バジリスクの鱗の採取を終えた俺達は、その足でハバリアまで戻った。
 帰ってきた頃には夕方だったので、フランとは別々に馬車サービスを行い、日が暮れたと同時に退勤。
 このまま事務所でバジリスクの鱗の粉末の効果を試したかったのだが、オーナーのおっさんがいるので、宿屋に再集合した。
 飯も食いたかったが、空腹時での薬効を試してみたかった。
 俺の調合した麻薬にも当てはまりのかはわからないが、基本的に薬というのは空腹時の方が効く。また、未知の薬をいきなり鼻から吸い込むのは怖いので、まずは水で溶かして飲むことから始めるようにしている。飲んで明らかにやばそうだったら最悪吐き出してしまえ、という安直な考えである。
 これを考えると、薬をゼロイチで作り始めた人って凄いな。麻薬であれ治療薬であれ、まずはよくわからない原材料を身体に入れて自己治験から始めていたのだろうから。

「そういやフラン、この世界には医者っているのか?」

 俺はバジリスクの鱗からできた青色の粉末を眺めて、不安げに訊いた。
 こう、ハッピーパウダーやドーピングパウダーの時は初めて見つけたテンションと勢いで使用できたのだが、今となってはそこそこ冷静に物事を見れるようになってきたので、ちょっと怖い。
 それに、原材料がバジリスクの鱗だし。毒とか麻痺能力を持っている魔物の鱗を体内に摂取するのは、結構抵抗があった。

「いるよー。医者じゃなくて、治癒師っていう職だけど」
「治癒師?」
「そうそう。魔法で怪我とか病気を治してくれるの」
「なるほど」

 ゲームで言う回復職みたいなものか。
 曰く、この世界では医者の代わりに治癒師がいて、主に教会に属する司祭やシスターが兼ねている職業らしい。教会に行けば、大体の怪我や病気は治療してもらえるそうだ。
 もちろん、何でもかんでも治せるわけではない。重すぎる病気であったり、欠損レベルの大怪我だったり……おおよそ、人間が自分で再生できるレベルのものを超えてしまっている場合は治らないそうだ。詳しい原理はわからないが、治癒魔法とはもしかすると治癒能力や再生能力を促進する魔法なのかもしれない。

「んじゃ、まあ……俺が副作用で倒れてやばそうだったら教会に駆け込んでくれ」
「了解! 任せて」

 フランが力強く頷いた。
 こういう時に仲間がいると心強い。万が一倒れても仲間が何とかくれると思うと、自己治験も進んでやろうという気になれた。
 最初はフランがやろうとしたのだが、さすがにどんな効能・副作用があるわからない代物を仲間で治験する気にはならなかった。

「うっし……飲むか!」

 俺はバジリスクの鱗の粉末を水に入れて、そっと溶かしていく。
 ううん、あいつの鱗を飲むのか。ドーピングパウダーの時はあんまり抵抗なかったけど、生き物の鱗は結構抵抗あるなぁ。
 そう思いつつも……薬効がわからなければ、これだけ採取してきた意味がない。
 コップを手に取って、一気に流し込む。
 すると──視界が白黒になって、ふらりとする。

「うおっ」
「ボス、大丈夫!?」
「あ、ああ……視界が一瞬悪くなって眩暈がしただけだ」

 手を貸そうとする彼女を手で制して、眉間を揉む。
 副作用は視界の色が変わるのと、眩暈か。
 だが、白黒になったところでそこまで困るわけではないし、立てないほどの眩暈でもない。初めてだから面食らってしまったが、一旦副作用がわかればそれほど困るものではなかった。
 それに、それらの副作用は数十秒のうちに治まった。最初だけの副作用のようだ。
 それで、効果は何なんだろう……?
 そう思って自分の身体を見ていると、あれ? 何だか皮膚や身体の表面の感覚がない感じがした。歯医者で受けるような部分麻酔が全身にいきわたっているような感覚。だが、眠くなったり意識が飛んだりすることはなかった。ただ、身体がどことなく重怠い。これも副作用だろうか。

「ボス……? どう?」
「うーん……意識保ちながら全身麻酔って感じかな? 昏睡したり倒れたりってのは無さそう」

 俺は自分の両手をじっと見てみる。
 ドーピングパウダーほど強力な効果はないか……?
 そう思って、腕の皮膚をちょっと強めに摘まんでみた。

「おっ? 痛くないぞ!」

 続いて、自分でほっぺたを強めにパチパチ叩いてみたり、腹やら足の皮膚をおもいっきり掴んでみるが、全然痛くない。

「え、すご! 全身麻酔しながら自由に動けるって感じ?」
「そんな感じかな。これはいい!」

 痛覚麻痺の効果だろうか。
 身体を捻ったりストレッチをしてみたりしても、筋繊維が伸びている感覚がない。

「フラン、ちょっと強めに殴ってみて」
「え、ボスを殴るの? いいけど……あんまりしたくないなぁ」
「まあ、実験だと思ってさ。でも、おもっきりはやめろよ? お前に本気で殴られたら多分即死するから」
「失礼だな~。ちょっと強めに殴ってやろ」

 フランはやや不服そうな顔をしながらも、どすっとちょっと強めにボディを殴ってきた。
 十分に加減をしてくれているのが伝わるが……俺のボディはノーダメージ。

「どう?」
「お、痛くない痛くない。もうちょっと強めにやってもいいよ」
「わかった。うりゃ!」

 フランは先程より腰を入れたボディブローを放った。
 本来なら、きっと蹲って胃の内容物を吐瀉ってしまってもおかしくない一撃だ。
 だが、俺の身体はピンピンしていた。

「へっ……蚊が止まったのかと思ったぜ」

 ちょっと嬉しくなって、どやってしまう。
 その様子にはフランも目を丸くしていた。

「え、今回は結構強めに入れたよ? 全然痛くないの?」
「痛くないな。自分でもびっくりしてる」
「すごー! マリオのスターみたいに一定期間無敵モードみたいな感じなのかな?」
「それは……どうだろ?」

 動きそのものが早くなっているわけではないので、マリオのスターとは違う気がする。
 これはあくまでも体感なのだけれど、この薬は強力な麻酔薬みたいなものな気がする。だとすれば、人体が耐えれる痛みまでしか耐えられないのではないだろうか。
 実験の仕様がないのだけれど、たとえば首ちょんぱだったり心臓串刺しだったりといった即死攻撃には耐えられない気がする。
 そのあたりの効能の細部が見えてくれば、売りようが出てくる品になりそうだ。そのためにも、効能をしっかりと調べなければ。
 とりあえず一旦、この麻薬はアーマーパウダーと名付けよう。

「明日、ちょっとこの薬の効能を調べてみよっか。さすがに即死攻撃を試すわけにはいかないからな」
「どうやって調べるの?」
「任せろ。俺に考えがある」

 この時俺はどや顔で答えたが、それから数十分後にはアホみたいな腹痛に襲われた。
 フランのボディブローのダメージがしっかりと残っていて、アーマーパウダーとの効果が切れた瞬間にその痛みに襲われたのだ。
 結局、その日は夕飯を食えなかった。
 ちくしょう、フランの奴め。おもっきり殴りやがって……いや、まあ俺が頼んだのだけど。
 痛い思いはしたが、ひとつわかったことがある。
 アーマーが効くのは、大体三〇分。痛みは残り、効果が切れた瞬間にその痛みに襲われる。まさに麻酔と同じだ。これは良い発見だった。
 ただ……これからフランに殴らせる時は、治験担当を誰か雇おう。でないと、俺の身が持たない。