翌日から、俺達は早速グリフォン馬車サービス乗っ取りに対して動き始めた。
 グリフォン馬車サービスはもう何十年もハバリアで馬車タクシー業務をしているので、オーナーも信頼が厚い。ただシャブ漬けにして脅し取ったところで、俺達が怪しまれるだけだろう。周囲からも俺達が運営した方が町のためになる、と思わせる必要があった。
 そこで必要となってくるのが、オーナーの弱点だ。相手の弱点を掴んでからでないと、こちらの戦略も立てずらい。まずは、その弱点を探ることが先決だった。
 弱点や秘密を知るのに一番打ってつけなのは、日本でも異世界でも同じ。情報屋だ。

「それなら、信頼できる筋があるよ」

 俺が情報屋という単語を出した時のフランがどや顔で言った。
 異世界での記憶が一切ない俺にとって信頼できる筋などないのだけれど、討伐部隊として領主館に勤めていたフランにはその繋がりもあったようだ。持つべきものは仲間である。

「じゃあ、そいつに依頼してくれ。金なら使っていい」
「了解でーす」

 そんな軽いやり取りを交わしてから、早速フランにその情報屋とコンタクトを取ってもらった。
 依頼内容は、グリフォン馬車サービスの財務状況や取引先との関係について、だ。
 そして、それから一週間後……フランが情報屋から報告を受けて、アジトに戻ってきた。

「どんな感じよ? いけそう?」
「うん! イイ感じイイ感じ。これだけ弱味があれば、ボスなら上手く料理できるんじゃないかな」

 フランが報告書を眺めて、こちらに微笑みかけた。
 さすがはフラン。異世界に来てからちょっとアホっぽくなってしまったところがあって心配だったのだが、肝心なところは変わっていないらしい。

「へぇ。んじゃ、早速教えてくれよ」
「は~い」

 気の抜けた返事の後、フランは情報屋から受けた報告、即ちグリフォン馬車サービスの財務上の問題を説明してくれた。
 曰く、オーナーは主要な貿易商と長年の取引関係を持っており、特に馬車の部品や消耗品の供給を一手に引き受けてもらっていた。しかし、ここ数ヶ月の経済情勢の悪化や、オーナー自身の運営の不安定さから、支払いが徐々に遅れ始めていたのだという。
 これに関しては、こちらに来てからの少ない俺の記憶でも何となく想像できる部分がある。
 もともと俺がここの門を叩いた時には、グリフォン馬車サービスには誰ひとりとして御者がいなかった。薄給故に、皆辞めてしまったのだ。馬車サービスの給料だけなら、その日暮らしがぎりぎりできるかどうか。
 実際に、俺だってハッピーパウダーの収益がなければこんなところで働いていなかった。それはフランだって同じだろう。
 給料を減らせば働き手が減ることなんてわかり切っていたのにどうしてそんなことをするんだと思っていたが、それは馬車サービスの財務状況にあったようだ。売り上げの殆どを貿易商への支払いに費やしていたのだろう。

「そんで、貿易商はブチギレ状態なわけ」
「う~ん……それが、結構微妙なラインなんだよね」

 フランは説明を続けた。
 どうやら貿易商はまだオーナーに一定の信頼を寄せているようで、長期の取引関係に基づいて今までの支払いの遅延には目をつぶっていたのだという。
 しかし、内部の圧力が高まり、信頼が揺らいでいるという兆候も見え始めているようだ。取引額が多額に上ることもあり、貿易商側にもリスクを感じ始めていたが、今までの付き合いを考慮して様子を見ている状況だった。

「へー? なかなか面白そうな話じゃんか。その情報、信じていいんだよな?」
「うん。それは大丈夫。嘘は吐かない人だから」
「じゃあ、色々やりようがあるな」

 その話を聞いて、無意識のうちに口角が上がってしまう。
 その貿易商とオーナーの間に不信感を植え付ければ、上手いことグリフォン馬車サービスの運営権を奪えそうだ。

「悪い顔してるな~、ボス。次、どうすればいい?」
「んじゃ、まずはその情報屋に貿易商で働いてる連中の情報をリストアップさせといて。あ、リストアップするのは下っ端の従業員ね」
「下っ端? どうして?」
「俺達みたいな身分の者でも、気軽に接することができるからねー。上層部と接するには、まだ俺の信用が足りない」

 オーナーと貿易商は昔ながらの付き合いだというのだから、それなりに信頼関係が厚いはずだ。
 そんなところに、こんなちょっと前まで森の中で粉食ってたガキんちょが色々話を吹き込んだところで、信じてもらえない。むしろ、俺がそんな話を吹聴していたとオーナーに報告されてしまう可能性さえある。
 上層部を説き伏せるには、下部から不安を煽った方が早い。

「まー、そっちは俺に任しといてもらって大丈夫」
「私とメルヴィさんは? なんか動く?」
「いや、ふたりは普段通り馬車サービスやっといて。あと、情報屋には多めに報酬支払っといてね。裏切られたくないし」
「諸々おっけーでーす」

 フランは敬礼のようなポーズを取って、メルヴィのところへ向かった。
 俺のグリフォン馬車サービス乗っ取り計画が、ようやく動きだしそうだ。