馬車で領主館に向かいながら、俺達は異世界に来てからのことを話し合った。
 とはいえ、フランのことは大体訊いたので、殆ど話していたのは俺だ。

「異世界でも麻薬の売人やるなんて、ボスはやっぱりボスだなぁ」

 フランが感心した様子で言った。
 何だか発言がどことなくバカっぽいが、これが異世界の宿主とミックスされた今のフランなのだろう。受け入れるしかなさそうだ。

「まあ、まさかの転生先が家無し宿無しの無一文のガキだったかな。このスキルに頼らないと生きていけないだろ。まずはこいつを使って生活基盤を整えるしかねーよ」

 俺は御者席で馬を御しながら、そうぼやいた。
 何でフランは魔物討伐部隊の一員で、俺はホームレスのガキなんだよ。ちょっと納得いかないぞ、これは。
 まあ、あの森にいた御蔭でハッピーパウダーを無限に量産できるんだけどさ。

「どんな形でも、ボスがいてくれて本当によかった~」

 フランが心底ほっとした様子で言った。

「まあ、それは俺もそうだよ。やっぱ、ちゃんと本当の自分のことわかってくれてる人がいると安心だよな」
「うんうん。もう、ほんとただストレス解消で魔物討伐するだけの異世界生活になりそうだった」
「解決法がバイオレンス過ぎて怖ぇよ。売人の時より激しくなってんじゃねえか」
「異世界来てまでヤク売ってるボスに言われたくないなー」

 そんな軽口を交わし合って、互いに笑い合う。
 ほんと、フランも転生しててよかった。こんな何気ない日常会話がまたできると思ってなかった。

「あっ、ねえねえボス」
「うん?」
「思ったんだけど、私とボスが転生してるんだったら、レクスとメルヴィさんも転生してないかな?」
「……確かに!」

 そうか。俺とフランどちらもが異世界転生してるなら、あの時一緒のタイミングで殺されたレクスとメルヴィも異世界転生している可能性が高い。

「フランはいつだっけ、異世界転生してきたの」
「三日前だったと思う。ボスは?」
「俺も三日前だったな。ってことは、タイミングも同じか」

 ただ俺とフランが偶然同じタイミングで死んで偶然同じ場所・時間に異世界転生したとも考えられるが、さすがに共通点が多すぎて全部偶然で片付けるのは無理がある。
 レクスとメルヴィも同じように異世界転生している可能性は考慮しておいた方がいい。
 もしふたりも異世界転生してたのなら、また四人で集まってカルテル作りたいなぁ……。
 そう考えていた時に、ふと思う。

「あ、そういえば。フランはこれからどうすんの?」
「私? どうするって、何が?」
「いや、魔物討伐部隊っしょ? これからも仕事続けんの?」

 そうだ。勝手に俺の理想を夢想してしまっていたが、彼女にはこちらの仕事もあるし、生活もある。
 無一文家なき子だった俺とは違うわけで、異世界に来てまで売人をやる必要はない。

「そんなこと、わざわざ言う必要あるかなぁ」

 フランは呆れた様子でわざとらしく溜め息を吐いた。でも、すぐに柔らかい笑みを浮かべてみせて、こう言ったのだった。

「こっちでも付いていきますよ、ボス」

 彼女の笑顔とその返事に、胸のうちがあたたかくなった。
 そっか。
 また、一緒に色々やれるのか。それなら、こっちでの生活はもっと楽しいものになりそうだ。

「あ、ボスめっちゃ嬉しそう」

 フランがからかうようにして言った。

「うるさいな。そりゃ嬉しいだろ」
「うん。私も嬉しい~」

 あっけらかんとして、彼女は笑って同意した。
 ちょっと前のフランとはキャラが違って慣れないのだけれど、それにもこのうち慣れるだろう。
 というか、きっとフランの宿主はもともと素直な性格な子で、フランがそれに影響を受けているのかもしれない。
 それとも、フランは日本にいた頃からずっと内心ではこんな感じのことを考えていて、それが宿主の素直さに感化されて表に出ているだけなのだろうか。
 だとしたら、まだまだ俺も仲間のことをわかっていないな。

「魔物討伐の仕事はどうすんだよ?」
「ん~、このままバックレちゃおうっかなって。結構人数いるし、別に私ひとりが抜けたところで回らなくなるわけじゃないから」
「大学生のバイトみたいな辞め方すな」

 まあ、別にどんな辞め方をしても俺には関係ないからいいけど。
 領主から目を付けられたりしないのだろうか。

「ボスは馬車サービスで働いてるんだよね? ヤク売ればいいだけなのに、何で?」

 フランは荷馬車に積んであるケースをちらりと見て言った。

「結構単純な理由よ? 足が無料で手に入るし、仕事してるふりして素材の採取ができる。んで、色々な人と話せるから顧客探しもし易い。不幸そうな奴を見つけたら、そいつを粉でハッピーにして、お代を頂く。それだけだよ」
「ほんとに単純だった」

 誰が単純だ。
 一番売人として実益がある仕事じゃないか。

「じゃあ、私も馬車サービスで働こうかな~。ボスひとりだと原材料集めるのとお客さん探すの、大変でしょ?」
「お、マジか。それめっちゃ助かるわ。じゃあ行先はハバリアの町に変えていいか?」
「うん、そうするー。ってか、領主館に向かってるの忘れてた」
「おい」
「ごめんって」

 舌を出して、彼女は悪戯っぽく笑った。
 全く。お前が領主館に行けっつったんだろうが。まあ、あの時はお互い転生してたの知らなかったから、仕方ないんだけど。

「よし。んじゃあ、まずは俺らふたりで〝レガリア〟第二章、始めますか!」
「やった~! 頑張るー」

 素直に喜ぶフランを見て、思わず笑みが零れた。
 外見も性格も若干変わってしまってはいるけれど、心の中にある芯は変わっていないのは十分伝わってきた。
 ならば、俺達のやるべきことなど、ひとつしかない。

『幸せの粉で、世界をハッピーに』

 現世では失敗したけれど、異世界では成功してみせよう。