「やっと事務所が手に入ったな~」
俺は前までオーナーが腰掛けていた席に座ると、ぐでっと天井を仰いだ。
本来、事務所という単語は異世界にはないはずだ。ただ、もうここを事務所と読んでも問題ない。
事務所とは、企業や団体が業務を行うための場所。異世界には馴染がない単語ではあるが、ここグリフォン馬車サービスは実質俺達〝レガリア〟のもので、〝レガリア〟が業務を行うための場所なのだから。
まあ、主な業務は間違いなく馬車サービスではないのだけれど。
「町中に集まれる場所があると大分楽ですからね~。ほんま、助かりますわ」
メルヴィが魔法で家具や物を動かしながら答えた。
彼女は前から事務所の内装を変えたがっていたので、オーナーが出ていくや否や、すぐにハウジングに取り掛かっていた。
「ボス~、パウダー類の在庫って隣の部屋に入れといてもいい?」
「おう、頼む。そこの部屋ちょうど鍵付いてるし、倉庫代わりにするわ」
「了解でーす」
フランが言いながら、馬車の中に詰め込んでいたハッピーパウダーのケースを事務所に入れていく。
町中にハッピーパウダーやらのパウダー類を保管できる場所ができたのも地味に有り難い。
これまで、馬車に乗せる分以外の商品は基本的にアジトの方に保管していた。それが一番安全だというのと、保管場所が他になかったからだ。
ただ、馬車サービスをしているうちにハッピーパウダーの在庫がなくなったら、少し町から離れているアジトまで戻らなければならなかった。正直、結構面倒だ。
メルヴィが助かると言うのは、こういった事も含めてだ。
あとは、色々相談をするのにも三人集まれるのはアジトだけというのも不便だった。今は緊急的な問題というのも発生していないが、これからはすぐにでも集まって相談すべき事柄も出てくるだろう。そういった時、町中にも集まれる場所があるのは非常に助かる。
「こうやって仲間ができてくると、スマホがないのって不便だな~って思うよな。メッセージとかでぽんと連絡できないのってかなり不便だし」
「だね~。映える場所とか見つけてもインスタにアップできないし」
あの、フランさん? あなた、日本で売人やりながらインスタやってたの? というツッコミは心の中で何とか押し留めた。
「……? あ、やってないよ!? こっちであったらやりたいな~って思ってただけだから」
俺の視線から何かを感じ取ったのか、慌てて否定した。
どうやら心の中で思っていただけのようだ。
安心した。あんな自分の場所や行動パターンを悟られるようなツールを俺達のような組織がやっていていいわけがない。まあ、カモフラージュで敢えてやるならいいのだけれども。
でも、確かにこっちは向こうよりも物珍しい景色とか動物なんかもたくさんいるから、写真に収めたくなる気持ちもちょっとわかる。鉱石とか、それこそメルヴィの魔法とかも、俺からすれば物珍しいものなので、きっとスマホがあれば動画で撮っていそうだ。
「スマホでっか。まあ、確かに連絡取り合えへんのは不便……」
そこまで言い掛けて、メルヴィは何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。
「どうした?」
「いえ、さすがにスマホは無理なんですけど、連絡取り合って意思疎通させるくらいなら魔法使えばできるんちゃうかな~って思いまして」
「え、メルヴィさんすご。そんなこともできるの?」
「多分できると思うんですけどね~」
メルヴィは家具を動かすのをやめて、手荷物の中から魔導書らしきものを取り出してぺらぺらとめくった。
俺とフランも隣からその魔導書を覗き込んでみる。肝心の詠唱部分は何と書いてあるのか読めなかったが、解説文的なところは読めた。
どうやら、水晶を通じて相手に思念を送る魔法のようだ。
「あ、うんうん。水晶同士を共鳴させて繋いだら多分できそうですわ。スマホっていうより無線みたいな感じになってしまいますけど、作ります?」
「無線!? めちゃくちゃ有り難いんじゃないか、それ!? 作ってくれ!」
異世界でトランシーバー的なものがあるなら、めちゃくちゃ便利だ。正直、一緒にいない間の意思疎通ができないというがの異世界で最も
魔導教師のメルヴィ、有能過ぎる。
でも、そうか。きっと、日本での電気や道具の知識があるから魔法を別の方向で発展させることができるのだ。
異世界人には無線やトランシーバーはない。その水晶の魔法を、双方に連絡を取り合うために使おうという発想がそもそもなかったのだろう。
「これ、首から掛けて下さいまし」
幼児の拳くらいの大きさの水晶玉三つに魔力を込めると、メルヴィはそれらの水晶に紐を通して、俺達に渡した。
「どうやって使うの?」
フランが訊いた。
「水晶を意識しながら心の中で念じたら、多分この水晶を持ってる人全員に意識が届きますよ」
「へ~、すご。じゃあ、ちょっと試してみるね」
フランは言って、水晶玉を握ってから目を閉じた。
すると──フランの声が、脳内で聞こえてきた。
『ボス~、メルヴィさ~ん、聞こえる~?』
『おー、聞こえた聞こえた』
『聞こえてまっせ~』
俺とメルヴィが返事すると、『わ、こんな感じで聞こえるんだ。すごー!』とフランの声が脳内で響きわたる。
うん、なんかすっごい変な感覚だ。
目の前に三人いるのに、無言。でもテレパシーで脳内語り合っている。
凄いな。声を発しない無線って感じか。脳内で会話が交わせるから、声を聞かれる心配もしない。隠密行動にも使える代物だ。
『せっかくだし、しりとりでもします?』
『おっ、ええですね。やりまひょやりまひょ』
『何でだよ。やらねーよ』
『じゃあボス、しりとりの〝り〟からどうぞ』
『えーっと、〝リンゴ〟……って、違う! やらすな!』
脳内でそんな会話をしながら、フランのにやにやした顔とメルヴィの笑いを堪えた顔を見て、俺は小さく溜め息を吐いた。。
せっかくの文明の利器(?)も、アホに持たせたらこんなことくらいにしか使い道がないらしい。
俺は前までオーナーが腰掛けていた席に座ると、ぐでっと天井を仰いだ。
本来、事務所という単語は異世界にはないはずだ。ただ、もうここを事務所と読んでも問題ない。
事務所とは、企業や団体が業務を行うための場所。異世界には馴染がない単語ではあるが、ここグリフォン馬車サービスは実質俺達〝レガリア〟のもので、〝レガリア〟が業務を行うための場所なのだから。
まあ、主な業務は間違いなく馬車サービスではないのだけれど。
「町中に集まれる場所があると大分楽ですからね~。ほんま、助かりますわ」
メルヴィが魔法で家具や物を動かしながら答えた。
彼女は前から事務所の内装を変えたがっていたので、オーナーが出ていくや否や、すぐにハウジングに取り掛かっていた。
「ボス~、パウダー類の在庫って隣の部屋に入れといてもいい?」
「おう、頼む。そこの部屋ちょうど鍵付いてるし、倉庫代わりにするわ」
「了解でーす」
フランが言いながら、馬車の中に詰め込んでいたハッピーパウダーのケースを事務所に入れていく。
町中にハッピーパウダーやらのパウダー類を保管できる場所ができたのも地味に有り難い。
これまで、馬車に乗せる分以外の商品は基本的にアジトの方に保管していた。それが一番安全だというのと、保管場所が他になかったからだ。
ただ、馬車サービスをしているうちにハッピーパウダーの在庫がなくなったら、少し町から離れているアジトまで戻らなければならなかった。正直、結構面倒だ。
メルヴィが助かると言うのは、こういった事も含めてだ。
あとは、色々相談をするのにも三人集まれるのはアジトだけというのも不便だった。今は緊急的な問題というのも発生していないが、これからはすぐにでも集まって相談すべき事柄も出てくるだろう。そういった時、町中にも集まれる場所があるのは非常に助かる。
「こうやって仲間ができてくると、スマホがないのって不便だな~って思うよな。メッセージとかでぽんと連絡できないのってかなり不便だし」
「だね~。映える場所とか見つけてもインスタにアップできないし」
あの、フランさん? あなた、日本で売人やりながらインスタやってたの? というツッコミは心の中で何とか押し留めた。
「……? あ、やってないよ!? こっちであったらやりたいな~って思ってただけだから」
俺の視線から何かを感じ取ったのか、慌てて否定した。
どうやら心の中で思っていただけのようだ。
安心した。あんな自分の場所や行動パターンを悟られるようなツールを俺達のような組織がやっていていいわけがない。まあ、カモフラージュで敢えてやるならいいのだけれども。
でも、確かにこっちは向こうよりも物珍しい景色とか動物なんかもたくさんいるから、写真に収めたくなる気持ちもちょっとわかる。鉱石とか、それこそメルヴィの魔法とかも、俺からすれば物珍しいものなので、きっとスマホがあれば動画で撮っていそうだ。
「スマホでっか。まあ、確かに連絡取り合えへんのは不便……」
そこまで言い掛けて、メルヴィは何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。
「どうした?」
「いえ、さすがにスマホは無理なんですけど、連絡取り合って意思疎通させるくらいなら魔法使えばできるんちゃうかな~って思いまして」
「え、メルヴィさんすご。そんなこともできるの?」
「多分できると思うんですけどね~」
メルヴィは家具を動かすのをやめて、手荷物の中から魔導書らしきものを取り出してぺらぺらとめくった。
俺とフランも隣からその魔導書を覗き込んでみる。肝心の詠唱部分は何と書いてあるのか読めなかったが、解説文的なところは読めた。
どうやら、水晶を通じて相手に思念を送る魔法のようだ。
「あ、うんうん。水晶同士を共鳴させて繋いだら多分できそうですわ。スマホっていうより無線みたいな感じになってしまいますけど、作ります?」
「無線!? めちゃくちゃ有り難いんじゃないか、それ!? 作ってくれ!」
異世界でトランシーバー的なものがあるなら、めちゃくちゃ便利だ。正直、一緒にいない間の意思疎通ができないというがの異世界で最も
魔導教師のメルヴィ、有能過ぎる。
でも、そうか。きっと、日本での電気や道具の知識があるから魔法を別の方向で発展させることができるのだ。
異世界人には無線やトランシーバーはない。その水晶の魔法を、双方に連絡を取り合うために使おうという発想がそもそもなかったのだろう。
「これ、首から掛けて下さいまし」
幼児の拳くらいの大きさの水晶玉三つに魔力を込めると、メルヴィはそれらの水晶に紐を通して、俺達に渡した。
「どうやって使うの?」
フランが訊いた。
「水晶を意識しながら心の中で念じたら、多分この水晶を持ってる人全員に意識が届きますよ」
「へ~、すご。じゃあ、ちょっと試してみるね」
フランは言って、水晶玉を握ってから目を閉じた。
すると──フランの声が、脳内で聞こえてきた。
『ボス~、メルヴィさ~ん、聞こえる~?』
『おー、聞こえた聞こえた』
『聞こえてまっせ~』
俺とメルヴィが返事すると、『わ、こんな感じで聞こえるんだ。すごー!』とフランの声が脳内で響きわたる。
うん、なんかすっごい変な感覚だ。
目の前に三人いるのに、無言。でもテレパシーで脳内語り合っている。
凄いな。声を発しない無線って感じか。脳内で会話が交わせるから、声を聞かれる心配もしない。隠密行動にも使える代物だ。
『せっかくだし、しりとりでもします?』
『おっ、ええですね。やりまひょやりまひょ』
『何でだよ。やらねーよ』
『じゃあボス、しりとりの〝り〟からどうぞ』
『えーっと、〝リンゴ〟……って、違う! やらすな!』
脳内でそんな会話をしながら、フランのにやにやした顔とメルヴィの笑いを堪えた顔を見て、俺は小さく溜め息を吐いた。。
せっかくの文明の利器(?)も、アホに持たせたらこんなことくらいにしか使い道がないらしい。