「ちゃんと括ったかー?」
「うん、大丈夫ー。これで逃げられないと思う」
ハバリアから少し離れた場所にある森の中で、俺とフランはそんな会話を交わす。
普段と変わらない感じで会話をしているが、フランの横の大木には、緑色の肌をした小さな鬼が括りつけられている。ゴブリンだ。
俺達は適当に森の中を歩いて、魔物と遭遇するのを待った。
そんな中で、俺達に襲い掛かってきたのがゴブリンの集団だった。
まさしく、飛んで火に入る夏の虫。
俺達は一匹を残して集団のゴブリンを殺すと、最後の一匹だけ生かして大木に括りつけたのである。
目的はもちろん、アーマーパウダーの治験である。
さすがにフランに瀕死の攻撃を食らわせられるのも嫌だったし──万が一死んだら洒落にならない──三〇分後に効果が切れるのはわかっているので、その時の激痛を想像すると試す気にもならない。
ならば、動物実験だ。
まあ、動物じゃなくて魔物だけど。むしろ、人型の魔物の方が身体の構造も人とあまり変わらないし、反応もわかりやすい。むしろ、動物実験よりもいいかもしれない。
「よし。んじゃ早速始めるか」
俺はゴブリンの顎を掴んで握り込むと、無理矢理口を開かせた。
そこにアーマーパウダーをゴブリンの口の中に突っ込んで、布切れを口に巻きつけて吐き出させないようする。
最初は首を振って暴れ回っていたが、すぐにアーマーパウダーの副作用が始まり、頭をぐらぐらとさせて大人しくなった。
粉から直接摂取する方が効果の出が早いらしい。
それから間もなくして、副作用が収まったらしいゴブリンが、また暴れ始めた。
ゴブリンの口に巻き付けた布を取ってやると、何やらよくわからないゴブリン語でこちらを罵っていた。無論、意味がわからないので聞いてやる必要もない。
「とりあえず、最初はこれかな……」
俺は言いながら、ゴブリンの腹目掛けて力一杯ぶん殴った。
あばら骨の折れる感触が伝わってきたし、普通の人間なら悶絶しているだろう。
しかし、ゴブリンは先程と変わらない様子でこちらに向けて喚き続けている。だが同時に、痛みがないことに困惑を感じているようでもあった。
「アーマー効いてそうだね」
「ああ。多分肋骨がイッてるはずだけど、それでも元気そうだしな」
「何だかちょっと可哀想だなぁ」
「俺達が当たり前に飲んでた医薬品だって、動物実験を繰り返して安全性がわかってから俺達のところに届いてるんだ。それと変わんねーよ」
俺は言いながら、腰からダガーを抜く。フレイムダガーではない、通常のダガーの方だ。
そのダガーを、ゴブリンの太腿におもっきりぶっ刺してみる。
太腿からは、紫色の血がどくどくと流れ出ている。
本来なら、痛みで絶叫しているはずだが──そしてゴブリン自身そう覚悟していたようだが──叫んだのは最初だけで、すぐにゴブリンは不思議そうに首を傾げていた。
自分自身、何故痛みを感じないのか理解できていないのだろう。
「すご。刺されても痛くないんだ」
「っぽいな。んじゃ、お次はこっちで試してみるか」
俺はもう一本のダガー……フレイムダガーを抜いて、ゴブリンのもう片方の太腿にぶっ刺してみた。
傷口から湯気が出ており、じゅうううっと肉が焼ける音が聞こえている。刺し傷に加えて大火傷を負っているようなものなので、激痛で失神してもおかしくないはずだが──ゴブリンは、ただ愕然としているだけだった。刺される直前に一瞬恐怖で目を瞑っていたが、すぐに目を開いていた。
「刺し傷に加えて傷口に大火傷してても平気、と。すげえな」
「これ、思ったよりずっと凄い効果なんじゃない?」
「ああ。多分この様子だと何やっても痛くなさそうだな」
おそらく、三〇分間効果が続きている間はどんな痛みでも切れることがない全身麻酔、それでいて自由に動けるといったところだろうか。
めちゃくちゃ凄い。
それから関節を外してみたり、骨を折ってみたりしたが、ゴブリンが痛みを感じた様子はなかった。
ただ、これだけのことをされているにも関わらず、自身に痛みが感じないことに逆に恐怖を感じているのか、ただ怯えて身体を震わせるだけになってしまっていた。
もうゴブリンは明らかに瀕死の傷を負っているが、まだ意識をしっかりと保ち続けている。それでいて痛みを感じていない。
俺達はアーマーパウダーの効果で痛みを感じないことがわかっているからいいけども、ゴブリン側からすればわけがわからないだろう。
「……大体のことはやったかな?」
「ボスって意外に残酷だよね。私、もう見てるのも結構辛いんだけど」
魔物が相手でも罪悪感を抱いてしまうのか、フランは先程からゴブリンを見れないでいた。
襲い来る魔物や人間相手を躊躇なく殺せはするが、無駄に痛めつけたり甚振る趣味は持ち合わせていない、といったところだろう。
人として、そして用心棒としても至極真っ当だ。相手を甚振って楽しんでいる暇があるなら、さっさと殺す方が命を守れる。
甚振るのが趣味なサディスティック野郎は、拷問官がお似合いだ。
「俺だって可哀想だとは思ってるよ。ただ、アーマーパウダーを売るって考えると、どの程度の効果があってどの程度の痛みなら耐えられるのかをこっちが把握してなきゃいけない。無敵のスーパーマリオ状態になれるって謳い文句で売って死んだらクレームくるだろ?」
「それは、そうなんだけど」
「大丈夫、これは俺の仕事だから、お前は見てなくていいよ。って言っても……もうここまで壊れたら、やることは一個だけなんだけどな」
言ってから、俺はダガーでゴブリンの頭をひと突きで貫通させた。
ゴブリンは声を上げることなく、息絶える。
即死攻撃には効果なし、と。でも、逆に言うと、即死攻撃以外なら耐えられるってことか。
これはめちゃくちゃ高値で売れるんじゃないか?
このアーマーパウダーを得ている間にどれだけ瀕死の傷を追っても動けるし、治癒師という職種の人間が仲間にいれば、効果が切れる前に魔法で治してもらえばいい。
それだけで、三〇分間は無敵でいれる。
あとは継続服用した場合、効果が続くのか、それとも服用間隔を空けなければいけないのか、あとは副作用が悪化するのかどうかか。それは自分の身体でもできるから、魔物治験はこれでいいだろう。
「よし、大体わかった。これ、めちゃくちゃ強いわ。フランにも渡しておくな。とりあえず、飲むなら一回だけにしろよ。まだ継続服用して大丈夫かどうかがわからないから」
俺がアーマーパウダーの小瓶を渡すと、フランはくすくす笑った。
「……? どうした?」
「いや、ボスって相変わらず真面目だなぁって思って」
「真面目なら、薬のために動物実験したり、薬で金稼ぎしないだろ」
「それはそうなんだけどさ。でも、薬に関して言うと、ボスって凄く真面目なんだと思うよ」
前から知ってたけどね、と付け足して微笑むと、フランはアーマーパウダーを胸ポケットにしまった。
結局彼女は何が言いたかったのだろうか。
「さっ、早く帰ろ? 馬車タクシーの方も頑張らないとだし」
「確かに。勤務時間中にふたりとも町にいないってのが連日続くと怪しまれるもんな」
俺達は踵を返し、ハバリアへと戻った。
真面目な麻薬カルテルならば、表の凌ぎの仕事もちゃんとやらなければ。
二足の草鞋を履くのは大変だ。
「うん、大丈夫ー。これで逃げられないと思う」
ハバリアから少し離れた場所にある森の中で、俺とフランはそんな会話を交わす。
普段と変わらない感じで会話をしているが、フランの横の大木には、緑色の肌をした小さな鬼が括りつけられている。ゴブリンだ。
俺達は適当に森の中を歩いて、魔物と遭遇するのを待った。
そんな中で、俺達に襲い掛かってきたのがゴブリンの集団だった。
まさしく、飛んで火に入る夏の虫。
俺達は一匹を残して集団のゴブリンを殺すと、最後の一匹だけ生かして大木に括りつけたのである。
目的はもちろん、アーマーパウダーの治験である。
さすがにフランに瀕死の攻撃を食らわせられるのも嫌だったし──万が一死んだら洒落にならない──三〇分後に効果が切れるのはわかっているので、その時の激痛を想像すると試す気にもならない。
ならば、動物実験だ。
まあ、動物じゃなくて魔物だけど。むしろ、人型の魔物の方が身体の構造も人とあまり変わらないし、反応もわかりやすい。むしろ、動物実験よりもいいかもしれない。
「よし。んじゃ早速始めるか」
俺はゴブリンの顎を掴んで握り込むと、無理矢理口を開かせた。
そこにアーマーパウダーをゴブリンの口の中に突っ込んで、布切れを口に巻きつけて吐き出させないようする。
最初は首を振って暴れ回っていたが、すぐにアーマーパウダーの副作用が始まり、頭をぐらぐらとさせて大人しくなった。
粉から直接摂取する方が効果の出が早いらしい。
それから間もなくして、副作用が収まったらしいゴブリンが、また暴れ始めた。
ゴブリンの口に巻き付けた布を取ってやると、何やらよくわからないゴブリン語でこちらを罵っていた。無論、意味がわからないので聞いてやる必要もない。
「とりあえず、最初はこれかな……」
俺は言いながら、ゴブリンの腹目掛けて力一杯ぶん殴った。
あばら骨の折れる感触が伝わってきたし、普通の人間なら悶絶しているだろう。
しかし、ゴブリンは先程と変わらない様子でこちらに向けて喚き続けている。だが同時に、痛みがないことに困惑を感じているようでもあった。
「アーマー効いてそうだね」
「ああ。多分肋骨がイッてるはずだけど、それでも元気そうだしな」
「何だかちょっと可哀想だなぁ」
「俺達が当たり前に飲んでた医薬品だって、動物実験を繰り返して安全性がわかってから俺達のところに届いてるんだ。それと変わんねーよ」
俺は言いながら、腰からダガーを抜く。フレイムダガーではない、通常のダガーの方だ。
そのダガーを、ゴブリンの太腿におもっきりぶっ刺してみる。
太腿からは、紫色の血がどくどくと流れ出ている。
本来なら、痛みで絶叫しているはずだが──そしてゴブリン自身そう覚悟していたようだが──叫んだのは最初だけで、すぐにゴブリンは不思議そうに首を傾げていた。
自分自身、何故痛みを感じないのか理解できていないのだろう。
「すご。刺されても痛くないんだ」
「っぽいな。んじゃ、お次はこっちで試してみるか」
俺はもう一本のダガー……フレイムダガーを抜いて、ゴブリンのもう片方の太腿にぶっ刺してみた。
傷口から湯気が出ており、じゅうううっと肉が焼ける音が聞こえている。刺し傷に加えて大火傷を負っているようなものなので、激痛で失神してもおかしくないはずだが──ゴブリンは、ただ愕然としているだけだった。刺される直前に一瞬恐怖で目を瞑っていたが、すぐに目を開いていた。
「刺し傷に加えて傷口に大火傷してても平気、と。すげえな」
「これ、思ったよりずっと凄い効果なんじゃない?」
「ああ。多分この様子だと何やっても痛くなさそうだな」
おそらく、三〇分間効果が続きている間はどんな痛みでも切れることがない全身麻酔、それでいて自由に動けるといったところだろうか。
めちゃくちゃ凄い。
それから関節を外してみたり、骨を折ってみたりしたが、ゴブリンが痛みを感じた様子はなかった。
ただ、これだけのことをされているにも関わらず、自身に痛みが感じないことに逆に恐怖を感じているのか、ただ怯えて身体を震わせるだけになってしまっていた。
もうゴブリンは明らかに瀕死の傷を負っているが、まだ意識をしっかりと保ち続けている。それでいて痛みを感じていない。
俺達はアーマーパウダーの効果で痛みを感じないことがわかっているからいいけども、ゴブリン側からすればわけがわからないだろう。
「……大体のことはやったかな?」
「ボスって意外に残酷だよね。私、もう見てるのも結構辛いんだけど」
魔物が相手でも罪悪感を抱いてしまうのか、フランは先程からゴブリンを見れないでいた。
襲い来る魔物や人間相手を躊躇なく殺せはするが、無駄に痛めつけたり甚振る趣味は持ち合わせていない、といったところだろう。
人として、そして用心棒としても至極真っ当だ。相手を甚振って楽しんでいる暇があるなら、さっさと殺す方が命を守れる。
甚振るのが趣味なサディスティック野郎は、拷問官がお似合いだ。
「俺だって可哀想だとは思ってるよ。ただ、アーマーパウダーを売るって考えると、どの程度の効果があってどの程度の痛みなら耐えられるのかをこっちが把握してなきゃいけない。無敵のスーパーマリオ状態になれるって謳い文句で売って死んだらクレームくるだろ?」
「それは、そうなんだけど」
「大丈夫、これは俺の仕事だから、お前は見てなくていいよ。って言っても……もうここまで壊れたら、やることは一個だけなんだけどな」
言ってから、俺はダガーでゴブリンの頭をひと突きで貫通させた。
ゴブリンは声を上げることなく、息絶える。
即死攻撃には効果なし、と。でも、逆に言うと、即死攻撃以外なら耐えられるってことか。
これはめちゃくちゃ高値で売れるんじゃないか?
このアーマーパウダーを得ている間にどれだけ瀕死の傷を追っても動けるし、治癒師という職種の人間が仲間にいれば、効果が切れる前に魔法で治してもらえばいい。
それだけで、三〇分間は無敵でいれる。
あとは継続服用した場合、効果が続くのか、それとも服用間隔を空けなければいけないのか、あとは副作用が悪化するのかどうかか。それは自分の身体でもできるから、魔物治験はこれでいいだろう。
「よし、大体わかった。これ、めちゃくちゃ強いわ。フランにも渡しておくな。とりあえず、飲むなら一回だけにしろよ。まだ継続服用して大丈夫かどうかがわからないから」
俺がアーマーパウダーの小瓶を渡すと、フランはくすくす笑った。
「……? どうした?」
「いや、ボスって相変わらず真面目だなぁって思って」
「真面目なら、薬のために動物実験したり、薬で金稼ぎしないだろ」
「それはそうなんだけどさ。でも、薬に関して言うと、ボスって凄く真面目なんだと思うよ」
前から知ってたけどね、と付け足して微笑むと、フランはアーマーパウダーを胸ポケットにしまった。
結局彼女は何が言いたかったのだろうか。
「さっ、早く帰ろ? 馬車タクシーの方も頑張らないとだし」
「確かに。勤務時間中にふたりとも町にいないってのが連日続くと怪しまれるもんな」
俺達は踵を返し、ハバリアへと戻った。
真面目な麻薬カルテルならば、表の凌ぎの仕事もちゃんとやらなければ。
二足の草鞋を履くのは大変だ。