結局、爺さんはその日、俺を家に泊めてくれた。どうやらガチで感謝してくれているらしい。
着替えと食糧、それから約束通り空き瓶も提供してもらえたし、初めての取引にしては上々だ。
もともと価値がわかっていない人に、その価値を理解させて商品を買わせるのは、かなり難しい。そのハードルを突破できただけでも、まずは成功と考えて良いだろう。
それだけでなく、貴重な薬草石鹸もくれたので、川で身体も洗えた。これで、浮浪者同然から質素なイケメンくらいにはなれただろうか。
爺さんはというと、俺から与えられたハッピーパウダーをちびちびと紅茶に入れて溶かしては、ゆっくり味わって飲んでいた。
その間、爺さんの顔は終始幸せそうだった。
ひとりでは到底得られなかった幸福感を得られているのだろうか。
寝る前に、爺さんは俺に改めて御礼を言ってくれた。
生きる希望ができた、この粉をお前さんから買うために、儂はこれから頑張って働くよ、と言ってくれたのである。
俺からすれば、ただ物々交換をしただけだったのだが……希望も何もない爺さんの人生に華を添えられたなら、それはそれで嬉しいのかもしれない。
ハッピーパウダーは、その名の通り幸せの粉。これで人生を幸せにできるなら、いくらでも作ってやろう。
*
翌朝、爺さんは森の中の俺の拠点まで案内してくれた。
拠点といっても、ギリギリ雨風が防げる程度の洞窟だった。
その洞窟には、小さな空き瓶がいくつかと大量の薬包紙、それから備蓄していたハッピーパウダーが入った瓶もあった。
この宿主にとってハッピーパウダーは主食だったというのだから、まあこうして溜めておくのは当然か。
この森にハッピーフラワーはたくさん生えているそうだし、原材料には困ら無さそうだ。
あとは、自衛のためなのか、或いは狩りのためなのかわからないが、全長二〇センチくらいの大きめのナイフもあった。
これから何が起こるかわからないし、このナイフも持って行った方が良いだろう。
ついでにハッピーフラワーを取ってきて、爺さんに見せてみたが、爺さんにはぼんやりとした光は見えていなかった。触れさせてみたが、もちろん粉に変わることもない。
どうやら、爺さんの言っていた通り、魔力を含む成分が可視化できていたり、モノを粉末に変えたりする能力──或いは麻薬成分を抽出しているかもしれないが──は、俺だけの特殊スキルで間違いないようだ。
「じゃあな、爺さん。世話になった」
「こちらこそ。次に会う時までちゃんと儂も稼いでおくから、また粉を売っておくれ」
「おう。頑張れよ」
そんな言葉を交わして、爺さんとはそこで分かれた。
爺さんはこれから狩りを頑張って、生計を立てるらしい。
昨日出会った頃よりは、随分と活気に満ち溢れていた様子だ。これもきっと、ハッピーパウダーの御蔭だろう。
俺、実に良いことをしている。バレたら捕まる日本とはえらい違いだ。
さてさて、そんなハッピーな伝道師こと俺の次の目的地は、爺さんと俺が追い出された町・ハバリア。
ハバリアは森から出たところにあって、ここからは一日程掛かるらしい。車でもあればもっと早くに行けるんだろうが、俺の移動手段は徒歩のみ。えっちらおっちら歩いていくしかないだろう。
そうして歩くこと数時間……雨が降ってきたので洞窟で雨宿りしていると、洞窟の奥でハッピーフラワーと同じようにぼんやりと光る赤い鉱石のようなものを発見した。
「これも粉にできんのかな?」
そう思いながら、赤い鉱石に触れてみると──
ハッピーフラワーと同じく、鉱石も粉末になった。今度は赤い粉末だ。
「へえ……ハッピーフラワー以外にも俺のスキルは使えるんだな。どれどれ、こいつの効果は?」
俺は赤い粉末を早速薬包紙に乗せて、さらさらっと口に流し込んでみた。
すると──
「おっ?」
何だか、身体中から力がみなぎってきた。
腕力や膂力がみなぎる感覚というのだろうか。筋肉が引き締まるのを感じた。
「これは……もしかして、肉体強化か?」
試しに、到底俺の腕では動かせなさそうなデカい岩を、手で押してみた。
すると……特に力も込めてないのに、デカい岩が簡単に動いた。
「え、マジで? 凄くね?」
自分で自分の腕力に驚いた。
次に、足に力を込めてジャンプしてみると、今度は木の上まで跳び上がれた。
「おお、すっげ! なにこのジャンプ力! やっば!」
跳躍力も常人離れしている。全身の筋肉が異常なくらい発達している、という認識で間違いなさそうだ。
走ってみたところ、ウサイン・ボルトでさえも真っ青なくらいの速度で走れた。
とんでもない全能感に襲われた。
異世界の麻薬、ヤバすぎないか? ドーピングどころのレベルではない。魔力成分が含まれているものだから、人体の強化具合もかけ離れている。
ハッピーパウダーはただ気持ちを良くしたり幸せな気分になるで肉体的には空腹が満たされるくらいしか効果はなかったのだが、この鉱石の粉末はやばい。完全なるドーピングパウダーだ。
戦闘時なんかにも使えるだろうし、これを使えば同じ人間はもちろん、もしモンスターなんかと出会っても大丈夫だろう──そう思っていた矢先に、がさっと叢から音がした。
着替えと食糧、それから約束通り空き瓶も提供してもらえたし、初めての取引にしては上々だ。
もともと価値がわかっていない人に、その価値を理解させて商品を買わせるのは、かなり難しい。そのハードルを突破できただけでも、まずは成功と考えて良いだろう。
それだけでなく、貴重な薬草石鹸もくれたので、川で身体も洗えた。これで、浮浪者同然から質素なイケメンくらいにはなれただろうか。
爺さんはというと、俺から与えられたハッピーパウダーをちびちびと紅茶に入れて溶かしては、ゆっくり味わって飲んでいた。
その間、爺さんの顔は終始幸せそうだった。
ひとりでは到底得られなかった幸福感を得られているのだろうか。
寝る前に、爺さんは俺に改めて御礼を言ってくれた。
生きる希望ができた、この粉をお前さんから買うために、儂はこれから頑張って働くよ、と言ってくれたのである。
俺からすれば、ただ物々交換をしただけだったのだが……希望も何もない爺さんの人生に華を添えられたなら、それはそれで嬉しいのかもしれない。
ハッピーパウダーは、その名の通り幸せの粉。これで人生を幸せにできるなら、いくらでも作ってやろう。
*
翌朝、爺さんは森の中の俺の拠点まで案内してくれた。
拠点といっても、ギリギリ雨風が防げる程度の洞窟だった。
その洞窟には、小さな空き瓶がいくつかと大量の薬包紙、それから備蓄していたハッピーパウダーが入った瓶もあった。
この宿主にとってハッピーパウダーは主食だったというのだから、まあこうして溜めておくのは当然か。
この森にハッピーフラワーはたくさん生えているそうだし、原材料には困ら無さそうだ。
あとは、自衛のためなのか、或いは狩りのためなのかわからないが、全長二〇センチくらいの大きめのナイフもあった。
これから何が起こるかわからないし、このナイフも持って行った方が良いだろう。
ついでにハッピーフラワーを取ってきて、爺さんに見せてみたが、爺さんにはぼんやりとした光は見えていなかった。触れさせてみたが、もちろん粉に変わることもない。
どうやら、爺さんの言っていた通り、魔力を含む成分が可視化できていたり、モノを粉末に変えたりする能力──或いは麻薬成分を抽出しているかもしれないが──は、俺だけの特殊スキルで間違いないようだ。
「じゃあな、爺さん。世話になった」
「こちらこそ。次に会う時までちゃんと儂も稼いでおくから、また粉を売っておくれ」
「おう。頑張れよ」
そんな言葉を交わして、爺さんとはそこで分かれた。
爺さんはこれから狩りを頑張って、生計を立てるらしい。
昨日出会った頃よりは、随分と活気に満ち溢れていた様子だ。これもきっと、ハッピーパウダーの御蔭だろう。
俺、実に良いことをしている。バレたら捕まる日本とはえらい違いだ。
さてさて、そんなハッピーな伝道師こと俺の次の目的地は、爺さんと俺が追い出された町・ハバリア。
ハバリアは森から出たところにあって、ここからは一日程掛かるらしい。車でもあればもっと早くに行けるんだろうが、俺の移動手段は徒歩のみ。えっちらおっちら歩いていくしかないだろう。
そうして歩くこと数時間……雨が降ってきたので洞窟で雨宿りしていると、洞窟の奥でハッピーフラワーと同じようにぼんやりと光る赤い鉱石のようなものを発見した。
「これも粉にできんのかな?」
そう思いながら、赤い鉱石に触れてみると──
ハッピーフラワーと同じく、鉱石も粉末になった。今度は赤い粉末だ。
「へえ……ハッピーフラワー以外にも俺のスキルは使えるんだな。どれどれ、こいつの効果は?」
俺は赤い粉末を早速薬包紙に乗せて、さらさらっと口に流し込んでみた。
すると──
「おっ?」
何だか、身体中から力がみなぎってきた。
腕力や膂力がみなぎる感覚というのだろうか。筋肉が引き締まるのを感じた。
「これは……もしかして、肉体強化か?」
試しに、到底俺の腕では動かせなさそうなデカい岩を、手で押してみた。
すると……特に力も込めてないのに、デカい岩が簡単に動いた。
「え、マジで? 凄くね?」
自分で自分の腕力に驚いた。
次に、足に力を込めてジャンプしてみると、今度は木の上まで跳び上がれた。
「おお、すっげ! なにこのジャンプ力! やっば!」
跳躍力も常人離れしている。全身の筋肉が異常なくらい発達している、という認識で間違いなさそうだ。
走ってみたところ、ウサイン・ボルトでさえも真っ青なくらいの速度で走れた。
とんでもない全能感に襲われた。
異世界の麻薬、ヤバすぎないか? ドーピングどころのレベルではない。魔力成分が含まれているものだから、人体の強化具合もかけ離れている。
ハッピーパウダーはただ気持ちを良くしたり幸せな気分になるで肉体的には空腹が満たされるくらいしか効果はなかったのだが、この鉱石の粉末はやばい。完全なるドーピングパウダーだ。
戦闘時なんかにも使えるだろうし、これを使えば同じ人間はもちろん、もしモンスターなんかと出会っても大丈夫だろう──そう思っていた矢先に、がさっと叢から音がした。