銃弾が飛び交っていた。
 周囲には悲鳴や怒号が響き渡り、混乱を極めている。
 本来なら麻薬カルテル〝レガリア〟代表──葉村呉葉(はむらくれは)こと俺が、指示を出して乗り越えなければならない状況だった。
 しかし、身体が思うように動かない。おまけに意識も朦朧として、呼吸することさえままならなかった。
 それも仕方ない。俺の腹には風穴がふたつ程空いていて、血がこれでもかというくらいドクドクと流れ出ている。全く、俺の血を無駄にしやがって。こんなに垂れ流すくらいなら、献血にでも使えってんだ。
 まあ、()()()()()が混じった俺の血なんて、誰も欲しがらないだろうけども。
 こんな目に遭っているのは、他でもない。
 組織の中に裏切り者がいたからだ。
 俺達のカルテルは、吸った奴は全員幸せになれる新たな高純度ドラッグ〝ハッピーパウダー〟の開発に成功し、香港マフィアと売買契約を結んだ。
 今日はその取引の日だった。
 この取引が終われば、巨額の金が入る。一生遊んで暮らせるくらいの金だ。
 大金を手にしたら、組織中枢四人皆で足を洗い、海外に高跳びしてこれからは自由気ままに生きよう──そう話し合っていた。
 こんなヒリついた糞ッ垂れた生活は、今日で終わりだ。あとは飛行機に乗って、東南アジアあたりでひっそりワイワイ楽しく生きる。そんな人生が待っている。俺も皆も、そう信じていた。
 麻取──麻薬取締官──にも目を付けられているし、大型の取引であるが故に不安はあった。
 でも、それよりも高揚感の方が強かったように思う。不思議と幸福感もあった。
 これは人為的に()()()()()()になるようにしていたのだ。
 そう……これこそが俺の開発した〝ハッピーパウダー〟の効果だった。
 副作用は極限まで少なく、さらに幸せな気分になれて不安も吹き飛ぶ。依存度もそれほど高くない。認可などされるはずがないが、このストレス社会で生きる皆をハッピーにできる、魔法みたいなドラッグだ。
 香港マフィアが取引場所の廃工場に訪れ、ようやく取引が始まろうかという時……廃工場に似つかわしくない爆発音が唐突に鳴り響いた。
 俺達に敵対するカルテルによる襲撃だ。
 俺達の仲間か、或いは香港マフィア側に内通者がいたのだろう。
 そこからはもう無茶苦茶だった。
 ここが本当に日本かと疑うほどの銃撃戦が繰り広げられ、最初の襲撃で俺の腹には風穴が空いていた。
 こうなってしまっては、もうどうにもならない。

「ボス、しっかりしてよ! 私達、これから遊んで暮らすんでしょ!?」

 瀕死の俺に肩を貸しながら、長い黒髪のアジア系フランス人の女が叫んだ。
 彼女の名はフラン。普段はクールな表情が魅力的な彼女だが、今は泣きそうになりながら、どうにもならない状況にただ絶望していた。
 ちなみに、フランという名はコードネームだ。俺は彼女の本名も出身地も知らない。本当にアジア系フランス人なのかもわからない。その割に日本語が流暢な気がする。
 フランはずっと組織の用心棒役として、俺達を守り続けてくれていた。これまで何度も危機を救ってくれたが、今回ばかりはさすがの彼女でもどうにもならなかった。
 フランのスーツも俺の血でべとべとだ。この出血量から見て、俺が助かる見込みはもうないだろう。

「フラン、俺はもうダメだ……お前だけでも逃げろ。お前ならひとりでもここから抜けられる」

 息も絶え絶えに、何とか言葉を口にした。
〝レガリア〟結成当初からいたレクスとメルヴィ──どちらもコードネームだ──は既に殺されてしまった。最後の生き残りはもうフランしかいない。
 ここで仲間全員を無駄死にさせるわけにはいかなかった。もう俺の組織で生き残っているのは彼女と俺のふたりだけ。ならば、せめてまだ無傷の彼女ひとりだけでも生き残ってほしかった。
 しかし、フランが従うはずもない。

「私がボスを見捨てて逃げれるわけないでしょ? 今回も生き残るよ。これまでだって、〝レガリア〟は何とかやってきたんだから」

 フランは俺を貨物の物陰まで運ぶと、ホルスターから拳銃を取り出してにやりと笑った。
 笑っているものの、完全に強がりだ。この状況がもうどうにもならないことは、彼女もよくわかっている。
 今はマフィアと敵対組織が打ち合っているが、如何せん数と装備に違いがありすぎる。あっちもどうにもならないだろう。
 さすがにサブマシンガンは反則だろうが。
 フランも実力はかなりのものだが、さすがにチャカ一丁ではどうにならない。

「さっさと行け、フラン! ここも持たねえぞ」
「大丈夫。私がボスを守るから」
「バカ、出るな──」

 俺の制止も聞かず、フランは気合の声を張りあげながら飛び出て行った。
 瞬く間にその銃捌きで敵を屠っていく。だが、さすがに多勢に無勢──四人目を殺したところで、無慈悲にも彼女の全身をマシンガンの弾が貫いた。
 フランは目を見開いたまま、どさりとその場に倒れ込む。
 頭も打ちぬかれている。即死だ。

「クソッタレがぁ! テメェら全員ぶち殺して……うッ」

 俺も怒りのままに銃を取り出そうとするが、もはや身体に力が入らず……の場にばたりと倒れ込んだ。
 意識が混濁して、もはや視界さえままならない。ただフランやレクス、メルヴィの死に顔だけが、ぼやけて見えていた。
 どうしてこんなことになってんだ。今日で終わりじゃねえのかよ。これからは四人で笑いあって暮らそうって言っていたのに。こんなの、あんまりだ。
 そんな不平不満ばかりがその間際に後悔として溢れ出る。これまで散々悪をしてきたくせに、今更人生を悔やむとは思わなかった。
 どうせ死ぬなら、せめて仲間達だけでも幸せにしたかったなぁ──
 そんな後悔を抱いていた折、物陰から男が現れた。男は俺の頭に銃口を突き付けて、言った。

「あんたの作ったハッピーパウダーは、俺達がこれから売りさばいてやるからよ。あんたはそのまま、おねんねしときな」

 男のその言葉を最後に──俺の意識は、途絶えた。