あれからしばらく経った。
あいも変わらず夢の少女は何かを私に訴えかけている。

が、それ以外はなんてことない日常を取り戻している。
久松先生が言ったように、きっと時間が解決してくれるのだろうと思う。
フリーライターと言っていた男、泉すぐるのことは少し気になったが、あれ以降会ってはいないのでおそらく私の手を借りることは諦めたのだろう。

夏が近づく風を頬に感じながら私はパックのリンゴジュースを飲んだ。

休み時間が終わるギリギリまでこうやって裏庭のベンチでリンゴジュースを飲む。
ここは静かで、学校の中の喧騒から少し解き放たれたような気がする。

もちろん、友達と一緒にいる時間も楽しいけれどこうやって静かな場所で物思いにふける時も必要だ。


「お前さあ、なんで分かんねえの、はやく出せって言ってんの」


不意に聞こえたその声。
私の座っているベンチの後ろ。壁を挟んで向かい側から数人の足音と、無理やり引きずられ地面に倒れるような音が響く。


「ご、ごめ」

「謝ってもダメなんだよ、出すもん出せって」

「本当にこれ以上持ってな、」

消えいるような声が、殴られたのか言葉にならないうめくような声に変わる。
思わず立ち上がってその場に駆け出す。

3人ほどが取り囲んでいる中には、いかにも軟弱そうな男子が倒れ込んでいる。
まだ私に気づいていないやつらの中の1人が、倒れ込んでいる男子の胸ぐらを掴んで無理やり引き上げた。


「昨日言ったよな、5万用意しろって」

「む、無理だよ、5万なんて」

「体でもなんでも売ってこいよ、お前貧弱だし男でもいけるって」

男の子の顔が歪む。抵抗はしないけれどその顔は拒絶し、そして絶望をしていた。
私は持っていたリンゴジュースのゴミを胸ぐらを掴んでいる男に投げ飛ばした。

たいして威力のないそれは、男の頭に軽く当たり地面に転がる。


「あ?なんだてめえ」


振り返った先が女だとは思わなかったのだろう。
少しあっけに取られたようにこちらを見て、胸ぐらを掴んだままこちらに体を向ける。
よろよろと引きずられるようにして表に出された男子が私の顔を見て目を見開いた。


「あ、」


「俺ら普通に遊んでただけだけど、なんか文句あんの?はやくどっか消えてくんない?」


力ない男子の声はそんな言葉にかき消えた。
何かに気づいたような顔をした男子のことは気になるが、今はそれどころじゃない。助けないと。

「その手を離してあげて」

「はあ?なにお前、こいつの彼女かなんか?」

「違うけど、たまたま通りかかってそんなの見ちゃったら、放っておけないでしょ」

「正義気取り、やめた方がいいんじゃね?痛い目みるのお前だけど大丈夫?」

挑発的にその男が笑い、周りのやつらも笑っていた。
気持ち悪い。どいつもこいつも。
私は大きく足を一歩踏み出した。

たぶん、これは私の望んでいる日常ではないけれど、間違っていないのだと思う。

私は踏み込んだ足を軸にそのまま大きく振りかぶった。
相手は男子の胸ぐらを掴んでいるおかげで手は使えないので簡単に抵抗はできないだろう。

ーーーー『萌香、危ないって思ったら相手の急所を狙うのが1番だよ』

あれ、誰の言葉だっけ。


「ぐっ、あ」


相手が身を縮こませ、手を離した隙に私はまた地面に倒れそうになる男子の手を掴み走り出した。