「メルヴィさーん!」

 メルヴィの名乗りと同時に、フランは剣をほっぽり投げてメルヴィに抱き着いていた。
 俺も、そこでほっと息を吐いて、ダガーを鞘に収める。

「お久しぶりです、フランはん。なんやえらい可愛らしなりはって。どこの令嬢さんかと思いましたわ」
「メルヴィさんこそめっちゃ美人さんになってるしー! びっくりするでしょ」

 余程嬉しかったのだろう。フランはわんわん泣き始めた。
 メルヴィはやや困惑してはいたが、よしよしと撫でている。おそらく、彼女の知るフランよりも随分と喜怒哀楽が激しいので、驚いているのだろう。
 今となっては俺も慣れてしまったが、フランはレガリアに所属していた頃とは随分と性格が異なる。それはおそらく、この世界の宿主の影響を受けているからだろう。
 そして、それはメルヴィも同じだ。少なくとも、日本にいた頃の彼女は関西弁ではなかった。というか、何なんだその関西弁は。極●の妻たちか?

「ボスもえらいお久しぶりです。元気にしてはりましたか?」

 泣きじゃくるフランをあやしつつ、メルヴィはにこりとこちらに笑みを向けた。
 うん、フランもメルヴィも異世界で美人になりすぎだろう。ちょっとドキっとしてしまった。

「久しぶり……ってほど久しぶりじゃないはずなんだけど、すげー久しぶり感はあるよな」
「ほんまですわ。この身体になった当初、わけわからなすぎて発狂しそうになりましたからね。あまりにわけわからなすぎてもう笑うしかありませんでしたけど」

 メルヴィは肩を竦めてみせると、小さく溜め息を吐いた。
 やはり、彼女もフランと同じく、宿主と転生者の自己同一性の不一致でかなり悩まされていたようだ。
 フランは俺と話すことで自我に自信を持てたようだが、メルヴィは自分自身で何とかしたようだ。それとも、異世界に転生してから結構時間が経過したからこそ、落ち着いてきたのかもしれない。

「立ち話もなんだし、座ったらどうだ? まあ、さっき買ったばっかだから出せる茶もないんだけどさ」

 フランが落ち着いてきた頃合いで、そう提案してみた。
 メルヴィはちょっと呆れたように、溜め息を吐く。

「そんなん気にせんでよろし。あちきらはそんな浅い仲ちゃいますやろ? お茶なんかいりまへん」
「まあ、それもそうか」

 家具つきの家だったので、俺達はそれぞれ備え付けだった椅子に腰かけてテーブルを囲んだ。
 うん、最低限の家具しかないから、ちょっと寂しいな。内装はもうちょっと凝ってもいいかもしれない。

「皆見知った仲のはずなのに、緊張しちゃうね。さすがにボスは慣れてきたけど」

 フランがそれぞれの顔を見比べて言った。
 確かに。
 中身は完全に一致しているはずなのに、三者三葉で声も外見も違うから、完全に別人と話している気分になる。
 ボイスチャットを入れながらMMORPGをやってる感じに近いのかもしれないが、声も違うから、やっぱり見知らぬ人感が強い。

「ほんまですねー。ボスとかイケメンになりすぎちゃいます? なんや私より年下みたいになってますやん」
「やかましい。目覚めたらこれだったんだよ。それを言うなら、お前らこそ美人になり過ぎてるだろ」
「ちょっとボス、それだと日本にいた頃の私達が美人じゃなかったみたいな言い方になるけど、そういうこと?」

 むむっと少し怒った顔でフランが尋ねてくる。
 いやいや、完全に日本人じゃない外見だからもはや誰ってレベルで違うし、美人がどうこうとかいう話でもないんだけど。

「そうとは言ってないだろ、そうとは」
「あー、ボス。ルッキズムだ。これだからギャル好きは」
「セクハラですわ、セクハラ。セクハラはあきまへんで」
「待て、イケメンがどうこう言い始めたのはそっちだろうが。あと人の性癖を勝手に暴露すな」

 ギャルだのセクハラだのルッキズムだの、異世界には存在しない言葉がぽんぽん出てきて、そこでようやく皆あっちの世界から来たんだなぁと確信が持てる。

「っていうか、メルヴィは何で関西弁なんだよ」

 話の流れがどうにもよくないので、無理矢理話題を変えた。
 女ふたりに男ひとりではどうにも部が悪い。普段ならㇾクスに矛先を向けるのだが、俺しかいないとどうにも俺が的になってしまう。

「それあちきもようわからんのですけど、何や勝手にそうなってましてん」
「あっちでは出身どこだっけ?」
「群馬です」
「ああ、グンマーか……」

 グンマーの関西弁はかなり嘘くさい。
 というか、それならもっとエセ関西弁っぽくなってもおかしくないのに、彼女の関西弁は自然なものだった。

「ちょっと、群馬のこと馬鹿にせんとってくれます? 確かに魔境みたいなところはありましたけど」
「あんのかい。ってか関西弁で群馬のこと擁護されてもなんかしっくり来ないんだけど」
「そないなこと言われましても、自然にこれで喋ってしまいますからねー。どうにもならんのですわ」

 メルヴィは困ったように眉を顰めた。
 やはり、彼女の関西弁も宿主の習性だったと考えて間違いなさそうだ。

「ってことは、こっちにも関西弁があるってこと?」

 フランが訊いた。

「いや、あちきらが会話でやり取りしてる時は関西弁に聞こえてるだけで、こっちの世界の住人には方言とか訛りとして聞こえてるんちゃいますか?」
「何でそう思うの?」
「不思議に思ったことありません? あちきら、こっちで普通に読み書きできますやん? でも、ここに書いてある文字て地球にはない言語なはずやし、本来ならあちきら読まれへんはずやと思うんです」

 メルヴィは鞄の中から魔導書を取り出して、こちら向けた。
 見たことがない文字のはずなのに、確かに内容を理解できる。そういえばこれまで疑問に思わなかったが、当たり前に読み書きはできていた。

「それでも読めるってことは、あちきらが脳内で勝手に日本語として変換してるってことなんちゃうかなって」
「あーっ、その感覚ちょっとわかるかも。私、小さい頃から英語とフランス語も話せたけど、日本語が主流言語になってからは頭の中で日本語に翻訳されてたなぁ」

 フランがちょっとかっこいいことを言う。
 実は彼女、日仏英のトライリンガルなのだ。アジア系フランス人と彼女が言ったことを信じたのも、そのあたりの背景があった。外国の組織と取引する時、彼女のこの能力には随分と助けられたものだ。
 ちなみに彼女のコードネーム〝フラン〟はアジア系フランス人から捩ってフランにしたらしい。適当にも程がある。
 それだけ、彼女にとって名前というものがただ自分を識別するための暗号にすぎない、ということを示していたということでもあるのだろうが。

「じゃあ、俺達は今こうして話してるのは実は異世界語で、俺達の脳内で勝手に日本語に翻訳されてるってことか」
「やと私は思ってます。そうやないと、あちきが関西弁なんが説明できませんから」
「なるほど、確かに確かに」

 メルヴィの言葉に、フランが頷く。
 まだまだ謎は多いけれど、また異世界人としての俺達のあり方が少しわかった気がした。