死角から声を掛けられたので御者席から身を乗り出してみると、そこにはひとりの美しい女性が立っていた。
「えっ……?」
光を纏うかのような彼女の美しさに、俺は思わず息を呑んだ。
太陽の光を受けて輝く彼女のクリームベージュ色の長い髪は風に揺れていて。力強く輝く深紅の瞳からは、何故か哀愁が滲み出ていた。
綺麗な人だな──それが、素直な感想だった。
異世界に来てから環境に適応するのに必死だったが故に、俺はこれまでそこまで異性の容姿に対してそ興味を示さなかった。それどころではなかった、というのがきっと正しい。
でも、そんな俺が、彼女には不思議と惹かれていた。
それはきっと、どこかの貴族令嬢のような外見と、女騎士のような服装の対比が印象的だったということもあるだろう。
彼女はミニ丈ワンピースのような白いチュニックの上から鎧を纏っていた。足元に目を移すと、黒いニーソックスが彼女の長く引き締まった脚を包み込み、その大腿部の後ろ部分を草摺で覆っている。
美しく可憐でありながら、その姿勢には常に戦いに備える戦士の風格が漂っていた。彼女の姿は、美しさと強さが絶妙に融合していたのだ。
ただ、どうしてだろうか? この子を見て、俺はどこか懐かしさを感じてしまっていた。こんなに綺麗な子に、日本でも会ったことがなかったというのに。
「……? もしかして、お忙しかったですか?」
騎士風の女性は小首を傾げて、そう尋ねた。
俺が固まっていたので、怪訝に思わせてしまったらしい。
「あっ、いえ。大丈夫っすよ。ちょっと待って下さいね。積み荷がありまして」
俺は荷馬車に入って、ハッピーパウダーとドーピングパウダーの小瓶を詰め込んであるケースに布を掛けた。
現地人にこの粉が何を意味するかなどわかるはずがないのだが、これはきっと売人としての習性だ。
「どーぞ、乗って下さい。色々荷物があって狭いっすけど」
荷馬車の扉を開いて、彼女を招き入れるかのように手で促す。
彼女はやや驚いた様子で俺を見ていたが、はっとして一礼すると、荷馬車に乗り込んできた。
……? 何だ? 俺、今何か変なこと言ったっけか?
俺は胡乱に思いつつも、荷馬車から御者席に飛び移って、席に置きっぱだった地図を手に取った。
「すみません、お客さん。俺、あんまりこの近辺の詳しくなくて、地名で言われてもわからないんすよね。行きたいところ、地図で指してもらえませんか?」
「ああ、はい。では、ここの領主館までお願いします」
騎士風の女は地図の『ハバリア領主館』と書かれたところを指差した。
「了解っす~。荷物あって狭いと思いますけど、ゆっくりしてください」
俺は御者席に座ってそう言うと、彼女は「ありがとうございます」と再度御礼の言葉を述べた。
そして、俺を見ると、どこか懐かしそうに、そして哀愁を帯びた笑みを浮かべたのだった。
どうしたのだろうか。もしかして、この宿主の俺と顔見知りとか?
それだと気まずいな。
「それにしても、お客さん。もしかして、貴族の方ですか?」
馬を走らせつつ、気まずさを誤魔化すために話しかけた。
「えっ、どうしてですか?」
「いえ、領主館を指されていたので」
「ああ……いえ、私はそんな身分じゃないですよ。領主様に雇われてる魔物討伐部隊です」
「魔物討伐部隊! お姉さん、まだ若いのに凄い仕事してますねー。もしかして、今もお仕事中で?」
「はい、そうですね。実は、このあたりで食人鬼が出たという目撃情報があって。その討伐部隊として私も選ばれたんです」
まるでタクシー運転手と乗客のような世間話を交わす。
実際に異世界の馬車サービスがこんな会話をするのかはわからないが、俺はこんな感じのタクシー運転手しか知らない。
というか、食人鬼ってまた物騒な。
俺は見たことはないけど、絶対強いモンスターじゃんそれ。
「お勤めご苦労様です。でも、お姉さんは何でおひとりで? 討伐部隊っていうからには、何人かいるもんなんじゃ?」
俺は疑問に思ったことを訊いた。
「あー……実は、ちょっとやらかしちゃって」
「やらかした?」
「はい。あっちのラガレゾ谷の方に食人鬼が逃げ込んだっていう話を聞いたんで調査していたんですけど、私がぼーっとしてたせいで、馬が足場を踏み外しちゃったんです。それで、谷まで落ちちゃって……」
「あらあら、それは災難っすねー。ダメっすよ、仕事中にぼ~っとしてちゃ。危うくお姉さんまで谷底行きじゃないっすか」
なるほど、それでこんな辺鄙な場所にいるのに武器しか持ってないのか。
荷物類も全部馬ごと落ちたんだろうな。
「いやぁ、本当にその通りなんですけどね。最近、やたらとぼ~っとしちゃってて。っていうか、私って本当に私なのかな~とか考えちゃうんです」
苦い笑みを漏らして、彼女は言った。
なんだ、その自分探し中の大学生みたいな悩みは。
異世界の人でもそんなこと悩むのか。
「本当の私は別のどこかにいるってやつっすか?」
俺は茶化した風で訊いてみた。
「どうなんだろう? それとはちょっと違うんですけど……本当の私がこの私に乗り移ってきてる、みたいな感覚? それとも、本当の私はこれで、別の誰かが乗り移ろうとしてる? みたいって言えば伝わります?」
「いや、全然」
何だそのオカルトちっくな話は。
俺の返答に、「ですよね」と彼女は笑った。
「でも、ほんと三日くらい前からそんな感じで……別の誰かの記憶が混在してる感覚なんです」
「記憶が、混在してる?」
そこで、ぴくりと俺の耳が反応した。
何だ、その感覚は。妙に既視感があるというか、どうにも他人事と思えなかった。
「はい。記憶だけじゃなくて、性格とか人格も、なんか別の人のものが交じり合っている気がして。前までの自分と同じとは、ちょっと思えないんですよね……って、私、何初めて会った人にこんな話してるんですかね。すみません、忘れて下さい」
彼女は気まずそうに笑って、視線を外に移した。
その深紅の瞳は、会った時のように哀愁を含んでいたように思う。
そして、騎士風の女はこう続けたのだ。
「でも、お兄さんのその砕けた話し方聞いてると、思い出しちゃって。こっちの世界では、そういう話し方してる人初めて見ましたし」
「えっ……?」
光を纏うかのような彼女の美しさに、俺は思わず息を呑んだ。
太陽の光を受けて輝く彼女のクリームベージュ色の長い髪は風に揺れていて。力強く輝く深紅の瞳からは、何故か哀愁が滲み出ていた。
綺麗な人だな──それが、素直な感想だった。
異世界に来てから環境に適応するのに必死だったが故に、俺はこれまでそこまで異性の容姿に対してそ興味を示さなかった。それどころではなかった、というのがきっと正しい。
でも、そんな俺が、彼女には不思議と惹かれていた。
それはきっと、どこかの貴族令嬢のような外見と、女騎士のような服装の対比が印象的だったということもあるだろう。
彼女はミニ丈ワンピースのような白いチュニックの上から鎧を纏っていた。足元に目を移すと、黒いニーソックスが彼女の長く引き締まった脚を包み込み、その大腿部の後ろ部分を草摺で覆っている。
美しく可憐でありながら、その姿勢には常に戦いに備える戦士の風格が漂っていた。彼女の姿は、美しさと強さが絶妙に融合していたのだ。
ただ、どうしてだろうか? この子を見て、俺はどこか懐かしさを感じてしまっていた。こんなに綺麗な子に、日本でも会ったことがなかったというのに。
「……? もしかして、お忙しかったですか?」
騎士風の女性は小首を傾げて、そう尋ねた。
俺が固まっていたので、怪訝に思わせてしまったらしい。
「あっ、いえ。大丈夫っすよ。ちょっと待って下さいね。積み荷がありまして」
俺は荷馬車に入って、ハッピーパウダーとドーピングパウダーの小瓶を詰め込んであるケースに布を掛けた。
現地人にこの粉が何を意味するかなどわかるはずがないのだが、これはきっと売人としての習性だ。
「どーぞ、乗って下さい。色々荷物があって狭いっすけど」
荷馬車の扉を開いて、彼女を招き入れるかのように手で促す。
彼女はやや驚いた様子で俺を見ていたが、はっとして一礼すると、荷馬車に乗り込んできた。
……? 何だ? 俺、今何か変なこと言ったっけか?
俺は胡乱に思いつつも、荷馬車から御者席に飛び移って、席に置きっぱだった地図を手に取った。
「すみません、お客さん。俺、あんまりこの近辺の詳しくなくて、地名で言われてもわからないんすよね。行きたいところ、地図で指してもらえませんか?」
「ああ、はい。では、ここの領主館までお願いします」
騎士風の女は地図の『ハバリア領主館』と書かれたところを指差した。
「了解っす~。荷物あって狭いと思いますけど、ゆっくりしてください」
俺は御者席に座ってそう言うと、彼女は「ありがとうございます」と再度御礼の言葉を述べた。
そして、俺を見ると、どこか懐かしそうに、そして哀愁を帯びた笑みを浮かべたのだった。
どうしたのだろうか。もしかして、この宿主の俺と顔見知りとか?
それだと気まずいな。
「それにしても、お客さん。もしかして、貴族の方ですか?」
馬を走らせつつ、気まずさを誤魔化すために話しかけた。
「えっ、どうしてですか?」
「いえ、領主館を指されていたので」
「ああ……いえ、私はそんな身分じゃないですよ。領主様に雇われてる魔物討伐部隊です」
「魔物討伐部隊! お姉さん、まだ若いのに凄い仕事してますねー。もしかして、今もお仕事中で?」
「はい、そうですね。実は、このあたりで食人鬼が出たという目撃情報があって。その討伐部隊として私も選ばれたんです」
まるでタクシー運転手と乗客のような世間話を交わす。
実際に異世界の馬車サービスがこんな会話をするのかはわからないが、俺はこんな感じのタクシー運転手しか知らない。
というか、食人鬼ってまた物騒な。
俺は見たことはないけど、絶対強いモンスターじゃんそれ。
「お勤めご苦労様です。でも、お姉さんは何でおひとりで? 討伐部隊っていうからには、何人かいるもんなんじゃ?」
俺は疑問に思ったことを訊いた。
「あー……実は、ちょっとやらかしちゃって」
「やらかした?」
「はい。あっちのラガレゾ谷の方に食人鬼が逃げ込んだっていう話を聞いたんで調査していたんですけど、私がぼーっとしてたせいで、馬が足場を踏み外しちゃったんです。それで、谷まで落ちちゃって……」
「あらあら、それは災難っすねー。ダメっすよ、仕事中にぼ~っとしてちゃ。危うくお姉さんまで谷底行きじゃないっすか」
なるほど、それでこんな辺鄙な場所にいるのに武器しか持ってないのか。
荷物類も全部馬ごと落ちたんだろうな。
「いやぁ、本当にその通りなんですけどね。最近、やたらとぼ~っとしちゃってて。っていうか、私って本当に私なのかな~とか考えちゃうんです」
苦い笑みを漏らして、彼女は言った。
なんだ、その自分探し中の大学生みたいな悩みは。
異世界の人でもそんなこと悩むのか。
「本当の私は別のどこかにいるってやつっすか?」
俺は茶化した風で訊いてみた。
「どうなんだろう? それとはちょっと違うんですけど……本当の私がこの私に乗り移ってきてる、みたいな感覚? それとも、本当の私はこれで、別の誰かが乗り移ろうとしてる? みたいって言えば伝わります?」
「いや、全然」
何だそのオカルトちっくな話は。
俺の返答に、「ですよね」と彼女は笑った。
「でも、ほんと三日くらい前からそんな感じで……別の誰かの記憶が混在してる感覚なんです」
「記憶が、混在してる?」
そこで、ぴくりと俺の耳が反応した。
何だ、その感覚は。妙に既視感があるというか、どうにも他人事と思えなかった。
「はい。記憶だけじゃなくて、性格とか人格も、なんか別の人のものが交じり合っている気がして。前までの自分と同じとは、ちょっと思えないんですよね……って、私、何初めて会った人にこんな話してるんですかね。すみません、忘れて下さい」
彼女は気まずそうに笑って、視線を外に移した。
その深紅の瞳は、会った時のように哀愁を含んでいたように思う。
そして、騎士風の女はこう続けたのだ。
「でも、お兄さんのその砕けた話し方聞いてると、思い出しちゃって。こっちの世界では、そういう話し方してる人初めて見ましたし」