「はつ……はつこい……?」
(何かその後とんでもない言葉が聞こえたような――?)
「初恋童貞です!」
(駄目だ。聞き間違いじゃなかった。)
『ぶふっ!』
(うん?)
髪飾り越しに誰かの笑い声が聞こえてきて、ヴィクトリアは首を傾げた。
(今の笑い声は……ルーファス?)
「吸血鬼は、血を吸う花嫁を作ることで強化することが出来ます。主様は、一目でわかるのだとおっしゃいました。その方に出会ってしまったら、もう他の血は吸えないのだと。御主人様は、生まれてからこの方、どなたの血も吸えずにいます。このままでは、このままでは御主人様は、御主人様は……!」
あの男を御主人様と呼ぶルゥは、ヴィクトリアの服を掴んでポロポロと涙をこぼした。
(うーん。……こんなふうに泣かれると、出ていくのは心が痛い)
『花嫁様だけが、ご主人様にとっての希望なのです!』
それにもしルゥの言葉が本当なら、いくら吸血鬼族とはいえ、体に何らかの支障が出ていてもおかしくない。
そうなれば、ルゥ――『黒色コウモリ』の『突然変異』にあたる『白色コウモリ』の彼が苦労する羽目になることは、ヴィクトリアには容易に予測できた。
(吸血鬼族の庇護を受け、その世話をするのがコウモリ族。でも彼らの羽根は、本来黒のはず。……白い羽を持って生まれたこの子は、きっとこれまで苦労したことだろう)
それは混血であるヴィクトリアやレイモンドが、人間の世界デュアルソレイユで、異物として石を投げられたのと同じように。
『黒髪に赤い瞳! お前なんかが、人間でなんかあるもんか!』
『母殺しの魔族め!』
『お前なんか死んでしまえ!』
少し前、劇の中できいたその言葉は、実際にヴィクトリアが過去『ヴィンセント』時代に言われたことがある言葉だった。
「……? 花嫁様……?」
「そんなふうに貴方に泣かれたら、ここから離れられないよ」
逃亡を試みていたヴィクトリアだったが、ルゥのことを思うと、すぐに計画を決行することは出来なかった。ヴィクトリアはルゥの涙を、ハンカチで優しく拭ってやった。
ヴィクトリアには出来なかった。
かつての自分とレイモンドのような彼を、涙を流す彼を、一人置いて逃げるような真似は――。
しかしそうやって感傷に浸るヴィクトリアに、カーライルは髪飾り越しに、とんでもないことを命じた。
『……ヴィクトリア。とりあえず貴方の無事はわかりましたし、デュアルソレイユでの事件の調査が終わるまで、しばらくはそちらで過ごしてください』
『カーライル様、それは……っ!』
カーライルの言葉を聞いて、ルーファスが声を荒げた。
『大丈夫です。貴方がそんな反応をする男なら、ヴィクトリアを傷つけることはないでしょう』
『……っ』
ルーファスは、その言葉を否定はしなかった。
『魔王としての最初の大事なお仕事ですよ。ヴィクトリア。攫われついでに、吸血鬼族に貴方を魔王として認めさせて下さい』
さすが魔族、五〇〇年も探し続けた相手が誘拐されたというのに、人の心がない。
カーライルの命令に、ヴィクトリアは怒りに震えた。
(何かその後とんでもない言葉が聞こえたような――?)
「初恋童貞です!」
(駄目だ。聞き間違いじゃなかった。)
『ぶふっ!』
(うん?)
髪飾り越しに誰かの笑い声が聞こえてきて、ヴィクトリアは首を傾げた。
(今の笑い声は……ルーファス?)
「吸血鬼は、血を吸う花嫁を作ることで強化することが出来ます。主様は、一目でわかるのだとおっしゃいました。その方に出会ってしまったら、もう他の血は吸えないのだと。御主人様は、生まれてからこの方、どなたの血も吸えずにいます。このままでは、このままでは御主人様は、御主人様は……!」
あの男を御主人様と呼ぶルゥは、ヴィクトリアの服を掴んでポロポロと涙をこぼした。
(うーん。……こんなふうに泣かれると、出ていくのは心が痛い)
『花嫁様だけが、ご主人様にとっての希望なのです!』
それにもしルゥの言葉が本当なら、いくら吸血鬼族とはいえ、体に何らかの支障が出ていてもおかしくない。
そうなれば、ルゥ――『黒色コウモリ』の『突然変異』にあたる『白色コウモリ』の彼が苦労する羽目になることは、ヴィクトリアには容易に予測できた。
(吸血鬼族の庇護を受け、その世話をするのがコウモリ族。でも彼らの羽根は、本来黒のはず。……白い羽を持って生まれたこの子は、きっとこれまで苦労したことだろう)
それは混血であるヴィクトリアやレイモンドが、人間の世界デュアルソレイユで、異物として石を投げられたのと同じように。
『黒髪に赤い瞳! お前なんかが、人間でなんかあるもんか!』
『母殺しの魔族め!』
『お前なんか死んでしまえ!』
少し前、劇の中できいたその言葉は、実際にヴィクトリアが過去『ヴィンセント』時代に言われたことがある言葉だった。
「……? 花嫁様……?」
「そんなふうに貴方に泣かれたら、ここから離れられないよ」
逃亡を試みていたヴィクトリアだったが、ルゥのことを思うと、すぐに計画を決行することは出来なかった。ヴィクトリアはルゥの涙を、ハンカチで優しく拭ってやった。
ヴィクトリアには出来なかった。
かつての自分とレイモンドのような彼を、涙を流す彼を、一人置いて逃げるような真似は――。
しかしそうやって感傷に浸るヴィクトリアに、カーライルは髪飾り越しに、とんでもないことを命じた。
『……ヴィクトリア。とりあえず貴方の無事はわかりましたし、デュアルソレイユでの事件の調査が終わるまで、しばらくはそちらで過ごしてください』
『カーライル様、それは……っ!』
カーライルの言葉を聞いて、ルーファスが声を荒げた。
『大丈夫です。貴方がそんな反応をする男なら、ヴィクトリアを傷つけることはないでしょう』
『……っ』
ルーファスは、その言葉を否定はしなかった。
『魔王としての最初の大事なお仕事ですよ。ヴィクトリア。攫われついでに、吸血鬼族に貴方を魔王として認めさせて下さい』
さすが魔族、五〇〇年も探し続けた相手が誘拐されたというのに、人の心がない。
カーライルの命令に、ヴィクトリアは怒りに震えた。