持って帰ってきた荷物の中から色々なパンを取り出し、俺とフランでアジトのテーブルの上に並べていく。メルヴィは魔法で生成した水を沸かして、紅茶を淹れようとしてくれていた。
 テーブルの上には野菜や肉などが挟まれたパンや骨付き肉が並んでいる。もちろん、全部市場で買ってきたものだ。
 宿暮らしだった頃は店で飲み食いしていたが、拠点をアジトに鞍替えしてからは、市場で買ってきたものをアジトに持ち帰るようになっていた。
 基本的に、俺達〝レガリア〟は夕食だけ一緒に食べることが多い。日本にいた頃はそれもまちまちだったが──基本各々がウーバーで好きなものを買ったりキッチンで作ったりしていた──異世界では夜にやることがないので、こうして一緒に飯を食うようになった。
 このアジトにもキッチンらしきものはあるのだが、如何せん俺達は誰一人料理が作れない。

「えらいぎょーさん買ってきはったなぁ。食べれます?」
「あー、それなら大丈夫」

 メルヴィが食卓に並んだ料理を見て言ったので、俺はこう続けた。

「フランがアホ程食うから」
「ちょっと。私が大食いみたいに言うのやめてよ。ボスだってよく食べるじゃん」

 早速反撃を喰らってしまった。
 まあ、それも嘘ではない。
 この身体はまだ十代ということもあって、食べ盛りなのだ。この食欲は、まるで中高生。懐かしい食欲だ。
 俺達のやり取りを見て、メルヴィは「さよか」と呆れたように笑っただけだった。

「さて、ほんなら頂きまひょか」
「うい」
「いただきまーす」

 三人で手を合わせてからそれぞれ目的の品に手を伸ばし、異世界の食べ物を食す。
 食べ物には基本的にそこまで差はない。
 どこかで見たことがあるようなもの──肉などはわからないが──ばかりで、食べられない、といったものは殆どない。だが、酒も飯も、大体のものが薄味で物足りなかった。

「マヨネーズって偉大だったんだな……」
「ケチャップとかソースもあればなーって思うよね。調味料も塩と胡椒だけだとさすがに飽きてくるっていうか」
「ほんまにそれですねー。ドレッシングも欲しいですわぁ」

 俺達はもしゃもしゃと食べながら、そんな感想を述べていく。
 うーん、今だとノンアルコールのビールでさえ有り難く飲めそうだ。
 ワイン以外は酒もあまり美味くないため、俺達は酒をあまり飲まなくなってしまった。もちろん、酔いたい時用のためにワインも買ってあるのだが、異世界生活何があるかわからないため、あまり酒を飲まないようにしていた。

「レクスがいれば、ここのキッチンでも何か美味しいもの作れたのかなー」

 フランが、未だ使われた形跡のないキッチンを覗き込んだ。
 レクスはレガリアの中でも唯一料理を得意とする人間だった。異世界でも、きっとそれなりのものを作ってくれただろう。
 日本のアジトではレクスが気まぐれに何か作ってくれて皆で摘まんでいたが、あいつの作るものをこれだけ恋しく思ってしまうとは。今のところ、異世界生活一番の悩みは食事かもしれない。

「まあ、いない人間に恋焦がれても仕方ないさ。とりあえず、今の俺達の問題は、売人の選定だ」

 俺は話を戻した。

「半グレの売人をフランが何人かリストアップしてくれたけど、さすがにちょっと面接はしたい。こっちの情報を売るような連中は避けたいしな」

 実際に、どこかから取引の情報が漏れて俺達はこうして異世界転生をする羽目になった。
 それに、売り上げを懐に入れて逃げ去るような人間も避けたい。商品を託すのだから、ある程度信用できる奴にしたかった。
 俺の構想としては、メインの組織メンバーは俺、フラン、メルヴィの三人だけにして、他は下部組織とするのが良いと思っている。
 結局のところ、志を共にできるのは日本にいた頃からだけの奴だ。異世界人のメンバーは、余程俺達が魅力を感じるような奴以外はいつでも足きりができるようにしたい。
 フランとメルヴィも、俺のその考えには賛同してくれた。

「面接かー。どこでする?」
「ここ……は嫌だよなぁ」

 俺はアジトを見回して言った。
 ここは言ってしまえば、隠れ蓑だ。商品の在庫や、金庫なんかもある。もし何か問題があった時に、衛兵やらにこの場所を垂れこまれても嫌だ。
 かといって、面接ではもちろんあまりヨクナイ話もするわけで、町のレストランやカフェなんかで面接をするのも避けたかった。

「ほんならやっぱり、馬車サービスの事務所ちゃいます?」
「まあ、そうなるよな。ただ、オーナーが邪魔なんだよなぁ」
「乗っ取っちゃうしかなくない?」
「やっぱそれしかないかねぇ」

 メルヴィとフランの案に、俺も同意する。
 馬車サービスの乗っ取りに関しては、俺も随分と前から考えていた。
 実際にここでできる話も馬車サービスの事務所──という言葉はこちらではないのだが、そちらの方がフランとメルヴィにも伝わりやすいので事務所といっておこう──でできるのなら、それに越したことはない。
 ただ、オーナーはこの町で馬車サービスの仕事をしている期間が長く、町全体から信頼されている。直接的に奪取するのは困難だ。

「まー、やりようがないこともないか」

 俺はにやりとほくそ笑む。
 こういった陰謀は、お手の物だ。でなければ、何もなかったガキが日本で麻薬カルテルなんかを作れるわけがないのだから。

「あ、ボス悪い顔してる~」
「ええですね。そういうボスの顔、好きですよ」

 同じく倫理観のぶっ壊れた女ふたりが口角を上げる。
 全く、こいつらは俺のことを何だと思っているんだか。
 兎角、これから暫く馬車サービス乗っ取りに向けて動き出すことになりそうだ。
 本当にゼロから始めている感があって、これはこれで楽しい。
 俺達に標的にされたグリフォン馬車サービスは、本当に不運だとは思うが。