それから、俺とフランは馬車サービスの仕事をしながら麻薬を市民に広げていった。
それと並行して、アーマーパウダーの治験も行い──魔物治験はあれ一回だけで、そこからは自分の身体を使っている──おおよその効果や限界なんかも見えてきた。
アーマーパウダーは、まるで鎧をまとったかのように全身の痛覚を遮断する麻薬だ。服用すれば、僅か数秒で全身の感覚が鈍り始め、まるで自分の体が他人のものになったような不思議な感覚に包まれる、みたいな感覚だ。
これによって、三〇分間はどんな痛みも感じない。致命傷を負ったとしても、痛みを感じることはなく、冷静な判断を保ったまま戦闘を続けることができるのは強いだろう。
ただし、即死攻撃を受けた場合はその限りではない。その効果は及ばず、命を失うことになるだろう。それは、ゴブリンの実験で実証済みだ。アーマーパウダーを使っていたとしても、頭や心臓など急所はしっかりと守らなければならない。
それに、アーマーパウダーには副作用もある。服用直後、視界が一時的に白黒になり、周囲の色彩が失われる、というのが主なものだ。それから、軽い眩暈もある。ただ、これらの副作用はすぐに消え去り、戦闘への集中を取り戻すことができるので、それほど問題はなかった。飲むタイミングには気をつけた方がよさそうだ。
アーマーパウダーの効果を持続させるために、続けて服用することもできる。ただ、四十五分を過ぎたあたりから、その効果は徐々に弱まり始めるので、無限に使い続けられるわけではない。続けて服用しても、最大で六〇分までだ。それ以降、痛覚麻痺は維持できない。
それ以上の使用は効果が得られず、ただ副作用の眩暈や色彩感覚異常が続いて体に無理を強いるだけだ。六〇分の使用後は、少なくとも三時間の休薬が必要だった。ちなみに、最初の三〇分で使用を止めておけば、休薬期間はわずか一時間で済む。
アーマーパウダーは強力だが、使用には慎重さが求められるといえる。逼迫した状況でなければ、一回の戦闘につき一度の使用にとどめておくのが賢明だろう。そうすることで、次の戦闘に備えるための回復時間を短縮できる。
これがおおよそのアーマーパウダーの概要だ。使いようによってはかなり使える。
フランによると、治癒師という人達は教会だけでなくフリーで活動している人もいるらしい。ワルご用達の治癒師だったり──闇医者みたいなものだろう──ワルに囲われている治癒師もいるそうだ。
たとえば、治癒師を囲っているようなワルの集団にこのアーマーパウダーを卸すことができれば……かなり有用なのではないだろうか。
アーマーパウダーの卸し先、どこがいいだろう?
山賊とか盗賊とか、そういった集団と繋がりができれば良い卸し先となりそうだ。
ただ、そういったワルとの提携はもう少し後だ。
まだ俺達にその基礎ができていない。まずは、ハッピーパウダーを流行らせて、地盤をしっかりと作るのが先決だ。むしろ、ハッピーパウダーの規制が始まったり、売り上げの限界を感じてからで良いだろう。
少なくとも、まだ麻薬取締が始まる段階ではない。ゆっくりと着実に、力をつけていこう。
さて、そうこうしつつ、俺とフランの馬車サービス兼売人生活が始まって、半月が経とうとしていた。
徐々にリピーターや口コミなんかでヤク目的で俺達の馬車サービスを利用する連中が増えてきている。初日・二日目ほど爆発的な売り上げは作れなかったが、順調に資金は調達できていた。
俺とフランのものを合わせれば、もう一年は何もしないで生きていける額だ。半月でこれだけ稼げたら大したものである。ハバリアでもハッピーパウダー使用者が増えてきているし、今後はリピーターもどんどん増えていくだろう。
ただ、そうなってくると問題なのが、金の保管場所だ。
俺達がグリフォン馬車サービスで働いているのはもう結構知れ渡ってしまっていて、大して給料が良くないはずの馬車サービス業でばかすかと質屋の金庫に金を預けると色々怪しまれる。それに、そろそろ馬車に荷馬車に積んでおける量でもなくなってきてしまった。
そこで、俺達はその金を一旦消費する目的も兼ねて──アジトを購入することにした。一括購入だ。
アジトといっても、ハバリアの外れの方にある戸建ての一軒家。平屋の三LDKだ。
ハバリアからの距離もそんなに離れていなくて、馬を超特急で飛ばせばほんの十分くらいでつく。馬車だとあまり徒歩と変わらないので三〇分近く掛かってしまうが、それでもそんなに遠くない。しかも最低限の家具もついている。
「念願のマイアジトだー、やったやったー!」
フランが嬉しそうにはしゃいでいた。
まあ、その気持ちはよくわかる。俺も内心では結構嬉しい。
日本で初めてアジトを手に入れた時にも似た気分だった。
池袋のくっそ汚い雑居ビルの一室……あれもあれで味があったが、異世界の一戸建ても悪くはなかった。
アジトさえあれば、寝泊りもできるし、溜まり場にもなる。作戦会議だって周囲の目を気にしなくていいし、馬車に積んでいた麻薬だってこっちで保管できる。
あとは金庫さえ買ってしまえば、わざわざ金庫屋に預ける必要もない。使い勝手はかなりいいだろう。
ちなみに、この家の購入資金は金庫屋に預けていた俺とフランの金で買った。周囲からみれば、俺達はスッカラカンの状態だ。
ただ、馬車に積んでいたハッピーパウダーの売り上げがあるので、生活には全然困らない。何だったら暫く働かなくていいくらいにはあるが、それでも住民達はハッピーパウダーを求めている。
ハッピーを求める人達がいるのならば、俺達は働く。それが俺達麻薬カルテル〝レガリア〟だ。
「さて、それじゃあこれからはここを拠点にするか。金庫室に関しては工夫が必要だよな」
「家具も色々買い揃えなきゃだなぁ。お金ほしー」
「たくさん稼いでいこうぜ」
「おー!」
そんな感じで俺達が改めて気合を入れ直した時──買ったばかりのマイアジトの扉が、バンと開かれた。
そして、こんな関西弁の女の声が響き渡ったのだった。
「怪しい粉売って荒稼ぎしてはるクレハはんとフランはんっていうのは、おふたりのことで間違いありません?」
それと並行して、アーマーパウダーの治験も行い──魔物治験はあれ一回だけで、そこからは自分の身体を使っている──おおよその効果や限界なんかも見えてきた。
アーマーパウダーは、まるで鎧をまとったかのように全身の痛覚を遮断する麻薬だ。服用すれば、僅か数秒で全身の感覚が鈍り始め、まるで自分の体が他人のものになったような不思議な感覚に包まれる、みたいな感覚だ。
これによって、三〇分間はどんな痛みも感じない。致命傷を負ったとしても、痛みを感じることはなく、冷静な判断を保ったまま戦闘を続けることができるのは強いだろう。
ただし、即死攻撃を受けた場合はその限りではない。その効果は及ばず、命を失うことになるだろう。それは、ゴブリンの実験で実証済みだ。アーマーパウダーを使っていたとしても、頭や心臓など急所はしっかりと守らなければならない。
それに、アーマーパウダーには副作用もある。服用直後、視界が一時的に白黒になり、周囲の色彩が失われる、というのが主なものだ。それから、軽い眩暈もある。ただ、これらの副作用はすぐに消え去り、戦闘への集中を取り戻すことができるので、それほど問題はなかった。飲むタイミングには気をつけた方がよさそうだ。
アーマーパウダーの効果を持続させるために、続けて服用することもできる。ただ、四十五分を過ぎたあたりから、その効果は徐々に弱まり始めるので、無限に使い続けられるわけではない。続けて服用しても、最大で六〇分までだ。それ以降、痛覚麻痺は維持できない。
それ以上の使用は効果が得られず、ただ副作用の眩暈や色彩感覚異常が続いて体に無理を強いるだけだ。六〇分の使用後は、少なくとも三時間の休薬が必要だった。ちなみに、最初の三〇分で使用を止めておけば、休薬期間はわずか一時間で済む。
アーマーパウダーは強力だが、使用には慎重さが求められるといえる。逼迫した状況でなければ、一回の戦闘につき一度の使用にとどめておくのが賢明だろう。そうすることで、次の戦闘に備えるための回復時間を短縮できる。
これがおおよそのアーマーパウダーの概要だ。使いようによってはかなり使える。
フランによると、治癒師という人達は教会だけでなくフリーで活動している人もいるらしい。ワルご用達の治癒師だったり──闇医者みたいなものだろう──ワルに囲われている治癒師もいるそうだ。
たとえば、治癒師を囲っているようなワルの集団にこのアーマーパウダーを卸すことができれば……かなり有用なのではないだろうか。
アーマーパウダーの卸し先、どこがいいだろう?
山賊とか盗賊とか、そういった集団と繋がりができれば良い卸し先となりそうだ。
ただ、そういったワルとの提携はもう少し後だ。
まだ俺達にその基礎ができていない。まずは、ハッピーパウダーを流行らせて、地盤をしっかりと作るのが先決だ。むしろ、ハッピーパウダーの規制が始まったり、売り上げの限界を感じてからで良いだろう。
少なくとも、まだ麻薬取締が始まる段階ではない。ゆっくりと着実に、力をつけていこう。
さて、そうこうしつつ、俺とフランの馬車サービス兼売人生活が始まって、半月が経とうとしていた。
徐々にリピーターや口コミなんかでヤク目的で俺達の馬車サービスを利用する連中が増えてきている。初日・二日目ほど爆発的な売り上げは作れなかったが、順調に資金は調達できていた。
俺とフランのものを合わせれば、もう一年は何もしないで生きていける額だ。半月でこれだけ稼げたら大したものである。ハバリアでもハッピーパウダー使用者が増えてきているし、今後はリピーターもどんどん増えていくだろう。
ただ、そうなってくると問題なのが、金の保管場所だ。
俺達がグリフォン馬車サービスで働いているのはもう結構知れ渡ってしまっていて、大して給料が良くないはずの馬車サービス業でばかすかと質屋の金庫に金を預けると色々怪しまれる。それに、そろそろ馬車に荷馬車に積んでおける量でもなくなってきてしまった。
そこで、俺達はその金を一旦消費する目的も兼ねて──アジトを購入することにした。一括購入だ。
アジトといっても、ハバリアの外れの方にある戸建ての一軒家。平屋の三LDKだ。
ハバリアからの距離もそんなに離れていなくて、馬を超特急で飛ばせばほんの十分くらいでつく。馬車だとあまり徒歩と変わらないので三〇分近く掛かってしまうが、それでもそんなに遠くない。しかも最低限の家具もついている。
「念願のマイアジトだー、やったやったー!」
フランが嬉しそうにはしゃいでいた。
まあ、その気持ちはよくわかる。俺も内心では結構嬉しい。
日本で初めてアジトを手に入れた時にも似た気分だった。
池袋のくっそ汚い雑居ビルの一室……あれもあれで味があったが、異世界の一戸建ても悪くはなかった。
アジトさえあれば、寝泊りもできるし、溜まり場にもなる。作戦会議だって周囲の目を気にしなくていいし、馬車に積んでいた麻薬だってこっちで保管できる。
あとは金庫さえ買ってしまえば、わざわざ金庫屋に預ける必要もない。使い勝手はかなりいいだろう。
ちなみに、この家の購入資金は金庫屋に預けていた俺とフランの金で買った。周囲からみれば、俺達はスッカラカンの状態だ。
ただ、馬車に積んでいたハッピーパウダーの売り上げがあるので、生活には全然困らない。何だったら暫く働かなくていいくらいにはあるが、それでも住民達はハッピーパウダーを求めている。
ハッピーを求める人達がいるのならば、俺達は働く。それが俺達麻薬カルテル〝レガリア〟だ。
「さて、それじゃあこれからはここを拠点にするか。金庫室に関しては工夫が必要だよな」
「家具も色々買い揃えなきゃだなぁ。お金ほしー」
「たくさん稼いでいこうぜ」
「おー!」
そんな感じで俺達が改めて気合を入れ直した時──買ったばかりのマイアジトの扉が、バンと開かれた。
そして、こんな関西弁の女の声が響き渡ったのだった。
「怪しい粉売って荒稼ぎしてはるクレハはんとフランはんっていうのは、おふたりのことで間違いありません?」