ドーピングパウダーの発見やトレーニングなど、思ったより時間が掛かってしまったが、翌日ようやくハバリアに辿り着いた。
 見渡す限りの田園風景が広がる中、遠くに木造の建物が密集する光景が目に飛び込んでくる。
 町の周囲には城壁が巡らされ、その内側には穏やかな生活が営まれている様子が感じられた。
 町の入口には古びた木製のアーチが架かっており、『ハバリア』と書かれた木の看板が揺れている。アーチの両脇には農夫たちが忙しそうに働いている畑が広がり、そこには季節の作物が美しく並んでいた。
 収穫の喜びを感じさせる笑い声が風に乗って聞こえてくる。

「うおー……マジで異世界ファンタジーじゃん。すっげ」

 それが俺の感想だった。異世界転生ものアニメでもよく見るようなファンタジー世界の町だ。
 ただ、そういった作品で見たことがあるからか、それほど物怖じもしなかった。むしろ、ちょっとテンションが上がる。
 一歩町に踏み入れると、石畳の道が俺を迎えた。
 その道沿いには小さな家々が立ち並び、家々の前には色とりどりの花が植えられている。
 子どもたちが走り回る姿が見え、彼らの無邪気な笑顔が町全体を明るくしていた。道端では店主が店先で商品を並べ替えたり、道行く人々に声をかけていたりと、活気に満ちた雰囲気が漂っている。
 市場の中心には大きな噴水があり、その周囲には露店が立ち並んでいた。果物や野菜、新鮮な肉や魚、手作りのアクセサリーや布地など、様々な商品が所狭しと並べられ、賑やかな呼び声が飛び交っている。
 クレハはその光景に目を奪われ、しばし立ち止まって見入った。

「そんなに大きい町じゃないけど、こんだけ人が居ればハッピーじゃない奴もそこそこいるだろ。すぐに金は作れそうかな?」

 俺は呟いて、辺りを見渡した。
 町の人々は俺に対して好奇心の目を向けるものの、すぐに日常の喧騒に戻っていく。
 異世界に転生して以来、初めて感じる人々の温かさと賑わいに、少しずつ落ち着いていった。
 ちゃんと人がいる町があってよかった。
 せっかく麻薬を調合するスキルがあるのに、爺と森の中でモンスターぶっ殺して生活だなんてまっぴら御免だ。
 奥へと歩を進めると、小さな教会が見えてきた。教会の鐘楼には古い鐘が吊るされており、風に揺れて微かに音を立てている。教会の前には花壇が広がり、その中心には聖者の像が立っていた。像の周りには祈りを捧げる人々が集まり、静かに手を合わせていた。

「ふぅん、神様っぽいのもちゃんといるわけね」

 俺を転生させてくれたのはこの神様なのだろうか。
 だとしたら、ちょっと拝んでおこう。
 もう一度チャンスをくれてありがとう、神様。今度はこの世界でまた薬の王様になるよ。
 俺は神様の像に心の中でそう御礼を伝えてから、踵を返した。
 今回この町に来たのは、ただ観光するために来たわけではない。
 悩める人をハッピーにするためだ。
 爺さんによると、この町に住むジルベットという主婦が最近傷心中なんだとか。まずは、その人をハッピーにするところから始めよう。
 早速、町の人々に色々話しかけていって、ジルベットさんとを探す。
 町の人は俺が話し掛けると驚いていた。
 森で粉ばっか食ってると噂の変人がこんなに社交的になったことが信じられなかったらしい。
 この宿主の青年はこの町からすれば、迫害対象だったのだから、余計に驚いたのだろう。

「いやぁ、実は谷底に落ちて頭打っちゃって。何も覚えてないんすよ。名前も覚えてなくて。これからはクレハって読んでください」

 町の人達にはこんな感じで爺さんに言ったのと同じことを話してある。大体皆、憐れんでくれた。
 実際にこの青年のことは何も覚えてないのだから、嘘は言っていない。
 それに、迫害して森の奥地に追いやったことに関して、多少の罪悪感もあったっぽい。皆、驚く程協力的だった。
 そうして話を聞いているうちに、すぐにジルベットさんの家には辿り着いた。
 ジルベットさんに会う前に大衆浴場にも行きたかったけど、今は無一文だ。とりあえず、ジルベットさんをハッピーにするのが先決だろう。
 俺はそう考え、早速町の人から教えてもらったジルベットさんの家へと向かった。