「こっちがハッピーパウダーで、こっちがドーピングパウダー。今んとこ俺が見つけれた薬物はこの二種類かな」

 馬を休ませている最中、馬車の中にて俺はフランにふたつの色の粉について解説した。

「ハッピーパウダーはあっちのものとほぼ同じ効能。違いがあるとするなら、こっちのハッピーパウダーには空腹感も満たすっていう謎仕様があるってことくらい。この身体の持ち主は森ん中でこれだけ吸って生活してたっぽい」
「主食がハッピーパウダーだったの? 体に悪そう」
「それな……頭おかしんだよ、このガキ」

 俺は溜め息を吐いて、やれやれと頭を振った。
 どうして粉吸ってれば大丈夫だなんていう発想になったんだろうか。
 それとも、もう人生諦めててヤケクソモードになっていたのかもしれない。
 現世のヤク中にもそういう奴がいたが、尽く中毒者になって病院のお世話になっていた。

「じゃあ、お腹減ればこれ吸えばいいんだ?」
「……なんだけど、よっぽど金に困ってるとか食糧難になってる時以外は避けよう。正直、副作用が全くないとも思えないし」

 合法の医療医薬品にだって何かしら副作用はあるのだ。
 目立つ副作用がないだけで、異世界のハッピーパウダーにだって何かしらの副作用があると考えておいた方がいい。実際に、ドーピングパウダーにはわかりやすい副作用があったわけだし。

「ハッピーパウダーの副作用は、常用してる客の様子を見ながら判断していこう。俺達は極力使わない方向で」
「おっけーです」

 フランは特段俺のやり方に反論することなく受け入れていた。
 普通の人なら客で治験を行うなんて、と拒否反応を起こしそうなものだが、俺達は既に倫理観がぶっ壊れている。
 新薬を開発した時も、効果効能、副作用の確認で最初だけ自分達でも使ってみるけども、それから使うことは滅多になかった。
 ヤクを売る立場だからこそ、依存症の怖さはよくわかっている。売り手側が沼にハマってしまっては意味がない。

「こっちのドーピングパウダーは、まさしく戦闘用かな。フランはもともと強いわけなんだし、苦戦しそうな敵と出会った時に使う奥の手にしておくのがいいんじゃないの」
「副作用は?」
「全身の筋肉痛。分量ミスるとめちゃくちゃ強くなるけどその反面動けなくなる。一回の服用量は、指でひと摘みする程度。この分量でも十分強くなるし、これだけだと副作用はほぼないから」
「たったこれだけで強くなるんだ? ちょっと飲んでみていい?」
「どうぞ」

 俺はフランの手のひらにドーピングパウダーを少量出してやると、彼女は指先で摘まんでぺろりと舐めた。
 ドーピングパウダーに関しては彼女も使う機会があるかもしれない。効果効能、副作用については知っておいた方がいいと思ったのだろう。

「わっ、本当に力が漲ってきた。すごっ」

 自身の拳を握ったり開いたりして、彼女もその効果を実感していく。

「効果の持続時間は三〇分くらいかな。使い過ぎると副作用で立ってられなくなるから、よっぽどヤバい敵に出会わない限り使うのはそれくらいにしておいて」
「わかったー」

 彼女は自らの鞄にドーピングパウダーの小瓶をふたつほど入れた。
 俺はドーピングパウダーを常用しているが、これもあくまでも実験だ。極少のドーピングパウダーの常用と筋トレの組み合わせで身体の基礎筋肉そのものが鍛えられるのか、どんな副作用はあるのかの確認で使っている。
 また、適切な服用サイクルについてもしっかりと見極めなければならなかった。とりあえずは一週間連続で服用してみて、その翌週は休薬期間を設ける予定だ。
 仲間に勧めるのはそれがわかってからの方がいいだろう。

「今んとこ売るのはハッピーパウダーだけでいいかな。ドーピングパウダーはあくまでも俺達の護身用ってことで」
「了解。価格ってどれくらいにするの?」
「……それなぁ」

 彼女のその言葉に、俺は改めて今ぶち当たっている問題を実感する。
 その適正価格がわからないのだ。

「さっきも言ったけど、俺ってこのガキの記憶とか持ち合わせてないのね? だから、価値基準とかもわからなくて。質屋の金庫に金も預けてるんだけど、自分の持ってる資金がいくらくらいなのかもわかってないんだよ」
「あ~、なるほど。じゃあ、私が決めちゃう? 一応、そのあたりの知識はあるし」
「おっ、助かる。じゃあ、そのあたりは任せていい? ついでに、後である程度の常識も教えて」
「了解! ボスに何か教えれるなんて貴重だなぁ。いつも教えてもらってばっかりだったし」

 フランはどこか感動した様子で言った。
 そういえば、あっちの世界では俺が基本的に教えて回っていたっけ。
 それが異世界になると教え合いに発展するのだから、面白い。実際、
 これは俺にとってもめちゃくちゃ助かる事柄なのだ。
 異世界の価値観がわからないから、適正価格も当然わからない。
 上手いこと商売を回すには、顧客が買いやすいと思える価格と、ハッピーパウダーの価値を下げすぎない程度の価格帯を考えなければならなかった。実際に、ジルベットさんからはちょっと貰い過ぎている。あの価格帯だと高額商品になってしまって、薬物の蔓延は叶わない。
 このあたりは一旦フランに任せてみるのがいいかもしれない。

「あ、ボス。ちょっと腕相撲しよ? ドーピングパウダーの効果試したい」
「嫌だよ。今のお前どうせゴリラ並みの腕力になってるだろうし、絶対に俺の腕へし折れるだろ」
「ひど! そんな言い方しなくていいじゃん!」

 フランがぷりぷり怒って、俺が笑う。
 こんな軽いノリでふざけながら薬物を蔓延させようと企んでいるのだから、やっぱり俺達は純粋にワルなのかもしれない。