「あ、ボス。昨日渡したお金も預けちゃう?」

 ㇾクスのことを思い出して、どことなく漂う寂しげな雰囲気を振り払うためでもあったのだろう。視界に質屋が目に入ったところで、フランが言った。
 質屋には金庫サービスがある。ジルベットさんの旦那さんの私物を売った金も、大半そこに預けてあった。
 
「預けたいけど、お前もう自分の持ち金預けてるんだろ?」
「うん。結構預けちゃってる」

 フランが答えた。
 彼女は魔物討伐部隊を退職する際に、これまでの実績に応じて退職金を貰ったそうだ。その退職金をこれまでの貯金とまとめて、昨日のうちに全部金庫サービスに預けていた。

「じゃあ、一旦馬車で保管かなぁ」

 俺は少し考えてから、答えた。
 
「俺もお前も、さすがにこれだけの金額を毎日ばかすか預けてたら、一体その金どっから取ってきたんだってなるし。今目を付けられるのは結構めんどくさい」
「あー、そっか。怪しまれちゃうんだ」
「そうそう」

 日本でも、銀行口座にこれまでの取引からは考えられないような金がいきなり振り込まれていたら、税務署から目を付けられる。
 異世界での税金管理がどうなっているのかはわからないが、金の動きがでかくなればなるだけ目を付けられる可能性は高くなるだろう。それに、質屋に現金を預けてるのだから、目視で持ち金が確認されてしまう。銀行よりも早くバレそうだ。
 まだしっかりと資金を溜め切れていない現状で、そういった問題を抱えるのは避けたい。
 そうなってくると宿屋か馬車で保管するしかないが、安宿に貴重品を置いたまま出掛けるなど、盗んでくれと言っているようなものだ。もっと怖い。

「馬車で保管か~。緊張するなぁ」

 フランが不安そうに言った。
 それも間違いない。四六時中馬車に乗っているわけではないし、トイレなど席を外す場合もあるだろう。どこかのタイミングで馬車ごと奪われるリスクは確実に存在する。
 そんな馬車に百万くらいの金を積んでおかなければならないのは、やっぱり怖かった。
 ちなみに、グリフォン馬車サービスはかなり放任主義なので、馬車も基本的に自分達用に自由に使わせてくれている。ここで務めている限り、荷馬車を私物化する分には問題ないようだ。
 従業員は今のところ俺とフランしかいないので、馬車の中にハッピーパウダーとドーピングパウダーのケースを積んでいた。だが、ここに現金も保管するとなると、さすがにちょっと不用心な気もする。
 今のところハッピーパウダーの価値を知る者は俺達が売りつけた人間だけなのでパクられることはないだろうが、現金はそうではない。それに、商品と売り上げ金どちらもをそんな場所に保管するのも、ちょっと気が引けた。

「どっかに穴掘って埋めとくか? あっちじゃ逃走袋(エスケープバッグ)にパスポートとか入れて隠してたもんな」

 俺はふと日本にいた頃の習慣を思い出した。
 俺達は謂わば違法な団体。当然俺達をよく思わない組織もいたし──実際にそいつらに殺されて俺とフランは今異世界にいるわけだが──いつ飛ばざるを得ない状況になるかわからなかった。そういった非常事態に備えて、普段の拠点と異なる場所に逃走袋(エスケープバッグ)にパスポートや逃亡資金、予備のスマホなどを入れて隠しておいたのだ。

「それもいいけど、もういっそヤサも兼ねてアジト買っちゃわない? 宿だと押し入られた時を考えると面倒だし。ボスとは部屋も離れてるから、万が一何かあった時に対処できないんだよね」
「確かに。つか、こっちの世界の家ってそんな簡単に変えるもんなの? いくらくらいなんだろ」
「郊外だったら安くで買えると思うけどな~」

 そんなことを話しながら、ハバリアの町をふたりで歩く。
 郊外は郊外でも、グリフォン馬車サービスで働いている身分上、ある程度近い場所がよかった。
 
「どうせ買うなら、地下に隠し通路があるところとか、そういうところにしようぜ。ヤバい時に逃げ出せる」
「隠し通路って……そんな家売り出されてるのかな。貴族が住んでた館とかじゃないとなさそう」
「そんなもんか……」
「そんな都合よくないって」

 いくら郊外と雖も、貴族の館とかの空き家だとかなり値段が高くつきそうだ。
 諸々立ち上げ当初は費用が掛かるので、ヤサ代はそこまでかけたくない。

「あ、それでいうと、グリフォン馬車サービスの事務所そのままアジトにしちゃうっていうのは?」

 フランがふと思いついたように、提案した。
 そうだった。そういえば最初、そんなことを考えていたのだった。

「オーナーをシャブ漬けにして全部貰うってのも悪くないな」
「ボス、発想が悪党過ぎますって」
「冗談だよ。でも、M&Aじゃないけど、乗っ取りは本気で考えてる。事務所で色々話せたら実際楽だしな」

 俺達の活動が目立ち始めてきた時のことを考えると、アジトは複数あった方がいい。
 いつガサが入られてもいいような表のアジトを町中の事務所、実際に色々隠し持っておくための郊外のアジト等、分けておくと色々助かる場面も出てくるだろう。
 そんなことを話しているうちに、武器屋の前に着いた。

「ボス、武器屋ここだよ。いいダガーがあるといいね」
「武器の良し悪しはわからん。全部フランに任せるよ」
「はーい」

 そんな気の抜けるような会話を交わして、俺達は武器屋に入った。
 武器探しに家やアジト探し、それから新商品開発に、買い手探し。
 異世界売人生活、やることが多過ぎだ。