グリフォン馬車サービスにはすぐに採用された。
 というか、本当に急募だったらしく、特に何の条件もなくすぐに採用が決まったのだ。
 というのも、給料の安さにぶち切れた御者が全員やめたばかりで、働き手が誰もいなかったらしい。オーナー自ら働くしかないとちょうど頭を抱えていたのだという。
 実際に、出された条件は結構悪い。生活が保障された仕事ではなくて、商才がないとかなり困難な仕事だった。
 給料は完全歩合制で、売り上げの一部を店に収めるというもの。乗せれば乗せただけ稼げるが、客を探せなかったら自分の生活がどんどん逼迫していくのである。これでは、顧客を見つけられなかったらなかなか続けられない。
 だが、これは俺にはまさにもってこいの仕事だ。
 俺としてはただ足が欲しいだけなので、正直馬車サービスで稼ぐ必要は全くない。当面の生活には困らないだけの金は既にあるし、主な収入はハッピーパウダーだ。そこから出た売り上げを、会社に収めて仕事をしているふりをすればいい。採取した原材料を粉末にして瓶の中に詰め込み、後は荷馬車に積んでおける。乗客との会話はハッピーパウダーの顧客探しにも繋がるだろうし、天職とはまさしくこのことだ。
 馬車の御者をするのはもちろん初めてなので、乗り方だけ教えてもらう必要があったが、それほど難しいものでもなかったので、研修は一日で済んだ。御者として馬を御すよりも、どちらかというと行先を言われた時にすぐに行けるように地理を把握することの方が大変だ。
 俺からすれば、ハバリアもこの近辺も全くの未知の場所。土地鑑も糞もない。研修を終えてからは、すぐに退社して地図を見ながら町を見て回って、どこに何があるのかを把握することから始めなければならなかった。
 そして翌日──安宿でぐっすりと眠ってから朝風呂を済ませ、俺の異世界馬車タクシーが始まった。
 まあ、といっても真面目にタクシー業をする気はない。とりあえずはグリフォン馬車サービスに出勤し、出勤報告を済ませてから馬車に乗り込む。
 目的地は、ハッピーフラワーの原産地。俺の宿主が住んでいた山──レユニオン山という名前らしい──だ。
 レユニオン山までの道のりはわかっているし、道中でハッピーパウダーとドーピングパウダーどちらも手に入る。馬車ならばそこまで時間は掛からない。粉を詰める用の空き瓶も入手して荷馬車に詰め込んであるし、準備万端だ。

「よっしゃ、行くか~」

 御者席で馬車に鞭を入れて、出発。
 特段急ぐ必要もないのだが、なるべく夜までにハバリアまで往復したいので、少し速めに走らせる。
 塗装された道ではないので、当然ガタガタとうるさいし、ケツも痛い。塗装された道路のありがたみを異世界に来て実感するとは思わなかった。
 町に戻ったら御者席用にクッションを買おう。尾骶骨が割れてしまう。
 そんなこんなで、およそ四時間くらい掛けてレユニオン山に着いた。
 歩きだった時は道もわからなかったし、見るもの全てが目新しかったので時間が掛かってしまったが、殆ど休憩を挟まず一直線で向かうとこのぐらいの時間で来れるようだ。馬車、とても素晴らしい。
 無論途中で魔物とも出くわしたが、全員もれなくしばき倒している。ドーピングパウダー+筋トレ効果も実感できて、何よりだ。身体がドーピングパウダーに慣れてきたことに加えて、筋トレの成果もあって副作用も出にくくなっている。
 無論、前みたいにたくさん吸い込めば強くなる半面その効果に身体の方が耐えられなくなって動けなくなってしまうのだろうけども、少量しか吸わない限り、そういった心配もない。
 レユニオン山に着いて、まずは世話になった爺さんに挨拶に行ってから、早速山奥のハッピーフラワーの花畑に向かった。
 レユニオン山にはハッピーフラワーの花畑がいくつかある上に、以前俺が刈り取った場所にはもう既に新しい花が咲いていた。この花、育つ速度がめちゃくちゃ早い。
 しかも、一輪の花でひと瓶分のハッピーパウダーが精製できるので、コスパが良い。
 ただ、毎回山の中まで入って採取するのが怠い。

「あっ……花畑の場所なら爺さんも知ってるし、これから花の採取は爺さんに頼めばいいんじゃね?」

 花畑でハッピーパウダーを精製していた時、そんなアイデアが降ってくる。
 これは名案かもしれない。どのみち、爺さんがこの花を採ったところで俺のスキルなくしてハッピーパウダーの精製は不可能なのだし、爺さんに花だけ摘ませればいいのではないだろうか。で、俺が週一程度レユニオン山を訪れて、その花を受け取る。そんで、爺さんにはその御礼としてハッピーパウダーをひと瓶プレゼントする。
 これ、めちゃくちゃWIN─WINの関係じゃないか? 爺さんも無理に働いてお金貯めなくて済むし、今と変わらない生活を送れる。
 ハッピーパウダーの精製を終えてふもとの爺さんの家まで戻ると、早速その提案をしてみた。
 爺さんからすれば渡りに船だったようで、快諾してくれた。ちょうど、どうやってハッピーパウダーの購入資金を集めようか頭を悩ませていたらしい。
 爺さんとの契約も、そこで完了。
 一週間に一度俺は爺さんが採取したハッピーフラワーを取りに来て、その報酬として一週間分のハッピーパウダーをひと瓶分渡す。
 俺からすればめちゃくちゃ安くて済む報酬なのだが──ちょうどひと瓶使い切るのに一週間くらい掛かるっぽい──爺さんからすれば、ただ花を摘んでくるだけで幸せになれるのだから、向こうからしても有り難いらしい。
 そんなわけで、原材料採取は爺さんに任せることになった。
 ドーピングパウダーは自分で採らなければならないが、これも一週間に一度、爺さんから花を受け取るついでに採取すればいい。
 グリフォン馬車サービスを初めて一日目でこんな成果が得られるとは思ってもいなかった。
 異世界麻薬売人生活は上々。
 そう思ってハバリアに帰っている最中、その異世界売人生活は新たな動きを見せることとなる。

「あの、すみません。馬車サービスの方ですか? ハバリアまで送ってほしいんですけど……」

 ひとりの女性が、俺を呼び止めたのだ。