フランと分かれてからは、ぼんやりと馬車で草原を歩きながら過ごす。森などがあればちょっと入ってみて、ヤクの原材料になりそうなものがないかを探して回った。その間に、ドーピングパウダーを使った筋トレも忘れない。
 午前中はただそれを繰り返すだけだった。
 俺のスキルなのかわからないが、麻薬として調合できるものはぼんやりと光って見える。その光を探すことにとにかく注力した。
 正直、当分の間はハッピーパウダーを売るだけでも十分な気はする。麻薬取締法も麻薬取締官もない世界なのだから、正直売り放題だ。
 だが、出回るだけ出回れば──そして金を得れば──いずれは規制の対象になる可能性がある。
 俺の宿主が散々吸いまくって平気だったのだからおそらく副作用はないはずだが、それは俺に麻薬調合スキルがあるから、という可能性も否めない。実際に、不幸な人間が幸福感を味わうためにハッピーパウダーを使い続けるとしたら、依存傾向になることは想像に容易かった。
 国や領主がこれを危ういと思ったら、それを規制する方向に持っていくだろう。そうなった時、俺達の身に危険が及ぶ。
 そうなった時に必要なのが、新たな薬物や、この地方に住まうワルとの協力関係。山賊や盗賊達に犯罪行為を行ってもらって衛兵達を搔き回してもらわなければならない。
 その際、彼らをバックアップできるような麻薬が必要だ。
 ドーピングパウダーでも十分それは可能だが、ちょっとこれは効果が強すぎる。ワルが強力になり過ぎることも避けねばならないので、その良い塩梅となる薬が必要だった。

「って言っても……なかなか見つからないよなぁ」

 爺さんの話を聞いた限りでは、俺の麻薬調合スキルは、魔力を含んだ原材料に反応する。
 ただ、魔力を含んだものなんて早々見つかるものでもない。ドーピングパウダーを見つけたのは、本当に運が良かっただけなのだ。偶然SSRな素材に出会えただけで、当たり前に見つかるものではないのだろう。
 闇雲に探していても意味がないと悟った俺は、この地方に点々としている村から色々話を聞くことにした。
 原材料になりそうなものに関するものの情報収集だ。
 魔力を含んでいるものに俺の能力が反応するなら、何かしら特別なものな可能性が高いと判断した。なら、伝承なり何なりで情報があるのではないかと思ったのである。
 俺は自身を錬金術師だとか適当に大ぼらを吹いて、話を聞いて回った。
 そうして村をいくつか訪れ、そろそろ夕暮れになろうかという時──

「不思議な力を持つ素材のお……そういえば、バジリスクの鱗には何か力があるとか昔聞いたことがあるが」

 村の長老が、そんなことを教えてくれた。

「バジリスク? そいつは一体何なんだ?」

 当然、そのバジリスクが何たるかをわかっていない俺は質問を返した。

「何じゃ、錬金術師のくせにバジリスクも知らんのか」

 長老が、呆れた様子で俺を見つめた。
 呆れてはいるものの、錬金術師が知らないことを自分が知っていることに、どこか優越感を持っているような、そんな目をしている。
 うん、扱い易そうな人間だ。
 この手のタイプは、おだてれば勝手に話してくれる。

「悪いな、まだまだ研修中の身なんだ。教えてくれ」
「やれやれ、困ったもんじゃのお。勉強不足じゃぞ」

 長老はそんな風に言いながらも、それから饒舌にバジリスクについて語ってくれた。
 曰く、バジリスクは異世界の森や洞窟に生息する大型の魔物で、その姿は一見すると巨大な爬虫類に似ているそうだ。全長は二メートル程度あり、その鱗は硬く、自然の緑や茶色で周囲の環境に溶け込みやすい。頭部には鋭い牙が並び、その唾液腺には強力な麻痺毒が含まれているので注意が必要とのこと。また、目は光を反射し、夜間でもよく見えるらしい。
 バジリスクは主に洞窟や地下の湿った場所に生息している。暗い場所を好み、地上に出ることはあまりないそうだ。

「この辺りにはいるのか?」

 俺は尋ねた。
 つらつらと語られているが、この近辺に棲息していないのでは意味がない。

「おるぞ。ただ、少し離れた洞窟じゃがな」
「どこの洞窟? この地図の中にあるかい?」

 俺が地図を出すと、「このあたりじゃな」と長老は指差した。
 これは良い情報だ。
 早速言って、確認してこよう。

「まさか小僧、行くつもりか?」
「あん? そりゃもちろん。貴重な素材が手に入るんだろ?」

 俺が答えると、長老はやれやれ、とばかりに首を横に振った。

「やめておけ。バジリスクはとても危険な魔物なんじゃ。このあたりに住む連中は皆ここの洞窟には近付かん」

 長老は重ねて、バジリスクの能力について話してくれた。
 バジリスクの唾液には強力な麻痺毒が含まれており、噛まれるとすぐに麻痺が広がるそうだ。また、とにかく鱗は硬くて防御力が高いため、剣や矢などの通常の攻撃を弾く。無論、関節部分などの弱点も存在するが、狙える幅が小さいので、並の剣士には難しいっぽい。
 また、夜行性の生き物で、昼間は洞窟内で休んでいる。夜になると狩りを開始し、小動物や、時には洞窟内に迷い込んだ人間を獲物とする。テリトリー意識が強く、自分の巣に近づく者には攻撃的になるとのことだ。

「弱点は? 関節部分だけしかないのか?」
「いや、目の周りの鱗がなくて急所となっている。光にも弱いから、強い光を放つ魔法や道具で怯ませて逃げるのが定石じゃな」
「なるほど」

 基本的に無理に戦うことなく、出会えば逃げた方が良い魔物らしい。
 ただ、原材料になる可能性があるなら、バジリスクは一度見に行った方がいいだろう。

「ありがとう、参考にするよ」

 俺は長老に銀貨を握らせ、その場を後にした。
 話を聞いた限り、俺ひとりで見に行く……のは危険かもしれないな。
 ドーピングパウダーを使えば力負けはしないだろうが、俺には関節や目だけを狙って攻撃できるだけの技量がない。
 バジリスクはかなり硬い魔物っぽいので、力任せに攻撃したところで、こっちの武器が壊れてしまいそうだ。
 となると……?
 ふと浮かんでくるのは、馬車サービスの同僚にして、麻薬カルテル〝レガリア〟の仲間。
 昨日まで元魔物討伐部隊だったというし、バジリスク戦ったことがあるかもしれない。

「帰ってフランに相談してみるか」

 彼女に相談して、危険だと言われたら諦めよう。
 俺はそう決めて、ハバリアへと舞い戻ったのだった。