それから数年が過ぎた、ある夏の日のこと。
「うわ、やっぱりこっちは暑いな」
 高校を卒業した僕は、地元を出て都内の大学に通うことになった。
 今は大学二回生。夏休みを迎えて、今日は久々の帰省になる。
 駅から出ると、近くの道路の脇に停まったワゴン車から穏やかな笑顔がのぞく。
「父さん」
 僕が軽く手を挙げると、父さんはうれしそうに
「久しぶりだな、蒼生(あおい)。長旅おつかれ、さぁ乗んなよ」
 と、助手席に座るよう促した。
「まだこのワゴン乗ってるんだ? そろそろ買い替えればいいのに。新しい家族だって増えたんだから」
 あれから、僕のまわりもずいぶん変わった。
 昨年、僕には妹ができた。父さんも母さんも、目に入れても痛くないほどかわいがっているみたいだけど、僕のこともなにかと気にかけてしょっちゅう連絡してくる。
 いくつになっても、子どもは子どもであることに変わりないらしい。
「新車もいいかなって考えたこともあるんだけど、このワゴンは蒼生との思い出が詰まった大切な一台だから、どうしても手放せなくって」
「大げさだなぁ」
「ほら、蒼生(あおい)が高校生のときに突然いなくなったことあったじゃん。そのときもオレがこうやって車に乗せて」
 そうだ。あのときも確かこんなに暑い日で、ただただ遠くに行きたくって自転車を走らせて、そのときに――。
「え……?」
 カーオーディオから、なつかしい声が届いた。
 あの河川敷で聴いたときと同じ、きらめくような歌声が聴こえてくる。
「いいだろこの曲。今、地元のFM局が激推ししてるんだ。きららって子で、音楽系の短大卒業したあと、地元で働きながら、ずっと歌手活動続けてるんだって。確か曲のタイトルは――どうかしたか、蒼生?」
「ううん、いい曲だなって思って」
 その歌声が流れている間じゅう、ずっと涙が止まらなかった。
 よかった。きみはちゃんと夢をかなえたんだね。
 僕はきみみたいにまだまだやりたいことなんて見つからないけど、それでも、今の人生、そう悪いものでもないな、って思えるようになったんだ。
 今度、きみのライブに行くよ。家族みんなそろって。
 少しだけ大人になった者同士、顔見合わせて笑い合おう。

 ――あの夏に出会った、もうひとりのアルビレオ。
 きみはどうしているのかな。
 冷たい孤独に吞まれそうになったときには、私のことを思い出して。
 かすかな輝きかもしれないけど、いつまでもきみの心に寄り添っているから。
 今きみが進もうとしている未来が、あたたかな希望の光で満ちあふれていますように。


 【引用元】宮沢賢治 銀河鉄道の夜 ‐ 青空文庫
      宮沢賢治 星めぐりの歌 ‐ 青空文庫
 【参考文献】ますむらひろし 原作 宮沢賢治 銀河鉄道の夜 ・最終形・初期形【ブルカニロ博士篇】‐偕成社