「バジリスクかー! 懐かし~」

 ハバリアに戻ってグリフォン馬車サービスを退勤してから、フランとは宿屋の俺の部屋で落ち合った。
 今日得た情報──と言っても、マジで今日はバジリスクの話だけだ──をフランに共有してからの台詞が、これだった。

「懐かしいってことは、戦ったことあるん?」
「あるあるー。って言っても、私の自我が混在する前の話だから、私がってより、()()()がって感じなんだけど」

 フランは自分の顔を指差して、困ったように笑った。
 彼女は俺と違って、宿主の自我と記憶が、新たに入ってきたフランの記憶と自我によって吸収合併されたような感じだ。俺には想像できないが、それはそれで結構気持ち悪い感覚なのかもしれない。

「強いの? 勝てる?」
「巣攻めだよね? 昔やったことあるよー。ちょっと大変だけど、多分大丈夫」

 さすがはハバリア領主の魔物討伐部隊元エース。バジリスクの討伐経験もあるらしい。

「この前倒した食人鬼(オーガ)とどっちが強い?」
「単体なら断然食人鬼(オーガ)。でも、巣攻めってなると数が多いからな~。結構苦労するかも。ちょっとだけドーピングパウダー使ってもいい?」
「あ、大変なら全然使っちゃって。もし効力切れて副作用で動けないとかになったら、一旦撤退しよう。俺がフラン担いで逃げるわ」
「担いでくれるの? やった~」

 どこが『やったー』なのかわからないが、何故かフランは喜んでいる。
 運んでもらえるのが嬉しいのか?
 いや、嫌だろう普通。運ばれるの。俺なら嫌だ。

「まあ……というわけで、とりあえず明日はバジリスク討伐な。仕事はしてるふりして、適当に町の外で落ち合おう」
「了解ー。あ、でもボスは武器ちゃんと買った方がいいかも? そのナイフだけでしょ、持ってるの」

 ベッドの横に置いたままのナイフを見て、フランが言った。
 結局武器の良し悪しがわからないのと、ドーピングパウダーで殴った方が早い気がして、武器は宿主のガキが持っていたナイフのままだったのだ。

「剣とか買っちゃえば? お金はあるわけだし」
「そうなんだけど、俺いまいち武器がわからないんだよな。剣道でもやってれば剣とかもすぐ使えそうだけど」
「あ、そっか。()()()が剣の扱いに長けてるから剣が使えるだけなのか、私は」

 そこで、フランが自分の特性に気付く。
 そう。この異世界転生先での戦闘力や生き方は、宿主のそれまでの人生に大きく左右される。
 ぼっちで花の粉末ばっか食っていたこの身体は軟弱だし、武器も上手く扱えない。
 ドーピングパウダーの継続服用と毎日の筋トレによってちょっとは強くなってきた気がするが、元の戦闘力でいうと、この身体は戦闘職だったフランの足元にも及ばないのだ。

「ぶっちゃけチャカがないとしんどい」
「わかる~。でも、この世界のモンスター倒そうって思うとオートマグクラスじゃないと厳しくない?」
「まあ、この前の食人鬼(オーガ)とか見てるとそんな感じするよな」

 そこら中にモンスターがはびこるこの世界では、あまり銃は実用的ではないのかもしれない。
 替えが利く剣などの武器の方が良さそうだ。

「そういえば、ボスってナイフ得意じゃなかったっけ? ㇾクスがナイフでボスに勝つのは無理って言ってた気がする」
「あー、そういえばそんなこともあったな」

 遠い過去の記憶を掘り返して、思い出す。
 遊び半分でゴムナイフを買って、アジトでたまにㇾクスと近接戦闘の練習をしていたのだ。

「まあ、カパプ習ってたからな、昔。でも、得意って程じゃないないよ? 実践経験も結局ないままだったし」

 カパプとは、イスラエルの軍用格闘術だ。
 まだまだチャカが買えなかった時、危険な場面を想定して、カパプ教室に通っていたことがあるのである。まあ、その教室はカパプを元とした護身術教室だったので、ナイフの扱いばかりを学ばせてもらえるわけではなかったが。
 実際の鉄火場では銃が殆どだったし──そもそも俺達は売人だったからドンパチに巻き込まれることも少ないし、そのドンパチもフランの担当分野だった──ナイフ術をお披露目する機会には恵まれなかった。

「あっ、それならダガーみたいな戦闘用のナイフがいいんじゃない? やっぱり扱い慣れてるのがいいよ。ダガーなら武器屋にもあるし」
「じゃあ、明日それも買うか。なんかおすすめを見繕ってくれよ」
「うん、任せて任せてー」

 フランはどこか嬉しそうに笑った。
 発言だけ見ているとどことなくアホっぽいので不安になってくるのだが、現世で彼女には何度も救われたし、異世界でも食人鬼(オーガ)を瞬殺している。彼女の知識は信用してもいいだろう。
 金ならあるし──と思っていたところで、ふと先程の彼女の発言を思い出す。

「あ、さっき金はあるって言ってたけど、今日粉どれくらい売ったん?」
「え? あ、ごめんごめん。言うの忘れてた。これ、ボスに渡しとくね」

 言ってから、どさっと袋をテーブルの上に乗せた。
 ちゃりちゃりと金属の音がしたので、中には銀貨やらが入っているのだろう。

「お、おう……なんか凄い入ってんね。いくらくらいなの? って言っても、俺未だに価値がわかってないんだけど」
「えっと、金貨十枚と銀貨がいっぱいだから……日本円換算だと二百万くらいかな? 多分」
「はあ!?」

 とんでもない数字が出てきた。
 こいつ、タクシーしながら一日で二百万も稼いだのかよ。

「……お前、凄くね?」
「でしょでしょー。まあ、私のこと信用してる人結構いるから、その人達にお試ししてもらってって感じだったんだけど」

 最初にお試しで飲み物に砂糖代わりになるだとか言って混ぜて飲ませて、そこから追加で買わせたようだ。買わせたと言っても、皆飲んだらすぐにハッピーになるので、その幸福感欲しさで買ったのだろうけども。
 やるな、フラン。
 異世界に来てからちょっとバカっぽくなってしまったように見えたが、根っこの売人部分は何も変わっていない。

「さすが、町の信頼ある人間ある奴は違うわ。俺なんて、悩んでる人間狙い打ちにしなきゃ無理だったからな」
「弱ってる人に付け込んだんだ~? ボス、悪いなぁ」
「信用に付け込んでる方が酷いと思うけどな?」
「えー? どっちもどっちだよー」

 うん、まさしくそうだ。なんたって俺達バイニン、倫理観ゼロ!
 だが、それがいい。それこそが俺達が仲間である証だ。

「じゃあ、明日は売人の方お休みして、バジリスク退治するかー。素材にならなかったら最悪無駄足になるかもだけど、そこは勘弁な」
「うん、了解ー。じゃあ、今日は早めに寝ますか」
「だな。おやすみー」
「おやすみ、ボス」

 言ってから手を振って、フランは自分の部屋に戻って行った。
 そこで、彼女が置いていった金貨袋をちらりと見る。

「これ、どうすっかなぁ」

 別々の仕事をしていた俺達が、いきなり町で大金を稼ぎまくって全額質屋の金庫に預けるのも、ちょっとおかしな話かもしれない。金の保管場所も新たに考えた方が良さそうだ。

「ほんと、やること多過ぎだろ」

 俺は部屋の鍵を閉めて、ベッドにどさりと倒れ込む。
 とりあえず、町から少し離れた場所にアジトがほしい。そのためには、もうちょい金が必要だ。