情報屋から貿易商の下っ端従業員の情報を仕入れた俺は、ある時は貿易商の前、或いは彼らの家の近くで出待ちしつつ、偶然を装って馬車サービスの営業を掛けていった。
「うちの会社のお得意さんなんで、安くしておきますよ」と通常より大分安い価格を提示すると、皆快く利用してくれる。馬車通勤は、ちょっとした優雅さを味わえるらしい。
 まあ、日本だって電車や徒歩で通勤するよりタクシーで通勤したら優雅だんな。下っ端程、そういった見栄やひと時の優越感に浸りたがるのかもしれない。
 俺は彼らを乗せつつ、日々感じている不安や不満などを引き出していく。
 おおよそ、下っ端従業員の不満はこんな感じだった。

『最近、取引先からの注文が減っているし、物資の搬入が遅れている。こんな状況が続けば、俺達の仕事も危ういんじゃないか?』
『このところ給料の支払いが遅れがちだ。上の連中は何も説明してくれないし、俺達がどうなっているのかすら教えてくれない』
『取引の状況が悪化しているのは知ってるけど、何も言わないってことは、悪い方向に向かっているってことなんだろうな』
『最近は、物資の数が少ないくせに、搬入の手間ばかり増えてる。取引先も不満そうだし、なんだか上手く回ってない感じがする』
『このままオーナーとの取引が上手くいかなかったら、俺たちの仕事も危なくなるんじゃないか。今のうちに他の仕事を探した方がいいのかもしれない』

 仕事の不安定さや給料や待遇への不満、上層部とのコミュニケーション不足、過労と仕事の負担、それから会社の将来性に関するもの……従業員の不安や不満の種類は、異世界でも日本でもあまり大差はないらしい。
 俺は彼らの不満や不安に耳を傾けつつ、巧みにそれらの感情を増幅させるような話を吹き込んでいった。

『最近、うちのオーナーがかなり厳しい状況に陥っているって話っすよ。支払いどころか破産寸前らしいっす。近いうち潰れるかもっすねー。俺も新しい職探ししようかな~』
『なんか、うちのオーナー、そちらから受け取った物資の一部を別の業者に横流ししてるらしいっすよ。最近取引先が増えたとか言ってたっすけど、なんか裏でこそこそやってるみたいっす』
『ここだけの話っすけど、他の取引先はうちとの契約を打ち切ろうとしてるみたいっすよ。おたくと同じく支払いが滞ってるって話なんで、取引を続ける意味がないって判断したのかもしんないっすねー』
『うちのオーナー、事業規模縮小するっぽいんすよね。そうなるとおたくとの取引量も減るかもしれないっすねー』
『ちらっとだけ聞いただけなんで信憑性そこそこって感じなんですけど、うちのオーナー、裏で汚職に手ぇ染めてるっぽいんすよね。だから、おたくへの支払いも遅れてるのかも』

 テキトーな口先三寸な噂話なのだが、自分の勤め先に対して不満や不安を持っている連中は、こちらの不安にも共感しやすい。皆俺の話に聞き入ってくれた。
 これが日本だとそうは上手くいかないんだろうけど、異世界は日本よりも情報リテラシーが低い。ちょろいちょろい。
 あとは情報の広まりを待つだけだ。
 そうしたこまごまとした活動を続けていた数日間、情報屋にも常に貿易商の情報を探らせていた。俺の言葉が貿易商達の間で広まっているかの確認のためだ。
 狙い通り、俺の言葉はすぐに従業員達に広まり、自然と上層部にその不安を伝え始めたようだ。
 そこから、計画は次の段階に移行する。上層部との接触である。
 情報屋に上層部の個人情報も調べてもらい、下っ端従業員の時と同じように、偶然家の前を通った風を装って声を掛けた。

「乗って行きません? ()()()()()()()()()()()んで、お安くしますよ」

 そうやって言葉に含みを持たせれば、当然情報の真偽を聞き出そうと上層部の人も乗ってくる。
 当然、グリフォン馬車サービスの内情はどうなってるんだ、うちの内部で広まっている噂は本当なのかという事実確認がされた。
 俺は待ってましたと言わんばかりに、用意していた話をする。

「あくまでも下っ端の俺が聞いた話、という前提ではあるんすけど、うちのオーナーは一部の取引先に支払いを停止してるっぽいですねェ。うちの事業は多分もう限界で……働いている俺が言うのも何なんすけど、取引相手としては全く信用できない状況っす。早めに手ぇ打った方がいいっすよ」

 深刻そうに、申し訳なさそうに話してみると、上層部の連中はすぐに俺の話を信じてくれた。

「やっぱりそうだったのか……最近支払いが遅れてると思ってはいたが、まさかそのまま踏み倒すつもりだったとは。これは、彼との付き合い方も変えねばならんな」

 上層部の男は憤然として言った。
 いいぞ、全てが俺の思うがままに進んでいく。もう一手打ってみるか。

「そこで、なんすけど。ちょっと相談があるんすよね」

 俺は神妙な面持ちで切り出した。

「相談? 君が私に、か? 潰れたらうちで雇ってほしいとでもいうつもりかね」
「いえ、そうじゃないっす」

 俺はにやりと笑みを浮かべて、こう持ち掛けるのだ。

「あの恩知らずはとっとと切って捨てて、代わりに俺を立ててくれませんかね? 俺がグリフォン馬車サービスを引き継いで、再建させますよ。もちろん、おたくへの負債の返済が第一です」