「糞がァッ! ふざけんじゃ──……え?」
唐突に自らの意識が戻ったことを感じた俺は、怒りのままに叫んで飛び起きるが──視界に入ってきた景色を見て、思わず絶句した。
俺の最後の記憶は、麻薬取引を行っていた廃工場だったはずだ。そこでは銃声と血の臭い、仲間の悲鳴と死体が転がっていた。
そして、俺自身も薄れゆく意識の中で、自らの死を感じていたはずだった。
しかし──今、俺の目の前に広がっている光景は、記憶にあった場所と全く異なっていたのだ。
地面に着いた手のひらには、柔らかな草の感触。そして、爽やかな風が俺の肌を撫でていた。
何度か瞬きをしてからゆっくり周囲を見渡すと、そこにあったのは濃い緑の木々が立ち並ぶ森だった。木漏れ日が揺れる枝葉の間から差し込み、地面に光の模様を描いている。
「あ、れ……?」
目を擦ってから起き上がり、もう一度周囲を見渡した。
森の中は静寂に包まれているが、耳を澄ますと鳥のさえずりや小動物の足音が微かに聞こえる。
風が木々を揺らし、葉擦れの音が心地よいハーモニーを奏でていた。空気は澄んでいて、鼻腔をくすぐる草花の香りが漂ってくる。
目の前には巨大な樹木が立ち並び、幹はごつごつとした質感で、ところどころ苔が生えている。
その木々の間には色とりどりの花が咲き誇り、紫や青、赤といった鮮やかな色彩が森の暗い緑に映えていた。葉はどれも大きく、濃い緑色をしており、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
地面には柔らかな苔が一面に広がり、その上に転がる小石や枝が自然の芸術品のように配置されている。ところどころに見える小さな小川は、澄んだ水が流れており、キラキラと光を反射していた。
水の流れる音が微かに聞こえ、その水音に苛立ちが沈められていく。
こんなにも綺麗な自然を感じたのは、随分と久しぶりだった。
確か、富山の曽祖父の周りがこんな感じだったかもしれない。
だが、薄汚い川崎市の廃工場近くに、こんなに綺麗な場所があるはずない。
だが、それと同時に、とてつもなく危機感を抱いた。
周囲の木々は見慣れない形状や色をしており、少なくとも日本では見たことがないものばかりだったのだ。
「ここ、どこだよ……?」
周囲を見渡してから足元を見やると、これまた驚いた。
見慣れないボロボロの靴を履いていたのだ。
俺は確か、今日はアルマーニの革靴を履いて出掛けたと思っていたのだけれど。しかも、ズボンも酷い。裾が破れてボロボロだ。
そこではっとして自らの手を見ると、手も泥で汚れていて、しかも妙に若々しい。
少なくとも、いつも見ている自分の手とは異なる。
慌てて近くの小川の方に駆け寄って、水面に映る自分を見る。
そして、水面に映るその姿を見て、愕然とした。
「おいおいおいおい……はあ!? どういうことだよ!? つか誰だよ、これ!?」
水面に映っていたのは、見慣れた自分ではなく……銀髪で赤目の少年。いや、青年か? 年齢でいうと、十代半ばか後半くらいだろうか。
少なくとも、とうに三十を超えているはずの、そして日本人であるはずの葉村呉葉の姿は、そこにはなかった。
夢かと思って頬っぺたを抓ってみたが、しっかりと痛みは感じる。現実に頬を抓った時の痛みと同じだ。
「ジョーダン、だよな……?」
俺は顔をひくつかせて、改めて周囲の見慣れない植物を見やる。
よくよく見てみれば、まるでゲームやアニメで見るようなファンタジー的な光景だった。いや、どちらかというとゲーム的な世界観に迷い込んだという方が正しいのかもしれない。
その刹那、ひとつのワードが脳裏を過ぎった。
『異世界転生』
明らかに記憶にない景色、記憶にない場所、そして記憶にない自分の姿。
そうとしか思えなかった。
「おいおい……ヤク売ってた組織のトップがドンパチで殺されて異世界転生だ? そいつはさすがに、設定としても趣味が悪すぎるんじゃねえか?」
自分にツッコミを入れつつ、乾いた笑みが漏れる。
ただ、認めざるを得なかった。
おそらく俺は──あの場所で死んで、このよくわからない異世界の若者に転生したのだ。
そして、何もかもがわからない未知の場所に、放り出された。
とりあえずこの非現実を解釈するには、それが一番現実的なような気がした。
「くそ……ッ。こういうのって、女神だか何だかがチートスキルくれるんじゃねえのかよ」
それほど異世界転生アニメに詳しいわけではないが、俺が見たことがあるアニメでは何かしら付与されていたような気がする。
そういった記憶がなくても、赤ん坊の頃から完全に転生していたり、或いはこの宿主の記憶も混在していたりして、状況を理解できていたはずだ。
だが、今の俺にこの銀髪の少年の記憶や自我は一切ない。
麻薬カルテルとして生きた日本人としての記憶しかなかった。
「とりあえず……何か手掛かりを見つけねーと」
俺には、この少年、いや、自分が何者かなのかさえわからない。
この小汚いガキがどういう存在なのか、そしてどういう状況に置かれているのかを知る必要があった。
唐突に自らの意識が戻ったことを感じた俺は、怒りのままに叫んで飛び起きるが──視界に入ってきた景色を見て、思わず絶句した。
俺の最後の記憶は、麻薬取引を行っていた廃工場だったはずだ。そこでは銃声と血の臭い、仲間の悲鳴と死体が転がっていた。
そして、俺自身も薄れゆく意識の中で、自らの死を感じていたはずだった。
しかし──今、俺の目の前に広がっている光景は、記憶にあった場所と全く異なっていたのだ。
地面に着いた手のひらには、柔らかな草の感触。そして、爽やかな風が俺の肌を撫でていた。
何度か瞬きをしてからゆっくり周囲を見渡すと、そこにあったのは濃い緑の木々が立ち並ぶ森だった。木漏れ日が揺れる枝葉の間から差し込み、地面に光の模様を描いている。
「あ、れ……?」
目を擦ってから起き上がり、もう一度周囲を見渡した。
森の中は静寂に包まれているが、耳を澄ますと鳥のさえずりや小動物の足音が微かに聞こえる。
風が木々を揺らし、葉擦れの音が心地よいハーモニーを奏でていた。空気は澄んでいて、鼻腔をくすぐる草花の香りが漂ってくる。
目の前には巨大な樹木が立ち並び、幹はごつごつとした質感で、ところどころ苔が生えている。
その木々の間には色とりどりの花が咲き誇り、紫や青、赤といった鮮やかな色彩が森の暗い緑に映えていた。葉はどれも大きく、濃い緑色をしており、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
地面には柔らかな苔が一面に広がり、その上に転がる小石や枝が自然の芸術品のように配置されている。ところどころに見える小さな小川は、澄んだ水が流れており、キラキラと光を反射していた。
水の流れる音が微かに聞こえ、その水音に苛立ちが沈められていく。
こんなにも綺麗な自然を感じたのは、随分と久しぶりだった。
確か、富山の曽祖父の周りがこんな感じだったかもしれない。
だが、薄汚い川崎市の廃工場近くに、こんなに綺麗な場所があるはずない。
だが、それと同時に、とてつもなく危機感を抱いた。
周囲の木々は見慣れない形状や色をしており、少なくとも日本では見たことがないものばかりだったのだ。
「ここ、どこだよ……?」
周囲を見渡してから足元を見やると、これまた驚いた。
見慣れないボロボロの靴を履いていたのだ。
俺は確か、今日はアルマーニの革靴を履いて出掛けたと思っていたのだけれど。しかも、ズボンも酷い。裾が破れてボロボロだ。
そこではっとして自らの手を見ると、手も泥で汚れていて、しかも妙に若々しい。
少なくとも、いつも見ている自分の手とは異なる。
慌てて近くの小川の方に駆け寄って、水面に映る自分を見る。
そして、水面に映るその姿を見て、愕然とした。
「おいおいおいおい……はあ!? どういうことだよ!? つか誰だよ、これ!?」
水面に映っていたのは、見慣れた自分ではなく……銀髪で赤目の少年。いや、青年か? 年齢でいうと、十代半ばか後半くらいだろうか。
少なくとも、とうに三十を超えているはずの、そして日本人であるはずの葉村呉葉の姿は、そこにはなかった。
夢かと思って頬っぺたを抓ってみたが、しっかりと痛みは感じる。現実に頬を抓った時の痛みと同じだ。
「ジョーダン、だよな……?」
俺は顔をひくつかせて、改めて周囲の見慣れない植物を見やる。
よくよく見てみれば、まるでゲームやアニメで見るようなファンタジー的な光景だった。いや、どちらかというとゲーム的な世界観に迷い込んだという方が正しいのかもしれない。
その刹那、ひとつのワードが脳裏を過ぎった。
『異世界転生』
明らかに記憶にない景色、記憶にない場所、そして記憶にない自分の姿。
そうとしか思えなかった。
「おいおい……ヤク売ってた組織のトップがドンパチで殺されて異世界転生だ? そいつはさすがに、設定としても趣味が悪すぎるんじゃねえか?」
自分にツッコミを入れつつ、乾いた笑みが漏れる。
ただ、認めざるを得なかった。
おそらく俺は──あの場所で死んで、このよくわからない異世界の若者に転生したのだ。
そして、何もかもがわからない未知の場所に、放り出された。
とりあえずこの非現実を解釈するには、それが一番現実的なような気がした。
「くそ……ッ。こういうのって、女神だか何だかがチートスキルくれるんじゃねえのかよ」
それほど異世界転生アニメに詳しいわけではないが、俺が見たことがあるアニメでは何かしら付与されていたような気がする。
そういった記憶がなくても、赤ん坊の頃から完全に転生していたり、或いはこの宿主の記憶も混在していたりして、状況を理解できていたはずだ。
だが、今の俺にこの銀髪の少年の記憶や自我は一切ない。
麻薬カルテルとして生きた日本人としての記憶しかなかった。
「とりあえず……何か手掛かりを見つけねーと」
俺には、この少年、いや、自分が何者かなのかさえわからない。
この小汚いガキがどういう存在なのか、そしてどういう状況に置かれているのかを知る必要があった。