっちに視野がお互い集中した。
僕はそっと彼女の手を握った。
「えっ」と彼女は握った手を見た。
「また、はぐれるといけないから・・・・・・」
いきなり男に手を握られたら怒ると思った。怒られるのを覚悟でいた。けど彼女は抵抗する様子はなく「うん」と笑みを浮かべた。
手を繋ぎ花火を見た。言葉やテレパシーではなく手を繋いでいると誰かと繋がっている感覚が全身に漂ってきた。きっとそれは彼女も一緒なのかな。
次の日、とうとう僕は帰る日が来た。
荷物を持って玄関に出た。
「涼太、元気でね。体に気をつけてね」
祖母は優しく抱きしめてくれた。
「おばあちゃんも元気でね」
僕も優しく抱きしめて返した。
祖母に手を振り家を後にした。
夏颯さんには帰りの電車の時間は伝えていなかった。また会う約束もしなかった。せめて最後に何か言った方がよかったのかなと思ったが別れが辛くなるから言わないほうが良いと思った。
駅のホームのベンチで本を読んで電車を待っていると、「涼太君っ!」と僕の名前を呼ぶ声がした。
改札の方を見ると夏颯さんがいた。
彼女は改札を入りこっちに向かってきた。
「どうして?」
彼女には乗る電車の時間は伝えてなかったはずだ。
「だって、ここは二時間に一本しかこないからここにいると思って・・・・・・」
その様子だと自転車で急いできた様子だった。
「夏颯さん、ごめんなさい!何も言わずに帰ろうとして・・・・・・」
「ううん、いいのよ」
彼女は怒っている様子はなく首を横に振った。
「僕、この二週間楽しかったです。夏颯さんに会えて、一緒にお祭りとか行けて嬉しかったです!」
「私も楽しかった。私、大学戻ったら例の留学の件、もう一度挑戦してみようと思う。病気に向き合いながら水泳に挑もうとするあなたを見てたら、私も頑張らなきゃと思ってね。あなたと会えたからこうやってまた言葉を発することができたから」
彼女は自信満々な感じに言った。
「あのっ、連絡先交換してください!」
彼女と連絡先を交換することを思い出した。
「僕、また夏颯さんに会いたいです。近況とか話したいです。だから・・・・・・」
言葉が途中で優柔不断気味になってきた。いきなりこんなことを言われたら引かれるだろうな。
「いいよ」
彼女の返事に驚き下を向いていた顔を上にあげた。
「私もまた会いたい」
僕と彼女はお互い携帯を取り出し連絡先を交換した。
この町でできた初めての知り合いということに嬉しくなった。
ちょうど電車が来た。僕は電車に乗り込んだ。
「病気治ったら連絡してね!あと、水泳復帰したら教えてね!大会見に行くから!」
「夏颯さんも、留学決まったら教えてください!」
お互い手を振り合う中扉はしまった。
僕の病気療養のための一夏の旅は終わった。
僕は、彼女と会ったことで目標を取り戻せた気がした。きっと彼女も僕と会ったことで失った言葉と目標を取り戻せたはずだと思う。
お互い、困難を乗り越えて目標を達成したらまたこの町で、あの河川敷で会いたい。そう心に思った。
これが僕のあの夏の奇跡、あの夏のテレパシー、あの夏の出会い
そのお姉さんとは、言葉は交わさずテレパシーで通じ合った。
高校二年の夏、僕こと浅尾涼太《あさおりょうた》は夏休み明けの水泳全国大会に向けた夏の合宿で特訓するはずだった。
しかし、夏休みが始まる一週間前にある病気にかかった。
病院で診てもらった結果、早くても完治に数ヶ月かかることがわかった。僕の両親はその事を、すぐに部活の顧問の先生に伝えると、部活に来た時に顧問から合宿と大会のメンバーから外すことを伝えられた。
僕は一年生の頃から全国大会に出る事を目指して、ずっと練習を続けたのに病気なんかでその目標が砕かれた。
大会と合宿に出ないことになったため、部活はずっと休みになった。部活がないまま、ただ夏休みを迎えることになった。
本来の夏休みの予定が崩れたことによって、病気の療養も兼ねて両親が母方の祖母が住む田舎町に行く事を提案してくれた。
最初は乗る気じゃなかったけど、このまま何もしない訳にもいかず、一応運動部に所属している以上体を動かすため行くことにした。
夏休みが始まって一週間後に僕は祖母の住む田舎町に電車で向かった。
家を朝の六時前に出た。さすがにこんな早く家を出るのは病気を患っているこの体ではとてもきつかった。電車を四、五回ほど乗り換えてお昼過ぎに祖母が住む町の最寄駅についた。
駅には祖母が迎えにきてくれた。そして、三、四十分ほど歩いてようやく祖母の家に着いた。家に着いた途端に疲労で畳に寝転んだ。普通の状態ならともかく、この体じゃめちゃくちゃきつい。
この日は夕食を食べる時以外はずっと寝ていた。
田舎について初めての朝を迎えた。いつも朝は走ることを習慣にしているが、走ることはできないため歩くことにした。
まる緑の葉のトンネルのような下り坂を歩き、降りた先には緑の草原に囲まれた大きな川が見えてきた。
夏休み前に医者に軽く運動する時でも適度に休憩を取ることを言われたのを思い出した。休憩しようにも近くに日陰があるベンチがなかった。辺りを見回すと河川敷に橋で日陰になっているところを見つけた。そこで休憩することにした。
河川敷の日陰のところに腰を下ろし、ウエストバックからスポーツドリンクを取り出して飲んだ。軽くとはいえ、朝起きて体を動かすことは気持ちいい。きっと、今頃水泳部のみんなは合宿に向けて練習メニューを組んだり準備をしているのだろう。合宿の期間は僕のこの旅行の期間とちょうど被っている。
僕にとってこれが代わりの合宿になるかと思い、心細くなった。みんなで新幹線に乗って行き、昼間は練習して、夜にはバーベキューをするはずだった。それが、病気のせいでそうはできなくなった。
バックの中を見ると一冊の本があった。途中で休憩する時に読むつもりで入れた本だ。そういえばこの本は、出発の前に近所の本屋さんで電車の中で読むつもりで買った本であることを思い出した。結局は昨日の朝は忙しくて読む暇がなかった。この際読もう。
僕はページをめくり読んだ。
読書をはじめて十、二十分が経つ頃、近くで自転車のブレーキ音が響いた。音のする方を振り返ると大学生くらいのお姉さんがいた。その人は僕がいる日陰の方に来て、少し離れたところに座り込んだ。地元の人かな。
白いシャツ、黄色いスカート、ショートヘアー、スマートな感じまさによく街中で見かける女子大生っていう感じだ。
お姉さんの方を見てると、僕に気づいたのかニコッとほほ笑んだ。僕は軽くお辞儀をした。
田舎ならではの風の気持ちよさと川のせせらぎ、橋の下という秘密基地みたいなワクワク感。田舎に滞在している間は、ここに通うのもいいかな。
(あの子、見かけない子だ)
どこからか女の人らしき声が聞こえた。
あれっと周囲をキョロキョロした。しかし、この場には僕とお姉さんしかいない。お姉さんが喋っている様子はなかった。
(どこからだろう、声がしたのは)
そう思いながら辺りを見ているとまた女の人の声が聞こえた。
(あなた、私の声が聞こえるの?)
まただ。一体どこから声がするのだ。誰だ、僕に話しかけているのは。
(こっち、こっちだよ)
また声が聞こえた。辺りを見ると、あのお姉さんは僕の方をじっと見つめている。
(まさか・・・・・・)
お姉さんを見ていると、まるで僕に無言で何かを伝えているような雰囲気が漂った。まさか、このお姉さんが僕に話しかけているのか。
(そうよ)
また声がした。お姉さんは笑みを浮かべた。
(不思議、あなた私の声が聞こえるのね)
間違えない。このお姉さんの声だ。もしかして、これってテレパシー。直接言葉を言ってないのに相手の声が聞こえる超能力。昔、テレビで聞いたことがある。
「あのっ、僕に話しかけてるんですか?」
直球に聞いてみた。けど、お姉さんは僕の言葉に対して何も返事しない。
(ごめんなさい。実は私、声を発することができないの)
「えっ・・・・・・」
じゃあこの会話はテレパシーで成り立っているのか。そう思うととても不思議な感じがしてきた。しかし、お姉さんが喋らないとなると僕からはなんて伝えればいいか分からなくなった。
(言葉で直接言わなくても、心で思っていれば伝わるよ)
お姉さんがテレパシーで話しかけた。
「えっと・・・・・・」
僕は状況が飲み込めないままとりあえず自己紹介してみようと思った。
(はじめまして、僕浅尾涼太といいます)
言葉は言わなくていいと言われたから何も言わずそう思った。
(ふふつ、はじめまして私は風真夏颯《かざまなつは》よろしくね)
夏颯さんは優しく微笑んだ。
(涼太君は、この町の子?)
彼女が質問した時、僕はつい直接言葉で答えようとしたが、彼女が話せないことに気づき、テレパシーで返事をしてみることにした。
(いいえ、都内から来ました。夏休みなのでおばあちゃんの家に遊びに来ました)
テレパシーでも直接言うのでも、伝えようとする内容は一緒だからいいと思ったが、彼女がテレパシーで話しているのならそれに合わせてみることにした。
(夏颯さんは?)
今度は僕から質問してみた。
(私は実家がこの町でね、今は大学が夏休みだから帰ってきたんだ)
夏颯さんは地元の人であることがわかった。ここに足を運んだのも地元の人ならではのお気に入りスポットだからなのかな。
(どのくらいいるの?)
(二週間です)
少し離れた位置から僕のすぐ隣まで来た。
(私と一緒だ)
彼女も僕と滞在期間が同じであることにドキッと胸がざわめいた。まるで、運命を感じるかのような。
僕は急に恥ずかしさを感じた。田舎町で初めて会う年上の女の人とこうやって不思議な会話をしていることにドキドキした。
気を紛らわせるためにバックからスマホを取り出して見ると時計は七時を過ぎていた。きっともう祖母が起きて朝食を用意している頃の時間だ。そろそろ帰らなきゃと思いバッグにスマホと本をしまう。
(夏颯さん、ごめんなさい。もうおばあちゃんが朝ごはんの支度をしている頃だからそろそろ帰らないと)
夏颯さんにテレパシーで伝えた。
(あっ本当、なんか引き止めてごめんね)
彼女は申し訳なさそうな表情をした。
(いいえ、昨日この町に着いたばかりで知り合いもいないのでこうやってお話できて嬉しかったです)
僕は笑ってテレパシーを伝えた。
(ねっ、もしよかったらここにいる間会わない?)
思わぬ言葉にえっと言葉が漏れた。
(私も地元とはいえ、こうやってテレパシーで話せる人がいないんだ。だから、涼太君が話し相手になってくれたら嬉しいな)
(僕でよければ・・・・・・)
年上の女の人にああ言われたのでは恥ずかしくなり目を合わせることができず、目を逸らした。
(そ、それじゃあ)
僕は彼女に手を振り祖母の家に戻った。後ろをちらっと見ると彼女は笑顔で手を振っていた。それを見ると一度彼女の方を振り返り手を振り返した。
(またね)
この距離でもテレパシーは通じるのかと思いながら後にした。
来た道を戻っている時、携帯で連絡を取れることに気がついた。
一瞬戻ろうかと思ったが、気づいた頃にはもうだいぶ進んでいたから戻るのをやめた。テレパシーって携帯の電波みたいに通じる範囲があるのかと思いながら戻った。
祖母の家に戻ると、おかえりと出迎えてくれた。僕が戻った頃にはもう朝ごはんはできていた。
「いただきます」
祖母が作った朝ごはんを食べながら夏颯さんのことを考えた。彼女はどうして言葉を発することができないのか、どうして彼女はテレパシーができるのか。
そして何より、自分もどうしてテレパシーで話すことができるか疑問に思った。
朝食を食べ終えると、携帯でテレパシーについて調べてみた。すると、超能力についてのサイトにたどり着いた。テレパシーとは相手の心の中身が、言葉や表情、仕草によらずに他の人の心に伝達される超能力の一種と書かれていた。
ということは、夏颯さんは超能力者なのか。とすると、夏颯さんとテレパシーで話すことができる自分も超能力者なのか自分を疑った。
僕は普段、家や学校で家族や友達とかと話すことが多いけど、相手が何を考えているか、何を思っているかなんて何にもせずとも感じたことなんて一度もない。
今だって祖母と会話しているときだって、祖母の心が読めるわけではない。僕は、そして夏颯さんはいつからテレパシーが使えるようになったのだろうか。明日、またあの場所に行って聞いてみることにした。
とりあえず今の僕は病人で、療養のために来たわけだから今日一日寝て過ごした。
アラームが聞こえ目を覚ますと時計は朝の六時前だった。昨日と同じようにウエストバックを付けて祖母の家を出た。
早く会ってみたい一心で走った。けど、持病がらあるから長くは走ることはできなかった。疲れを感じ、途中で止まり息切れをした。医者に言われたことを思い出した。今は激しい運動を控えるようにと。
その言葉を思い出し、少しでも早く水泳に復帰するためにも医者の言う通り、激しい運動は控え軽めの運動をしようと思い、ゆっくり歩いて行くことにした。
ゆっくり歩き出してから十分ほど経つと、あの河川敷が見えてきた。橋の下の日陰の方に行くと彼女の姿はなかった。僕が早く来すぎたのかな。
そう思い、昨日と同じくバックから本を取り出して読んでいた。
(おはよう)
彼女の声だ。辺りを見ると夏颯さんが日向の方にいるのが見えた。
夏颯さんは手を振りながらこっちに近づいた。
(今日も一番乗りだね)
(おはようございます)
テレパシーで挨拶を返した。昨日聞けなかったことを聞いてみた。
(あのっ、夏颯さんはいつからテレパシーが使えるんですか?)
僕の質問に夏颯さんは驚きの表情をした。人差し指を顎に付けて考え出した。
(うーん、そうだな。一年くらい前からかな?)
そんな前から。
(どうしてできるようになったんですか?)
顔を下に向き少し暗い表情になった。
(実は私、ある出来事のショックで言葉が話せなくなってね、それからなの。テレパシーで他の人の心の声が聞こえるようになったのは)
一年くらい前というと去年。彼女に何があったのだろうか。
(涼太君はいつから?)
僕の方を向き、自分も何か言わなくちゃと慌てて考えた。
(ここに来てからです。はじめてあなたと会った時、あなたの声が聞こえたんです。)
(もしかして、無理してテレパシーで話そうとしてない?いいのよ、普通に喋っても。私が言うことはテレパシーでわかるでしょ)
僕に気を遣ってくれたのかそう言ってくれた。正直、直接言葉で言うのと、テレパシーで話すのを区別するのは難しい。近くに僕ら以外の人がいるわけではないから僕は普通に話してみることにした。
「あの、聞いてもいいですか?何があったんですか?」
思い切って聞いてみた。
(去年ね、通っている大学で海外に留学することが決まったんだ。けど、留学を前に事故にあって大怪我をしてね、今はもう大丈なんだけど、その影響で留学が取り消しになっちゃって・・・・・・それからなの、言葉を発することができなくなったのは)
話をまとめると、彼女にはきっと留学を通して叶えたい夢があったのだろう。けど、不慮な出来事で挫折してそのショックで言葉を失ったってことなのかな。なんか、自分と似てる気がした。
「なんか、僕と似てるな。実は僕、今年の夏は水泳の全国大会に出るため合宿に行くはずだったんです。でも、夏休み前に病気にかかちゃって、大会と合宿のメンバーが外されてしまったんです。この町に来たのも病気療養のためで・・・・・・」
同じ境遇だからか話すことに抵抗はなかったが、彼女はそれをどう受け取るのかわからず、失礼な言い方になってないか不安になってきた。
(そっか、あなたも挫折したんだ)
夏颯さんも僕の状況を理解したことがわかった。
もしかしたらお互い、挫折をしてその代償としてこのテレパシー能力を得たのかと考えた。反対に、夏颯さんは言葉を、僕は泳ぐ能力を失ったことになる。
(涼太君は、また泳げるようになるの?)
わかりませんと即座に言葉で答えた。
正直、今年の大会は諦めるとして年内に病気が治ってまたら泳げるようになれるのかもわからない。そもそも病気自体治るのかもわからない。さらに、病気で失ったのは目標だけではない。仲間もだ。
病気のことを話して休むようになってからは、同じ部活の人とは話していない。学校内ですれ違ってもよっと軽い挨拶して通り過ぎるだけ。放課後にプールを覗くともうみんなは、僕のことは忘れてそれぞれの目標に向かって動いているのがわかった。
少しでも目標に、あの場所に、みんなのところに戻れるためにも両親の病気療養の提案を受け入れたり、ここにいる間は軽くでも運動することを心掛けたいと思った。
僕は病気だけど、夏颯さんは怪我。怪我が落ち着いたのなら、言葉を発せないのは治せるのかな。
(ねぇ、涼太君はこの町によく来るの?)
(いえ、数年に一度くらい・・・・・・)
今思えば祖母が住むこの町に来るのは数年ぶりだ。最後に来たのは中学一年生のお盆の頃だっただろうか。
(せっかくこの町に来たから、ここにいる間は水泳のことは忘れようよ)
彼女は笑顔でテレパシーで伝えてきた。
お互い暗い話をしたのにどうして急に前向きになったんだろう。
(数年ぶりってことはこの町のことあまり知らないでしょ。私が色々と案内してあげる)
彼女の急な明るい振る舞いに動揺した。話の流れで「よろしくお願いします」っと言葉が出てしまった。
それから僕と夏颯さんはこの町にいる間は、お互いの家で食事をしたり、夏颯さんのお気に入りの場所やお店に行ったりと過ごした。お店で注文する時は、喋ることのできない彼女に代わって僕が注文した。
なんかまるで恋人同士みたいな感じがした。初めて会った時は年上の女の人と話すことに緊張があったけど、それもだんだんほぐれていった。
とある小さな喫茶店でお茶をしている時、普段はどうやって他の人とコミュニケーションを取っているのか気になった。僕とはテレパシーで話すことができるけど、他の人はそうはいかないはずだ。思い切って聞いてみた。
「夏颯さんは普段他の人にどうやって言いたいことを言うんですか?」
夏颯さんは、持っていたコーヒーカップを皿に置いた。
(スマホのメモや筆談でだよ。親や友達は私が言葉を発せないのは理解してくれてるから案外通じるんだ)
それを聞いた時、なぜか自分ごとかのように安心感を感じた。僕自身も、病気が発覚してから内心で思っていることを親や顧問の先生、同級生にも打ち明けられない。けど、夏颯さんはそうではないことに安心した。
(そういえば、涼太君は地元戻ったらどうするの?)
「僕は、とりあえず病気を少しでも治すために治療を受けて、適度に運動して水泳に復帰できるようにしたいです」
ここのところ約二週間、夏颯さんと過ごしていくうちに病気と部活に対する不安が和らいできた。だから、躊躇なく答えることができた。
(そう、それはとてもいいことだね)
「夏颯さんは、どうするんですか?」
彼女は下を向いて唇を動かした。
(わからない。また話すことができるか分からないし、これからどうしたいのかもわからない)
とても失礼な聞いたと感じ、申し訳なくなった。
「ごめんなさい、失礼なことを聞いて・・・・・・」
(いいのよ、気にしないで)
急に表情を明るくした。
(そうだ、涼太君はそろそろ帰る頃でしょ?)
僕は明後日、地元に帰ることになっている。
「はい」
(私ももうすぐ戻らなきゃいけないんだ。そうだ、明日の夜にこの町の神社でお祭りがやるの。それ一緒に行こうよ!)
そういえば、今朝祖母からそんな話を聞いたのを思い出した。僕はこの町に知り合いはいなく、一緒に行く人はいないから興味がなかった。けど、今はこうやって話せる人がいるから一緒に行きたいと思った。
「はい!僕でよければ喜んで」
夏颯さんは両手を合わせて笑みを浮かべた。
(じゃあ明日、夕方の六時に神社の鳥居のところで待ち合わせね!)
女の人との待ち合わせにドキッとした。今まで学校でも女子とどこかに出かけるなんてことはなかったら胸がドキドキした。
会計を済ませると、喫茶店の前で解散した。
この町で過ごす最後の夜の思い出作りにもってこいだった。
次の日、祭り当日の夜がやってきた。僕は待ち合わせ時間の十分前に来た。お祭りの舞台となっている神社は多くの人たちで賑わっていた。きっと地元の人たちだけではないようだった。夏颯さんと同じく里帰りで来た人や観光客だろう。小さな田舎町のお祭りなのにたくさんの人が来ていることに驚いた。
そんなことを考えていると(お待たせ)と声が聞こえた。目の前を見ると、薄いピンクの花柄の浴衣を着た夏颯さんがいた。いつも見ていた私服姿とは違う姿に見惚れた。
(涼太君・・・・・・?)
「あっ、」
僕はぼーっとしていたことに気がついた。
「じゃあ、行きましょう」
二人で鳥居をくぐった。神社敷地内には焼きそば、たこ焼き、ベビーカステラ、かき氷、唐揚げなどたくさんの屋台が並んでいた。僕は彼女が食べたい物をテレパシーで確認して買った。こうやって誰かと一緒にお祭りで屋台の食べ物を食べるなんていつぶりなのだろうか。とても美味しい。この町に来てよかったと思った。
そんな時、アナウンスが聞こえた。
「皆さん、お待たせしました!これより花火を打ち上げます」
これは打ち上げ花火のアナウンスだった。
みんな花火を見るために高台の方に歩いて行った。大勢の人が向かっていくなか、僕は夏颯さんとはぐれてしまった。
「夏颯さん!夏颯さん!」
はぐれてしまったことに危機感を感じて必死に名前を呼んだ。しかし、これほど大勢の人だと一人の人を見つけるのは困難だ。それに、彼女は言葉発することができないから僕の声が届いたとしても彼女は僕を呼ぶことはできない。
そう思うと、いち早く彼女を見つけなければと気持ちが焦り出した。
そんな時、「涼太君っ!」とどこからか声が聞こえた。この声はどこかで聞いたことあるような声だ。
そうか、テレパシーだ。テレパシーで僕を呼んでるんだ。そう考え、声が聞こえる方を見回した。けど、なんか違う。テレパシーで聞いた声とはなんか違う。
これは、テレパシーじゃない夏颯さん自身の声だ。
僕はまた必死に彼女の名前を叫んだ。すると、はっきりと僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。他の人たちの声が響く中、自分の聴覚を集中して声のする方向を探した。
声が聞こえる後ろを振り返ると夏颯さんがいた。
彼女を見つけると慌てて向かった。
「涼太君」
なんとか合流できたことに安心して息切れが起きた。
そして何より、彼女がテレパシーではなく自身の言葉で僕の名前を呼んだことに驚いた。
「よかった」
花火が打ち上げられると他の人たちはおお〜っと花火の方を向いている。
「夏颯さん、ごめん!僕の不注意で・・・・・・」
「私の方こそごめん、はぐれちゃって・・・・・・」
彼女は言葉を話せた。テレパシーではなく自身の声で話せた。そのことに触れたかったが、せっかく花火が上がっているからそっちに視野がお互い集中した。
僕はそっと彼女の手を握った。
「えっ」と彼女は握った手を見た。
「また、はぐれるといけないから・・・・・・」
いきなり男に手を握られたら怒ると思った。怒られるのを覚悟でいた。けど彼女は抵抗する様子はなく「うん」と笑みを浮かべた。
手を繋ぎ花火を見た。言葉やテレパシーではなく手を繋いでいると誰かと繋がっている感覚が全身に漂ってきた。きっとそれは彼女も一緒なのかな。
次の日、とうとう僕は帰る日が来た。
荷物を持って玄関に出た。
「涼太、元気でね。体に気をつけてね」
祖母は優しく抱きしめてくれた。
「おばあちゃんも元気でね」
僕も優しく抱きしめて返した。
祖母に手を振り家を後にした。
夏颯さんには帰りの電車の時間は伝えていなかった。また会う約束もしなかった。せめて最後に何か言った方がよかったのかなと思ったが別れが辛くなるから言わないほうが良いと思った。
駅のホームのベンチで本を読んで電車を待っていると、「涼太君っ!」と僕の名前を呼ぶ声がした。
改札の方を見ると夏颯さんがいた。
彼女は改札を入りこっちに向かってきた。
「どうして?」
彼女には乗る電車の時間は伝えてなかったはずだ。
「だって、ここは二時間に一本しかこないからここにいると思って・・・・・・」
その様子だと自転車で急いできた様子だった。
「夏颯さん、ごめんなさい!何も言わずに帰ろうとして・・・・・・」
「ううん、いいのよ」
彼女は怒っている様子はなく首を横に振った。
「僕、この二週間楽しかったです。夏颯さんに会えて、一緒にお祭りとか行けて嬉しかったです!」
「私も楽しかった。私、大学戻ったら例の留学の件、もう一度挑戦してみようと思う。病気に向き合いながら水泳に挑もうとするあなたを見てたら、私も頑張らなきゃと思ってね。あなたと会えたからこうやってまた言葉を発することができたから」
彼女は自信満々な感じに言った。
「あのっ、連絡先交換してください!」
彼女と連絡先を交換することを思い出した。
「僕、また夏颯さんに会いたいです。近況とか話したいです。だから・・・・・・」
言葉が途中で優柔不断気味になってきた。いきなりこんなことを言われたら引かれるだろうな。
「いいよ」
彼女の返事に驚き下を向いていた顔を上にあげた。
「私もまた会いたい」
僕と彼女はお互い携帯を取り出し連絡先を交換した。
この町でできた初めての知り合いということに嬉しくなった。
ちょうど電車が来た。僕は電車に乗り込んだ。
「病気治ったら連絡してね!あと、水泳復帰したら教えてね!大会見に行くから!」
「夏颯さんも、留学決まったら教えてください!」
お互い手を振り合う中扉はしまった。
僕の病気療養のための一夏の旅は終わった。
僕は、彼女と会ったことで目標を取り戻せた気がした。きっと彼女も僕と会ったことで失った言葉と目標を取り戻せたはずだと思う。
お互い、困難を乗り越えて目標を達成したらまたこの町で、あの河川敷で会いたい。そう心に思った。
これが僕のあの夏の奇跡、あの夏のテレパシー、あの夏の出会い