自らの状況を確認すべく、俺は周囲を慎重に観察しながら、ゆっくりと森の中を歩き始めた。
 こうして森の中を歩いてみると、ここが異世界であることがよくわかる。
 見慣れない植物や木々が、四方八方に広がっていて、木々の高さは異常だ。太い幹が空に向かってまっすぐに伸び、その先端は見えないほどだった。
 枝葉は濃密で、太陽の光を遮るほどの密度で生い茂っている。日差しが葉の間から漏れ出し、地面に複雑な模様を描いていた。
 足元の土は柔らかく、歩くたびに軽い感触が伝わってくる。時折、見知らぬ動物が草むらから顔を出し、こちらを好奇心いっぱいに見つめていた。
 小さなリスに似た生き物や、青い羽を持つ鳥が俺の存在に気づいても逃げることなく、興味深げに観察している。
 この世界の動物達も、俺にとっては未知の存在だ。
 そこで、ふと思う。

「てか……ここが異世界なら、モンスターみたいなのも出てくるんじゃねえの?」

 自分の腰に触れてみるが、もちろん丸腰で武器っぽいものはない。
 小汚いズボンにシャツ、あとはウエストポーチみたいなものを身に付けていた。
 中をひっくり返してみると、空っぽの小瓶がいくつかと透明に近いような薄い紙の束が出てきた。
 その紙には見覚えがある。

「まさか……薬包紙、か?」

 現世で散々見た代物だ。ここに白い粉を乗せて、鼻から吸ったり口から吸ったり、或いは包んでみたり色々したものである。
 もしかすると、この銀髪のガキは薬師だったのだろうか? だとしても、野生動物がいる森に丸腰で入るのは危険な気がする。
 それとも、ここは人を襲うような動物や魔物はいないのか? それならそれで、安心なのだが。
 周囲に気を配りつつ森の中をしばらく歩くと、俺の視界に奇妙な光景が広がった。
 花が、まるで自ら発光しているかのように淡く光り輝いているのだ。
 それは他の植物や石とは明らかに違う、不思議な光を放っていた。森の中で静かに輝くそれらは、まるで夜空の星のように神秘的だった。

「なんだこりゃ……?」

 俺はその光景に驚きながら、引き寄せられるようにしてその場所へと近づいた。
 どくん、と心臓が高鳴るのを感じた。これまで見たことのない光景に、胸の内に未知なるものへの好奇心が膨れ上がる。
 そこには、小さな花がたくさん咲いていた。まるで、野に咲く花畑だ。
 その花びらは純白で、中心から淡い青白い光が漏れている。光は温かく、手を伸ばすと指先にほんのりとした温もりが伝わってきた。

「ただの花じゃねーな……」

 何かに導かれるように、俺はその花に手を伸ばした。
 そして、その花びらに触れた瞬間──何かが俺の中で目覚めたような感覚があった。
 それは、言葉では表現できないほどの強い衝動だった。
 この植物が特別なものであることを、直感的に理解できたのだ。
 そっと花びらの中心に触れてみると、花びらが微かに揺れ、光が強まったように感じた。
 そして──一瞬のうちに、その花が俺の手のひら上で、黄色の粉末と化したのだ。

「うお!?」

 いきなり粉末に変わったので、当の本人が驚いてしまった。
 とりあえず、零さないようにポーチの中から薬包紙を一枚取り出した。その上にそっと粉末を移してから、小瓶の中に注いでいく。

「……なんだこれ?」

 小瓶の中の粉は、花と同じく淡くぼんやりと光っている。
 瓶の入り口に花を近付けてみると──ふわりと甘い香りが漂った。そして、その匂いは脳裏にあった記憶の中の香りと結びつく。

「これ……俺が作ったハッピーパウダーじゃね?」

 微妙に匂いは違うけれど、限りなく俺が現世で作った新ドラッグに似ていた。

「……飲んでみるか」

 さすがに異世界の花の粉末をいきなり鼻から吸うのは勇気がいる。
 だが、水で飲んでみるくらいならできそうだ。腹を壊すかもしれないが、銃で撃たれるよりかはマシだ。
 先程の小川まで戻ると、小瓶の中の粉末を薬包紙に出した。そして、大きく深呼吸をしてから……粉薬を飲むみたいにして、その粉末を舌の上に乗せて、一気に水で流し込む。
 すると──

「お……?」

 先程まであった不安感が、一気に和らいだ。空腹感も消えて、どこか幸福感が胸のうちを占めていく。
 この感覚には、覚えがあった。
 俺が現世で作ったハッピーパウダーと同じ感覚だったのだ。いや、それよりも効果が強かった。

「おいおいおい……まじかよ! 完全にハッピーパウダーじゃんか!」

 異世界に来てから、初めてテンションが上がった。
 まさか異世界にきてまでハッピーパウダーを作れるようになるとは思えなかった。
 いや、もしかすると、これが俺の能力なのだろうか?
 先程、淡く光る花に触れたらいきなり粉末になった。固形物から成分を抽出する能力、加えて有効成分を持ったものを見抜く能力もあるのかもしれない。
 それに、この銀髪の男は、最初から小瓶と薬包紙を持っていた。
 この粉末を飲むことで、空腹を満たせることを知っていたのだろう。この小汚い服装を見る限り、この幸せの粉を売ろうという発想にはなっていなかったが、きっとこの男には麻薬調合のスキルがあったのだ。
 ただ、もしかすると固形物を粉に変えるくらいの能力としか思っていなかったのかもしれない。
 無論、まだこちらの情勢も状況も、他に人間がいるのかどうかさえわからない。
 だが、もしこのハッピーパウダーが世に出回っていなくて、且つ俺だけの固有能力であれば……もしかすると、葉村呉葉が叶えられなかった夢を叶えられるのではないだろうか。
 そう……それは、ハッピーパウダーで人を幸せにしつつ、大金を稼いで悠々自適な生活を送るという、俺達のカルテルの夢を。

「いいねえ……! 楽しくなってきた!」

 ハッピーパウダーの効果もあってか、どんどん高揚感と希望が満ち溢れていく。
 とりあえず、薬で荒稼ぎして王にでもなってやろうか。
 まあ、これの買い手が存在するなら、だが。

「よし、とりあえずさっきの粉末採取しまくるか!」

 そう半単するや否や、早速俺はさっきの白い花畑がある場所に戻った。