悪夢はみなくなった。


「おはよう、ぎりぎりに起きてるけど学校間に合うの?」

あくびを噛み殺しながら「大丈夫」と情けない返事をする。
私が戻ってきてから、豪華だった朝食は少し質素になった。過保護になるのも少し疲れがきているのだろう。

父は、納豆をかき混ぜながら「おはよう」と私に言う。


「おはよう」

テーブルに座って箸を握る。ふと顔を上げるとニュースが流れていた。

ーーーーー『失踪者とカヨラという宗教団体が繋がっていたことに大きな衝撃がはしっています。

加え、カヨラは売春にも手を出しており、なんと利用者にはーーーーー』


リモコンをとって、電源を消す。
高橋さんは握り潰さなかった。
すべてを公にしたなかで、警察関係者も売春に関わっていたことが分かっている。

今は、忙しくて会えないと言われているが、いつか改めてお礼を言おうとちかった。



「行ってきます」


「いってらっしゃーい」


母がリビングから顔を覗かせそう言って笑う。
扉を開ければ暑さが体を覆い思わず顔を顰めた。

昨日は1日雨が降って、地面が少し濡れていた。

水たまりをよけながら歩いていれば、


「前見て歩けよ、危ねえな」


そんな声がきこえて顔をあげる。


「泉さん」


「私もいるよ!」


「実里さん!」

泉さんの後ろから顔を覗かせたのは、実里さんだった。2人が一緒にいられているのが嬉しい。
泉さんも最初会った時のような雰囲気がなくなり、口調は相変わらずだけど少し丸くなったように思う。


「どうしたんですか、2人とも」


私の問いに実里さんが泉さんの顔色を伺うように見上げた。口ごもる泉さんに、実里さんが困ったように笑った。

「引っ越すことになったの」

「えっ、そうなんですか」

「遠くに引っ越して、またいちから頑張ろうってお兄ちゃんと話してて」


寂しいな、というのが本心だったけれど、2人の気持ちを考えればそれが正解なんだろうと思う。
寂しいなんて言ったら困らせてしまう。
私たちは、傷ついた延長で出会っているのだから。

実里さんは、「また会おうね」と私の頭を軽く撫でたあと、


「じゃ、わたし先に行ってるから、あとはお二人で!」


そう言ってからかうように、泉さんの肩を叩いて歩いていく。
そんな姿を苦笑いで見つめていれば、泉さんは「呑気なものだな」とぶっきらぼうに呟く。

しばらく、沈黙がはしった。

泉さんは、ため息をついて私の肩を軽く指差した。


「…腕の傷、大丈夫かよ」


「大丈夫です」


「あと、残んねえのか」


「はい、もうすでに消えてます」


「よかった」


と安心したような表情をした泉さん。あれから何度か怪我の具合などをきいてくれていた。
自分がぶつけた復讐心に罪悪感があるのだろう。もう気にしなくていいのに。

腕をさらりと撫でて私は笑う。


「これからは、もっとマシな記事書くよ」

「そうしてください」

「元気にやれよ」

「はい」

「お前、1人になったって勘違いすんなよ」

「しませんよ」


腕をひかれた。
暑いのに、そのぬくもりは嫌ではなかった。


「…ありがとな」


私は、泉さんの背中に手をまわした。
泉さんに出会わなければ、私はずっと真実から目を背け続けていた。

強引で、口が悪くて、不敵に笑うけれど、少し脆いところもある。



「私の方こそ、ありがとうございました」



ーーー寂しいなんて、言わない。